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Re: 銀の星細工師【ラスト突入!】 ( No.192 )
日時: 2014/11/04 09:42
名前: 妖狐 (ID: so77plvG)

 綺麗な星が胸元できらきら輝く。その数は五つ。それぞれの胸に飾られた星は職人にとって最高の誇り。
 結果発表が終わった後、たくさんの人々がティアラたちのもとへ押し寄せてきた。
「おめでとう!」
「やるじゃん!」
「なあ、今度俺にも細工の仕方教えてくれよ」
 あちらこちらからかけられる声にティアラは眼を回していた。他のメンバーも同じように対応に追われている。その時、突然腕を強く引かれた。
「ティアラ」
 低い声は色めいていて、すぐさま声の持ち主が分かってしまった。驚いて目線を向けると、そこには周りから浮きだった黒髪を持つキースがいた。キースが魅力的に微笑んでそっとティアラの手にキスを落とす。
「よくやったな。上出来だ」
 偉そうな口調だが、キースに褒められたことが他の誰よりも一番嬉しかった。唇が当てられた場所が焼けるように熱くて、思わずくらっと脳が蕩ける。男女ともに誘惑してしまいそうな深い黒が心をじりじりと焦がした。
「ありがとう。見ててくれたんだ」
 はにかむとキースはいきなりティアラの肩を引き寄せた。そのまま抱きしめるような体制を取る。
「え……!?」
 困惑した声にキースが小さく答えた。
「今のお前の表情、誰にも見せたくなかった」
 耳元で聞こえる声にティアラは今度こそ身体が溶けてしまったように感じた。周りの目線が集まっていて恥ずかしいと思うのに、キースの傍を離れたくないと矛盾する気持ちがいる。
「キース、私が星五つをとれたのはキースのお陰でもあるんだよ。毎晩、私の練習に付き合ってくれてありがとう」
 キースの肩に顔をうずめて囁くと、彼が少し身じろぎしたのが分かった。顔を上げるとすぐそばにキースのまつ毛があって、まっすぐ見つめ合う。あまりにも近い距離はまるで唇同士さえ触れてしまいそうで、キースの頬が火照っているように見えた。
「ちょっと、近すぎだよ。離れてくれないかな」
 不意に背中が引っ張られキースから引きはがされた。後ろを振り返るとジャスパーが不服そうにティアラの手首を握りしめている。
「まったく油断も隙もあったもんじゃないね」
 警戒するようにジャスパーはキースを見た。その挑戦的な瞳をキースは面白そうに見る。
「お前の周りは守護者ばっかで近づくのが大変だな。そこのチビとか、あの金髪野郎とか」
「僕はチビじゃない!」
 ジャスパーが目線を険しくする。ティアラは危険な雰囲気を感じ顔が引きつった。どうにもこの二人は相性が悪いようだ。
 相性が悪い原因を知らないティアラは二人の視線の先に自分がいるとは思いもしない。
「まさか、このぺちゃぱいが学園に来て、こんなに化けるとはな」
 キースが鼻で笑う。ティアラは思わず自分の胸を見下ろして、キースに拳を振り上げた。けれどさらに追い打ちがやってくる。
「そりゃお姉さんがぺちゃぱいなのは否定できないけど、そんな風にはっきり言ったら可哀そうでしょ」
 微妙なフォローをするジャスパーにもティアラは拳を振り上げた。二人して言われるとさすがのティアラも悲しくなってくる。
「胸の大きさなんて関係ないんだから!」
 二人に言い返して、ミラのもとへ助けを求めるように駆けよると、つい足が止まってしまった。そこには羨ましくなるほどの豊富な胸があったからだ。
「……関係ないんだから」
 自分に言い聞かせるように言ってみるが、どうにも説得力はなかった。そのとき、キースが思い出したように声を上げた。
「そういえばひとつ聞き忘れてたんだけどよ、お前らの星硝子を壊した犯人知りたいか?」
「え……?」
 ティアラは胸を衝かれたような衝撃を受けた。
「キースは犯人を知ってるの……?」
「ああ。偶然昼寝してたら見たんだよ。でもお前らの意思を聞いてから言おうと思って。やっぱ知りたいか?」
 何気ないようにキースは問いかけた。ジャスパーが一気に空気を黒くする。ティアラは作業台の上にある星硝子を見つめて、そっと触れた。星硝子は冷たくて無機質なのに、脈打ているような鼓動を感じる。それはみんなの想いが込められているからだろう。
「……星硝子を壊したのは許せない。星硝子は幸運を運ぶ神聖なものだってこの学園にいる皆は分かっているはずだもの。それでも故意に壊したのだとしたら私はその人たちを非難してしまう」
 ティアラはうつむいたまま星硝子を撫でた。辺りが静まり、ティアラの声が響く。この中に犯人がいるのだろうか。もしそうだとしたら、聞いてほしい。
「壊したことは許せない。けど、犯人は知らなくていいや」
「……いいのか?」
 さっぱりとした宣言にキース驚いたように問いかけた。ティアラは息を飲み込むようにうなづく。
「……うん。だって分かったとしても、もう終わったことだもの。責めたい気持ちもあるけど、それ以上に犯人には反省してほしい。もうこんなことしないでほしい」
 ティアラはジャスパーたちを振り返った。
「ということでいいかな……?」
 単独で決めてしまった結論に賛同を求めると、ミラは優しくうなづいた。
「ティアラさんがそう決めたなら」
 その言葉にジャスパーたちもうなづく。キースが了承したとき、突然人ごみの中を割って女子生徒が走り寄ってきた。
「ごめんなさい!」
 見覚えのある女子生徒がその場で大きく頭を下げる。ティアラはその光景を目にして胸が押しつぶされるようだった。
(犯人は、彼女なの……?)
 女子生徒は縦ロールの赤髪を持ったアリアだった。アリアは深く深く頭を下げる。
「貴方達の星硝子を壊してしまってごめんなさい。隠していたけれど、あなたの言葉を聞いたらどうしても謝罪しなきゃって思ったの」
 苦しそうな声がアリアの口から漏れる。
「アリアが、やったの……?」
 震える声で訪ねたとき、本能が一斉に騒いだ。自分の言葉に違和感を覚えてアリアを見つめる。彼女が本当に壊した犯人なんだろうか。また胸の中がざわついた。彼女が本当に……。
「……違う、そうじゃない。アリアじゃないんだよね」
 口から飛び出たティアラの言葉にアリアが虚を突かれたように頭を上げた。その眼は大きく見開かれていて、やっぱりと納得する。
 アリアはそんなことするはずがない。確かに自分は恨まれているが、星硝子を壊すなんてことは絶対にしないはずだ。そして何よりもアリアは『できない』のだ。
「私はアリアが誰よりも星硝子を愛してるのを知ってる。ねえ、入学したばかりの時、実習の授業でアリアが言った言葉覚えてる?」
 ティアラは微笑んでアリアの両頬を手で包んだ。

                *
 
「わっ! なにこれ!?」
 ティアラはつい抑えきれずに歓声を上げた。初めて見る星細工専用の工房はとてつもなく広くて大きかったからだ。壁際には数え切れないほどの道具がびっしりと並べてあり、ため息しか手で来ない清潔感で覆われている。
「わたくしもここに来たばかりの時はさすがに驚いたわ」
 アリアがティアラの反応を懐かしむように笑った。初対面の時から仲良くしてくれるルームメイトにティアラも溢れる笑みをこぼす。
 ここで星細工が出来て、大切な友人と一緒に笑えるなんてどれだけ自分は幸せなのだろう。
「それじゃあ早速、細工を始めよう!」
 授業が開始されてすぐにティアラは星硝子を取りに走った。樽に詰め込まれた星硝子へ手を伸ばす。その時、突然遮るように腕を引かれた。
「それは駄目」
 アリアが深刻そうな顔でティアラを樽から遠ざける。いきなりの衝撃に驚くティアラにアリアも慌てたように手を放した。
「ご、ごめんなさい。わたくしったら、つい……。気を悪くしてしまったわよね」
 頭を下げようとするアリアをティアラは急いで止めた。
「ううん、全然そんなことないよ。でも、どうしてこの樽は駄目なの?」
 ティアラが問うとアリアはほっとしたように目を細めて、綺麗な手で樽の蓋に触れた。そっと撫でて蓋を開ける。
「見て、ティアラさん。この星硝子は少し青味があるでしょう」
 樽の中に目をやると実際の銀の色よりほんの少し青い星硝子がある。
「言われてみればそんな感じだね」
 微妙な色の違いにうなづくと、アリアは数個奥にある別の樽の蓋も開けた。
「でもこっちは赤味があるわ」
 本当に微かだが違うと言われれば気づく差だった。
「実はね、これは私自身で気づいたことなんだけど、星硝子が青いのはまだ熟成しきっていないものだと思うの。それを使ってしまうと渋みが普通の物より出てしまう。だから使うなら赤味が強い方がいいわ。赤い分だけ甘いのよ」
 優しく星硝子に触れてアリアは言った。ティアラはまったく気づかなかった事実に目を見開いた。
「それじゃ、青い星硝子は使えないの?」
「いいえ。もう数日寝かせて置けば赤味が増してくるから大丈夫よ。不思議ね。星硝子は自ら人に喜んでもらうため自身を甘くしようとするの」
 温かさで溢れた言葉にティアラは見惚れるようにアリアを見つめた。
「……アリアは本当に星硝子が好きなんだね。星硝子の話をするとき、いつも幸せそう」
「そうかしら。そう言ってもらえて嬉しいわ」
 アリアは柔らかく微笑んだ。

          *

「私は、あの時の笑顔と言葉が偽りじゃないって思っていいんだよね」
 ティアラの問いにアリアは視線をずらした。それについ、ティアラは笑みを零してしまう。
「アリアって実は分かりやすいよね」
「なんですって!?」
 アリアが驚いたように思いっきり眉を潜めた。心外だと目で訴えてくる彼女にティアラはだって、と続ける。
「アリアは肯定と否定がはっきりしてるもの。違うときは言葉にして言い返すけど、本当に当たっているときは黙って否定はしない」
 その言葉に押し黙るアリアを見て、ティアラは図星だと確信した。
「アリアは星硝子を壊した犯人じゃない。絶対に」
 笑顔で言いきるティアラに仏頂面のアリアは不満そうに呟く
「……馬鹿じゃないの」
 そんな言葉とは裏腹にアリアの瞳は星が瞬くように生き生きと輝いて、頬がちょっぴり上気していた。