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Re: 銀の星細工師【更新11/4】 ( No.193 )
日時: 2014/11/08 10:44
名前: 妖狐 (ID: so77plvG)

 燃えるように綺麗な赤髪を持つ彼女をティアラはまっすぐ見つめた。何も見逃さないように瞳孔を捕える。
「私たちの作品を壊したのは誰だか知っているんでしょ、アリア」
 でなければ犯人ではないアリアが偽って名乗り出る必要はないだろう。彼女は何かを隠している。
「……それは、言えない」
「なんで?」
 問い詰めるように聞くがティアラから逃げるようにアリアはうつむいた。
「わたくしにも大きな責任があるの。こんな事態を招いてしまったのは、わたくしが力不足だったから」
 アリアは工房の隅へ片づけてあった星硝子の砕かれた欠片を見て唇を噛みしめた。自分の傷の痛みに耐えるように顔をしかめる。
 そのとき、人ごみから二人の女子生徒が飛び出してきた。数日前にティアラたちの細工品を馬鹿にした女子生徒だ。彼女たちは焦った様子でアリアに駆け寄った。
「貴方達っ……!」
 目を見張るアリアに女子生徒はティアラに向き直って口を開いた。
「私たちがやったの。アリア様は何も悪くない。全て私たちが招いた事よ」
 ティアラは眼を見張る。咄嗟にキースを見るとそうだと言うように彼もうなづいた。その仕草に合わせて突然背後から机を叩くような物音が聞こえた。ブラッドがこめかみをひきつらせながら女子生徒たちを睨んでいる。
「ブラッド」
 感情を抑えるように名を呼ぶと、彼はしぶしぶ怒気を散乱させた。けれど星硝子を壊した犯人を目の前にしてしまったら文句の一つも言いたくなるだろう。ブラッドの視線に怯える女子生徒をアリアが庇うように前へ進み出た。
「本当にごめんなさい。許してなんて言えないけれど、謝らせて頂戴。わたくしの責任なの」
 彼女の丁寧で敬意を払った言葉使いにブラッドも落ち着いたようだ。だが一方で女子生徒たちがアリアの前へと訴えるように進み出た。
「違います、アリア様の責任なんかじゃないわ!」
「そうよ、私たちが勝手にしたことなのに! 私たち、アリア様の誤解を解きたくて来たんです」
 二人は大きく首を横に振って今にも涙を零しそうな顔をした。そこには信頼関係というものが眼に見える様だった。だがアリアもまた首を振る。
「わたくしはあなた達を止められなかったわ。それにこんな行動をとらせたのは、わたくしのせいよ。わたくしが彼女を敵視していたから……。彼女たちの造った作品を見て焦ったのでしょう? あまりにも綺麗で大胆で精密で。だからどうにかしなきゃって思って、手を出してしまったのね」
 二人は気まずそうにうなづいた。アリアも微かに苦笑する。
「わたくしも焦ったわ」
 ティアラは耳を疑った。彼女ほどの技術を持つ人の心を動かせたのだと思うと、驚くと同時に喜びが湧いた。
 アリアは口元を上げたまま、涙目の女子生徒に優しく語りかける。
「焦ったけれど、でもね。それ以上にすごいと感動してしまったの。悔しいくらいにね」
 アリアの声は今までに聞いたことがないくらい心地よく温かかった。
「人を感動させることのできる物は何にも変えられない宝よ。そしてそれは決して壊してはいけない。貴方達もちゃんと分かっていたのよね?」
 女子生徒はしかっりとうなづいて、ついに涙を零した。
「ごめんなさい」
 二人が声を揃えて謝る。その言葉は魔法の呪文のようにその場に脈打って広がり、穏やかな空気を生んだ。けれどアリアは一人だけ悲しそうな瞳をしていた。
「……私が彼女たちの焦りを生んだんだわ。つまらない賭け事なんてしなければっ」
 苦痛の声が喉から漏れる。
「本当にごめんなさい」
 悲しみが詰まった言葉にティアラも胸が軋んだ。星硝子をこの上なく愛するアリアの深い悲しみがまるで伝染してくるようだ。
 ティアラはアリアの背に覆いかぶさる重い何かを吹き飛ばすよう、爪の後が残るほど握りしめられたアリアの手をそっと包み込んだ。
「手は大事にしないと駄目だよ。星細工を作るための職人の手なんだから」
 びくりと彼女の肩が揺れる。ティアラはアリアにこれ以上、一人で抱え込んでほしくなかった。
「大丈夫だよ、アリア。あの壊れた星硝子も、もう一度砕いて加工し直せば、また使える。星硝子のとっておき素敵な所はね、決して消えることがない所なんだよ」
「……まったく、貴方って人は」
 アリアがどこか切なげに口元をほころばせた。
「ありがとう、ティアラ」
 ころりティアラの名前がアリアの口から転がり落ちた。その瞬間、ティアラは大きく目を見開いて堪えきれない笑みをこぼす。
「名前、久しぶりに呼んでくれたね」
「え……あっ!」
 本人も今更ながら気づいたのか慌てたように口をふさぐ。ティアラはぐっと気持ちがこみあげてくるような感覚に襲われた。
 今まで近づきたいと手を伸ばしても、拒否され続けた日々が頭の中をめぐる。最初から騙されていたと知っても何故か嫌いになれないほど、アリアの事が好きだった。星硝子を見つめる強い瞳、誰にも左右されない凛とした姿。自分が見てきた彼女の中身は、偽って振る舞っていても芯の部分は変わらなかったのだ。
 一度は遠くなった心が確かに少し、近づいたのを感じた。
「私やっぱりアリアと仲良くなりたい。本当のアリアをもっと知りたい」
 実はさっぱりしてて強気なこと、姉気質があること、照れた笑いは可愛らしいこと。本当のアリアはとても素敵な女性だ。
「でも、私はもうたくさん貴方のことを傷つけたわ。今更なんて……」
「別にいいんじゃねえか」
 唐突にキースが口を開いた。作業台に行儀悪く腰掛けながら微笑する。
「こいつは阿呆鳥だから、何があっても三歩あるけば忘れてる」
「ちょっとそれどういう意味よ!?」
「こいつと仲良くしてやってもいいんじゃないか、ってことだよ」
 アリアはキースの言葉に動揺しながら、ちょいっとティアラの制服の裾を引っ張った。
「……わたくしも、もう少し貴方と話してみたいわ。どうやらわたくし、貴方の事を勘違いしていたようだし」
 ぱっとティアラは瞳を輝かす。アリアも照れるように笑みを返した。
「努力は実らない、なんて違ったのね。努力は実らせるためのものだったんだわ」
 
                 *

 幼い頃に絶望して努力を嫌った赤髪の少女が一人立っていた。
 彼女は閉じこもっていた部屋からようやく抜け出そうと腰を上げる。その肩には一羽の銀色のペンギンが乗っていた。羽は傷だらけで飛ぼうと必死にもがくペンギンを少女はそっと手で包み込む。
 そのまま少女はふわりと色鮮やかな世界へ飛び立つのだった。

(第八章 隣同士の想い 終わり)