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Re: 銀の星細工師【試験スタート!】 ( No.181 )
日時: 2014/10/13 11:56
名前: 妖狐 (ID: so77plvG)

「お昼だー!」
 ティアラの口から解放感たっぷりの声がお腹の音と共に出た。ミラがくすりと笑って作業台を簡潔に片づける。
「休憩時間ですね。一旦食堂へ向かいましょうか」
 他の生徒たちも工房から散り始めていた。試験中にはお昼休憩がとられ、その間の作業は中止とされる。試験時の緊迫した空気から一変、あちらこちらから笑い声があがっていた。
「よし。腹が減っては戦はできない。席が埋まる前に早くいくか」
 ブラッドがティアラに劣らない虫の音を鳴らせて先頭をきる。それに笑いが弾けながら、作業道具を置いてティアラたちも出口へ向かった。
「もうすぐで完成だね。あとは補修と追加を少しするくらいかな」
 ジャスパーが的確に今後の方針を定める。それぞれうなづきながら、もう脳は食事の方へ向いていた。
「何食べます?」
 ミラが問いかけると、真っ先にラトがふらふらした足つきで答えた。
「甘い物。じゃないとラト、死にます」
 瀕死寸前のように見えるラトをティアラがあわてて抑える。今にも倒れてしまいそうだ。
(細工は体力と精神のどちらも使うから、すごく疲れるんだよね……)
 自分も先ほどから体がだるい。甘い物が欲しくなるラトの気持ちが痛いほど分かり、支えながら食堂へと足を進めた。
「お姉さん、そんなやつどこかに捨ててきなよ。無駄にでかいやつだから、お姉さん潰れちゃうよ」
 不意にジャスパーが不満げな口調で言ってきた。確かにラトが軽いとは言えないが、見捨てる事なんてできない。
「大丈夫! 食堂まであとちょっとだから」
「いや、そういうことじゃなくて、二人の距離が近すぎるんだって……」
 口をとがらすように小さな声で文句を言うジャスパーの言葉は聞き取りずらかった。首をかしげるティアラにジャスパーは不満を露わにして、ラトを奪うように掴む。
「僕が運ぶ」
 物のように半身をかつがれ、ラトはされるがままジャスパーに寄り掛かった。
「うっ、やっぱり無駄に大きい……」
 ジャスパーは見栄を張りながら顔をゆがめる。
「やっぱり私が……」
「お姉さんには渡さないよ。こいつは一応男なんだから」
 意固地になるジャスパーにティアラはやはり首をかしげる。きっとジャスパーがティアラからラトを引き離した理由が分かっていないのだろう。二人を見てミラはくすくすと笑った。
「なかなか大変なのね。ティアラさん相手だと」
 さすが年長者というべきか、聡いミラにジャスパーはうなづく。
「仕方がないよ。藁の詰まったお姉さんだし」
「ちょ、ジャスパー! なんでいきなり私の悪口なの!?」
 騒がしさを増す会話にブラッドの虫の音も重なり合う。
「まあ、気長に行くよ。僕がお姉さんの傍から離れる気は当分ないし訳だし」
 ミラだけに聞こえた言葉には、静かに火照る心が空けていた。
 
               *

 それから大量の昼食をとり、元気を取り戻すと再び工房へ向かった。
 やる気十分に工房へ足を踏み入れ、自分たちの作業台を目指す。そのとき、ティアラは金づちで頭を殴られたような衝撃が体を襲ってきた。
「——っ!」
 思わず口元を押さえて立ち止まる。ジャスパーは突然止まったティアラに眉を寄せた。ティアラの顔は青白くなり、まるで悪魔に出くわしたかのような様子だ。
「どうしたの、お姉さん」
 ティアラの視線をたどって、そこにあるものを見る。その途端、一気にジャスパーの顔には険しさが宿った。
「なん、で……?」
 震えた声がティアラの口から漏れる。体が金縛りにあったかのように動かなかった。
「……夢、ですよね」
 ミラたちも目の前の光景をただ凝視していた。信じたくない現実が冷酷に押し寄せてくる。
「わ、私たちの星硝子が……——壊れてる」
 直径一メートルほどもあった巨大な星細工がバラバラに粉砕していた。モチーフであった鳥の羽が無惨にも折れ、繊細な細工は跡形もない。
「いやああああっ!」
 ティアラの悲痛な叫び声が工房に響いた。
「壊れてるんじゃない。壊されたんだ」
 静かに怒気を払ったジャスパーの声が腹の底からうねるように漏れる。しゃがみ込んで星硝子の破片を手に取った。
「星硝子は勝手に壊れるほど軟じゃない。昼食の時間帯、ほとんどの生徒は食堂に行っていた。きっと試験官も。だから今まで工房は無人だったんだ。きっとその時に……」
 ブラッドが悔しそうに傍に合った机を叩く。
「それじゃあ誰がやったのか分からねえのかよ!」
「なんで私たちの星硝子を……!?」
 ミラの問いかけは全員の疑問と同じだった。その場でミラが静かにうずくまる。
「どうしましょう……。試験の残り時間は残りわずか三時間。今まで六時間もかけて作ってきたのに、その半分しかない時間でで作り直すことなんてできないわ……」
 絶望に息が苦しくなる。壊された星細工は悲痛な叫び声をあげているようで、涙がこみ上げてきた。
「星細工師だったら、こんなことできない……」
 ラトが放心したように小さく呟く。けれど、この学園にいるのは誰もが星細工師を目指すものであったり、または星硝子を愛する者たちであった。
「できないはずなのに……、なんで!」
 苦しげにラトは顔をゆがめた。ティアラも銀の髪を強くにぎりしめる。ミラは改善策を探すように立ち上がった。
「し、試験官に事情を説明してやり直しをお願いしてきます」
 即座に意識を切り替えて走り出す。誰よりも歳が上な彼女はその分、経験値が多く立ち直りも早いのだろう。ティアラも見習わなければならないと思った。だが、走り出したミラをジャスパーが静かに止めた。
「無駄だよ。試験官は取り繕ってくれない」
「そんなはずは……」
「決定事項にあったでしょ。時間内に完成できなかった者は失格。だからやり直しなんてできないよ」
「そんな! だって私たちの星細工は壊されたんですよ!?」
「それでも『時間内』に完成できなきゃ失格なんだよ! 壊されても試験官にとっては不運でしたね、で終わりなんだ! 試験はそんなに甘くないって知ってるでしょ」
 ミラは弓で射抜かれたように口をつぐんだ。確かにこの学園は実力主義で、星の数で階級が決まっている。星の数が少ないほど馬鹿にされる。決してこの世界は優しくなんてしてくれないのだ。
「それじゃあどうすれば……」
 ミラは再度、その場に座り込んだ。ジャスパーは口をつぐんで、ブラッドやラトもうつむいている。
 そのとき、目の前に銀の髪が輝くように舞った。まるで光をまぶしたかのようにきらきらと辺りが眩しくなる。目を奪われるように見つめた先は、髪をほどいて確かに微笑むティアラの顔だった。神々しく、美しい姿に息をのむ。
「時間内に終わらせればいいだよね。だったら終わらせよう」
 悲劇にひきつった彼女の表情はもうどこにもなかった。今はまっすぐ前を向いている。ミラは雷に撃たれたかのような衝撃が走った。
(同じだわ……)
 自分を仲間にしたいと迫ってきたときのティアラと、今のティアラは同じだった。あきらめることなんて選択肢になくて、どうしようもなく引きつけられるブラックホールの中央のような突拍子もない存在。
(まるで嵐の子ね……。さっきまであんなに苦しそうだったのに、今はそれと真逆。すごく勇気で溢れてる)
 ミラは眼を細めた。ティアラが微かに微笑む。
「取り乱してごめんなさい。でも私、思い出したの。この仲間なら出来ないことなんってないんだって! 時間がなくても大丈夫。私たちはずっとこのときのために練習してきた。今までの私たちは一人一人が欠点だらけで、自分の世界から外に出ることが怖かった。だけど、こうして集まった今の私たちは無敵だよ!」
 胸が高鳴り、心が共鳴し合う。
「戦おうよ!」
 強引に心を揺さぶるような、強い声が直接脳に響く。
 ——そうだ、まだ終わりじゃない。戦おう。
 五人はそれぞれの手を取り合った。ティアラが力強く手を握りしめる。
「証明しようよ。私たちは誰にも負けたりしないんだって!」