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Re: 銀の星細工師【更新10/13】 ( No.182 )
日時: 2014/10/19 00:02
名前: 妖狐 (ID: so77plvG)

 銀の髪をなびかせて一人の少女が懸命に声を張り上げる。彼女の姿は試験中である生徒さえも魅了するように輝いていた。誰もが彼女の圧倒的な輝きに目を奪われる。
 作業台の上にはもう今まで作ってきた星細工はない。けれどティアラには体中に力が溢れていた。

 試験終了まで、残りわずか三時間。

         *

「ラト、すぐさま造形に入って。星硝子は私がすぐに練って持っていくから! ブラッド、高速で型切りお願い、でも慌てないで。ミラ先輩、丁寧に、かつ素早く生物をよろしくお願いします。それとジャスパー、あなたには膨大な量の細工があるけど、できるよね?」
 作業台の上を怒涛の勢い
「当たり前。僕を誰だと思ってんのお姉さん」
 生意気な返事に続いて、ブラッド、ラト、ミラからも大きな返事が返ってきた。ティアラは指示を出しながら、普段の何倍ものスピードで星硝子を練り上げていく。
(っ! 腕が痛い……!)
 無茶な腕の動かし方に筋肉が悲鳴を上げる。それでも休むことはできずに、ティアラはあっという間に星硝子を水飴状に変えていく。
(この技は一級星硝子細工師に認められたものなんだから! これで私はこの学園に入れたわけだし……)
 王国パーティーでのことを思い出す。メイドの不注意で割れてしまった大切な星硝子のグラスをティアラは一級星硝子細工師のフレッドとすぐさま作り上げた。その際、彼に技術を高く評価されたのだ。そういえばあのときも時間がなくて焦っていた。
(それでもできたんだし、今回も絶対完成できる!)
 全細胞が弾けるように痛むが、それでも手は止められなかった。今、自分にできることを全力でやりたい。
「ティアラさん」
 不意にミラが声をかけてきた。手は動かし続けながら、彼女は初めて見るような楽しくて仕方のないような笑みをこぼした。
「仲間に誘ってくれてありがとう、ティアラさん。私、今なら、なんでもできるような気がするの!」
 互いの額からは汗流れ、吐く息も荒い。体は疲労と無茶な圧力に悲鳴を上げる。けれどティアラたちは笑いあった。
 今、この瞬間だけはなんでもできるのだから。

                   *

「——試験終了! 直ちに道具を置いて、作業を中止しなさい」
 試験官の声が工房中に響き渡った。一斉に生徒たちは糸が切れたように道具を置いて動かしていた手を下す。ティアラたちも全員、その場にへなへなと座り込んだ。
「はあ、はあ……終わったのねっ」
 上がりきった息を整えながらティアラは力の入らない腕を見る。腕は体内出血していて、もう自分の意思でぴくりとも動かなかった。
「試験が終わった……」
 あまりにも長く苦しい戦いを振り返る。疲れきって重たい瞼の視界の先には、誇り高く輝く星硝子があった。
「完成したんだ……うん!」
 じわじわと喜びが込み上げてくる。ティアラ以外のメンバーも皆、作業台の上の巨大な星硝子を見上げていた。
 出来上がった星硝子は小さな宇宙が背景だ。小さな氷の上で懸命にペンギンが翼を広げ飛び立とうとしている。目指す先には様々な宇宙の星があるが飛べずにペンギンの足は氷についたままである。そこへ四羽の様々な鳥が舞い降りてくる。それに支えられながらもペンギンは宇宙へと羽ばたいていくのだ。ティアラたちの造った星硝子がそんな世界が広がっていた。
 作品に出てくる鳥の数は全部で五羽。それはティアラたちグループの仲間の数を示していた。
「一人じゃできなくても、皆とならできるよ」
 ティアラは微笑む。そんなメッセージを込めて星硝子は出来上がった。ペンギンが誇らしげに笑っているような気がした。
「本当に三時間でできたなんて信じられない」
 ミラが疲れた表情でくすりと笑った。ブラッドもその場に倒れ込みながら笑う。
「だな。しかも、今までで最高の出来じゃねえか」
「ラトもそう思う」
「まあ、確かにね」
 ティアラは幸せでたまらなかった。それぞれ皆、疲労で腕を上げられずに声だけ上げて笑いあう。もう星硝子を壊された怒りさえどこかえ消えていた。
「やっぱり星硝子には幸せを呼ぶ力があるんだね」
 古くからの言い伝えにティアラは納得した。そのとき、唐突にティアラの名前が工房全体に響き渡るように呼ばれた。驚いて飛び上がりながらも、どうにか痛む体を起こす。
「ティアラさん、グループ代表者として前へ集まってください」
 試験官の言葉に慌ててティアラは駆けだした。もうすっかり他のグループ代表者は集まっていて、談笑している暇ではなかったのだと知る。
「それでは全員そろいましたので、星の授与を始めたいと思います」
 ティアラは眼を見開いた。もう星硝子の評価が付け終わり結果が出ていたのだ。気づかぬ間に事が運んでいて、ティアラはついていけなかった。
「まず今回、最高の評価を出し、最も優れた星細工を発表します。星五つのグループが一つだけ出ました」
 心臓が大きく縮んだ。星五つ。それは試験で最高ランクにあたる。アリアの声が脳内で再生された。
『星五つを出せなかったら退学しなさい』
 次に呼ばれる名前がもし、ティアラのものでなかったら退学になってしまう。ティアラはギュッと眼をつぶって掌を合わせた。
(大丈夫、私たちの作品は……)
 会場が波のようにざわつく。
「それでは発表します。星五つを獲得した最も優秀なグループは……——」
 誰もが息をのんだ。
(大丈夫、私たちの作品は誰にも負けない!)
「——ティアラ・グレイスの率いるグループです!!」
 わっと歓声が沸いた。ティアラは天と地が逆さまになったかのような感覚に陥る。ゆっくりジャスパーたちのいる作業台を振り返りティアラは何も考えずに駆け寄った。
「ジャスパー! ミラ先輩! ラト! ブラッド! 私たち…………——星五つとったよっ!!」
 飛び込むようにティアラは四人の輪に突っ込む。ティアラたちは五人全員で手を握りしめあった。嬉しくて嬉しくて、涙が溢れ出てくる。
 授与された五つもの星は胸元で輝き、大きな拍手に包まれた。

                  *

 その日、ティアラたちは新たな伝説を作り上げた。
 それは『最下位ランクの星なし生徒がまさかの最高ランク星五つを獲得する』というまるで奇跡のような出来事だった。


(第七章 いざ、戦いのとき 終わり)