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- Re: 銀の星細工師【参照2000感謝!】 ( No.184 )
- 日時: 2014/10/25 13:59
- 名前: 妖狐 (ID: so77plvG)
■特別短編『お姫様の番犬』
「劇に出てほしい?」
ティアラは首をかしげて聞き返した。すると目の前の男子生徒は困ったようにうなづく。
「はい。急なお願いなのは承知なんですが、今、演劇クラブでヒロイン役の子が倒れちゃってて。代役を立てようにも体型に無理があるんです。それでグレイスさんにお願いできないかと……」
クラブ部長と名乗る男子生徒は特徴的な天然パーマの栗毛頭を思いっきり下げた。
「お願いします! 劇に出てください!」
「え、ちょ、頭を上げてください!」
慌ててティアラは懇願する。彼はティアラより年上の先輩だ。教室の前、しかも廊下のど真ん中で頭を下げる部長にティアラは焦って冷や汗が出た。一目が気になるが彼は一向に頭を上げようとしない。
「無茶なお願いなのは承知の上です。けれど、あなたじゃないと、この役は……」
苦しげな声が漏れる。切羽詰まった様子の彼にティアラは胸が痛んだが、同時に不安も生まれる。
「私にヒロインなんて出来ませんよ。まず劇なんてやったことありませんし……」
渋るティアラに部長はそれなら、と頭を上げる。諦めてくれたのかと思ったが、彼はいきなり横に置いてあった紙袋から何かを取り出した。
「劇に出てくれたら、このバームクーヘンを差し上げます!」
「それもしかして——学園内にあるっていう幻のケーキ屋の!?」
大声を上げてケーキボックスを食い入るように見つめた。まさに売り始めて一時間もたたずに完売する幻のケーキ屋のバームクーヘンだ。あまりの美味しさに食べた生徒は虜になるそうだが、個数限定品なのでなかなか手に入らないものだった。
「どうやってこれを……」
「部員総出でゲットしました。我々演劇クラブはそれだけ本気です」
部長はまっすぐティアラを見つめる。その手には幻のバームクーヘン。ティアラはつばを飲み込んで、ゆっくり首を振った。
「そのお願い、受けます」
がっちりティアラと部長は熱い握手を交わした。
*
「ティアラ、綺麗なのです」
ラトが微笑んでティアラを見つめる。当の本人は困惑気味の顔で頬を上気させた。
「い、いや、こんなの着慣れてないから似合ってるわけないよ。それにしてもラトが演劇クラブの衣装デザイナーだったとは驚いたな」
目を丸くするティアラにラトはニコニコと笑う。彼はやっぱり美術素質だなと思った。
(本当にすごいな……)
ラトのデザインしたと言う衣装を身に着けたティアラは改めて自分を鏡で見つめた。衣装はひらひらしたレースたっぷり付いていて、少しの動きでふんわりと揺れる。けれどその代り体全体が重かった。
ティアラが演じる役は中世のお姫様役だった。そのため派手なドレスの衣装が装着されて、普段伸ばしっぱなしの髪も綺麗に巻かれている。機能性には優れていないが、野生育ちのティアラを包み隠すように可愛らしくしていた。
「グレイスさんって地毛がもう銀の髪だから、すごく似合ってて羨ましいわ」
衣装係の先輩がくしを持ったまま笑う。彼女はドレスの着付けにあたふたしていたティアラを一瞬のうちにドレスアップしてしまった達人で、その素早さには舌を巻くほどだった。
「いえ、そんな……」
あちこちから褒められ不覚にも心が高揚する。照れを隠すためどこかへ逃げようと足を動かしたとき、ドレスの裾を踏みつけてしまった。これはやっちゃいけないやつだ、と思いながらも虚しく、そのまま前へ体がぐらついた。
「おわっ!」
つんのめりながら顔面強打を覚悟したとき、腰を掴まれて引き戻された。驚いて振り向くと心臓が一瞬止まる。
「キ、キース!?」
驚きのあまり声が裏返る。黒曜石の瞳がすぐ目の前にあって、ティアラは眼をそらさずにいられなかった。
「相変わらずそそっかしいな、お前は」
面白そうに笑うキースにティアラは困惑する。
「なんでここにキースが……」
「俺も出演を頼まれたんだよ。スタントマン役で助っ人に来たんだ」
あまりに距離が近かったので気づかなかったが、キースは黒い騎士風の衣装を身に着けていた。ミステリアスな雰囲気が彼に合っていて、眼を奪われる。
「僕も助っ人に来たよ、ティアラ」
唐突に背後から腕をを引かれた。振り向くとそこにはキースとは正反対に、真っ白な騎士風の衣装を身に着けたヒューがいる。
「僕らはお姫様役のティアラを守る騎士をやるんだ」
爽やかにはにかむ彼は本当に物語から出てきた王子のようだった。キースもヒューも性格は全く違うが、どちらも騎士役にぴったりだ。あちらこちらで女子の黄色い悲鳴が上がっている。
「今回の劇は豪華ね、部長!」
衣装係の先輩がにんまりと微笑んだ。
「ああ、そうですね。絶対大成功だ。これだけの見栄えがあると、僕の努力もあったってもんですよ。なかなか黒い騎士役の彼は受けてくれなくてさあ……」
部長が感極まったように印象的な垂れ目をうるませた。
「でもグレイスさんが出るって言ったらあっさりOKしてくれてね」
「え?」
ティアラは驚いてキースを見た。期待に胸が膨らむ。
(私が出るからキースも出たの……?)
キースはティアラを見つめたまま、ゆっくり微笑した。
「お前の棒読みの演技が見たかったんだよ」
皮肉に笑う彼はいっそ悪魔のようだった。
「分かってましたよ、どうせ!」
期待した自分を殴りたくなる。けれど彼の騎士姿に胸が鳴ってしまうのは抑えられなかっった。
*
その日から放課後、ティアラは演劇の練習を続けた。最初は緊張で噛みまくりだった台詞も日が経つごとに、すらすらと頭から出てくる。キースにはしょっちゅう笑われ、ヒューはそれを優しくフォローしてくれた。
「そういえばラストシーンって、まだ練習していないよね?」
休憩の途中、シャツを仰ぎながらティアラはヒューに話しかけた。ヒューも汗をぬぐいながらうなづく。
「そうだね。台本にも載ってなかったし……」
二人して首をかしげてみた。本番までに大事なラストシーンを練習するだろうが、劇まで残り気づけば三日だ。そろそろ焦ってくる。
「まあ、どうにかなんだろう」
キースは余裕な口調で椅子から立ち上がった。
「それじゃあ練習再開するか、棒読みさん」
悪態をつくキースにティアラはむっと口をまげる。けれど言い返せないのはキースが驚くほど演じるのが上手いからだ。クールな黒い騎士役をキースは難なくこなしていて、演技中でさえ見惚れてしまう。
「ティアラは棒読みなんかじゃないよ、大丈夫。中世の時代は少しイントネーションが違ったって設定にすればいいんだから」
ヒューが微妙なフォローを残して体育館の壇上へ上がっていく。彼も元々貴公子だったので優雅な身のこなしが綺麗だった。
二人が練習再開のために壇上へ上がると、見学に来ていた女子生徒が一斉に声を上げる。それにこたえるかのように始まった剣を使った練習にティアラは唇を引き結んだ。
(私も頼まれたからには二人に劣らないような演技をしなきゃ)
幻のバームクーヘンを脳内で描きながら、ティアラはタオルを置いて壇上へ登る。
*
ついに演劇発表の日が来た。けれどティアラは驚愕の事実に声を上げる。
「ラストシーンってこうなるんですか!?」
誰も想像しなかったラストに台本を思わず二度見して部長に尋ねた。まさかの開演当日に知らされたシナリオは衝撃の展開である。脚本を書いた本人である部長は相変わらずの天然パーマを振りながらうなづいた。
「ああ、そうです。だからグレイスさんにしか頼めなかったんですよ」
「そ、そうだったんですか」
自分が選ばれた理由を知り、ティアラは納得した。確かにこの学園ではあまりこのラストに似合う体型をした生徒は少ないだろう。
「わたしに、できるでしょうか……?」
「もちろん! 大丈夫ですよ、あなたなら」
部長は力強くうなづいた。それだけで安心できる。
「それに二人の騎士がいますしね」
確かにそうだ。二人ならティアラがなにをしでかしても上手くフォローしてくれるだろう。
「それでは楽しんでいきましょう」
『はいっ!』
開演を告げるブザーの音と共に衣装に身を包んだ生徒全員はうなづいた。
(続く)