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Re: 銀の星細工師【更新11/13】 ( No.195 )
日時: 2014/11/14 09:34
名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)

「……ティアラ、ティアラ、起きて」
 声と共に肩をがくがくと揺らされて億劫ながらも薄く瞼を開ける。視界には鮮明な赤髪が飛び込んできた。
「もう朝よ。そろそろ起きないと朝食を食べ損なうわ」
 深刻そうな顔でアリアがティアラに呼びかける。「朝食を食べそこなう」の一言でティアラは勢いよくベットから身を跳ね起こした。
「嘘っ!? もうそんな時間なの? どうしよう、今日はスクランブルエッグとオレンジジャムの乗ったマフィンが朝食なのに……」
 毎日の寮の献立を暗記しているティアラは慌てるように洋服を着替えだした。朝食が配布される時間帯は決まっていて遅れるともう貰えないのだ。
 焦るあまりシャツのボタンを掛け間違えるティアラをアリアは見つめながら穏やかに笑った。
「あら、今日の朝食はおいしそうね。わたくし先に行くわ。ティアラと一緒に食べそこなうのは嫌だし」
「この薄情者ー!」
 涙目になりながら靴を履くアリアに叫ぶが彼女は面白そうに笑うだけだった。
「ええ、わたくしは自分が一番大切ですもの。美味しい物はちゃんと食べたいわ。それにわたくしが起こさなければ貴方はずっと寝たままで遅刻していたでしょうね」
「ま、まあ、そうだけど」
 何も言い返せずにいると、それじゃあとアリアは優雅に部屋を出て行った。扉が閉まると同時にドアプレートが揺れる。そこにはアリアとティアラの二人の名前が明記されていた。
(同じ部屋に戻ったんだ……)
 改めて実感し、懐かしさに口元を緩める。試験が終わってから数日後、アリアとも打ち解け元通りに同じ部屋のルームメイトとなったのだ。もう部屋の中には一人ぼっちの時の寂しさは微塵もない。アリアが好む可愛らしいファンシーグッズが所狭しと並んでいた。
「おっと、和んでる場合じゃなかった」
 急がなければならないことを思い出してリボンを付ける。着替えを終えると簡単に身なりを整えてティアラも小走りで部屋を飛び出した。

               *

「ギリギリセーフでよかったー」
 今朝の事を思い出しティアラは満足げにつぶやいた。周りにはジャスパーやミラ、ブラッドにラトがいる。昼休みの時間帯に気づいたら自然と中庭へ集まっていたのだ。
 降り注ぐ暖かな日差しがとても心地良く、目を細めて光合成するように草の上に座っていると隣から笑い声が聞こえた。
「お姉さん、見事な阿呆面」
 ひねくれた言葉にきゅっと口元を結ぶ。そう言っているジャスパーも気持ちよさそうに草の上で寝転んでいるではないか。
「いいですね、こういう時間」
 ミラの言葉にティアラはうなづいた。大切な人たちと穏やかに過ごす時間はとても貴重に思える。おやつのビスケットを頬張っていたラトが不意に遠い目をした。
「いつまでも、続けば、いい」
 その一言に誰もがうなづいた。卒業までまだ何年もある。ティアラはこのまま皆一緒にいられるだろうと当然のことのように考えていた。けれどそのとき、ティアラを呼ぶ声が聞こえた。声の方向へ振り向くと学園長の秘書であるリアーナが速足で歩いてくる。ティアラが入学当時に学園を案内してくれた美人な女性だ。
「グレイスさん、あなたのお客様がお越しです」
 綺麗な発音のまま息も乱さずにリアーナは眼鏡を押し上げた。直々に学園長の秘書が知らせに来るとは一体誰が来たのだろうか。そもそもティアラには知人が少ないため、思い当たる節がなかった。
(いや、待って。もしかしたら……)
 嫌な予感ぴりっと脳内を駆け巡る。そのとき強引に眼を奪うような派手な金髪がティアラめがけて駆け寄ってきた。
「ずっと逢いたかったよ、小さな可愛らしいレディ。僕がいない日々はまるで永遠の事のように感じただろう? さあ、おいで!」
 腕を広げて長い金髪をなびかせながらどんどん近づいてくる。ティアラは強張る足と共に頬を引きつらせた。
「フ、フレッドさん!」
 それはまさにこの学園へ入学させてくれた星硝子職人最高の位を持つフレッドだった。彼は外見がとても整っていて貴婦人からの誘いが絶えない貴公子だが、中身は残念な変態気質なのだ。
 久しぶりに会った彼の雰囲気はとても強烈だった。初めて出会った時のようにフレッドだけが、この世界から浮いて見える。周りにはいくつもの薔薇が咲き乱れているようだった。
「ああ、少し見ない間に綺麗になったね、ティアラ嬢」
 指の長い手がティアラの手を恭しく握りしめた。周りの生徒たちがざわめいているのが感じられる。この学園にとって職人の頂点に立つフレッドは神に等しい存在だった。
「聞いたよ、試験で星五つを取ったんだって? すごいじゃないか! さすが私が選んだ子」
 ティアラの胸ポケットについている星のバッチを嬉しそうに眺めてぎゅっとティアラを抱きしめた。ふわっと薔薇の香りがティアラを包み込む。不覚にもドキっと鼓動が高鳴った。
「あ、ありがとうございます。でも、どうしてここに?」
「君にとっておきの情報を伝えに来たんだよ。君の運命を左右する情報さ」
「私の運命を……?」
 重要な話だということに気づき、ティアラは緊張感を走らせた。けれど次の瞬間、フレッドが何かに思いっきり殴られその場で倒れ込む。ティアラは悲鳴を上げて気絶しているような様子のフレッドを見た。
「すいません、グレイス様。このド変態があなたに不埒な真似をしでかした様で。いきなり学園長にも会わず貴殿の元へ走り出すので焦りました」
 剣の柄を握りしめたままフレッドの護衛であるエリオットが頭を下げる。エリオットが護衛相手であるはずのフレッドを殴ったのは明確で、また主をド変態扱いしたのにティアラは言葉が出なかった。なんとか無難な台詞を見つける
「その、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。本日は急な訪問ですいません。グレイス様に伝えたいことがあってここに来たのですが……」
 ちらりとエリオットは倒れたままのフレッドを見やった。
「主はしばらく使い物にならなそうですね。まったく」
(あなたが殴ったんだよね!?)
 ティアラは心の中でつっこんだ。冷ややかな視線を送るエリオットと気絶したままのフレッドとの間に主従関係があるようには全く思えない。
 エリオットは一度、いつの間にか集まってきた生徒たちを見渡して剣を収めた。
「ここでの立ち話はなんですので、一度移動しましょうか。これもこのまま放置しておく訳にはいきませんし」
 主をさり気なくこれ扱いしつつ、エリオットはフレッドを米俵のように担いで来た道を戻っていく。
「ちょっと行ってくるね、皆は先に戻ってて」
 何が起こったのか把握しきれていないようなミラ達に声をかけると、ティアラも慌てて後を追った。

Re: 銀の星細工師【更新11/14】 ( No.196 )
日時: 2014/11/14 09:59
名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)

「いやあ、本当に痛かったな。目の前に星が飛び散ったようだったよ」
 フレッドが陽気に後頭部のたんこぶを押さえて笑う。エリオットは無言のままだったがフレッドはさして気にしてないようだった。
 ティアラは来賓客用の部屋に通され、不安げに椅子へ腰かけていた。
「あの、フレッドさん。私の運命を左右するような情報って何なのですか?」
 問い詰めるように聞くと、フレッドは真っ直ぐティアラの方に向き直って笑顔を浮かべた。
「そんなに強張った顔をしないで。ただ、私は君に職人になりたい意志が本当にあるのか聞きたい。それによって私の持ってきた情報の有無が決まるんだ」
 口元は笑っているのにフレッドの目は真剣だった。何もかも見透かされていそうで素直に答えなければいけないと悟る。
「今の君は見習い職人だ。一人前ではない。人に星硝子を売ることができる一人前の職人になるには国家試験を受ける必要があるのを知っているね」
 ティアラはうなづいた。何年かに一度、職人の資格を定める試験がある。それに合格しなければ見習いのままなのだ。
「君は一人前の職人になりたいかい」
「はい、なりたいです」
 ティアラは迷うことなく断言した。意志は何年も前から決まっている。それは幼い頃、細工師を夢見た少女のときからだ。
「ならば君は来年開かれる国家試験に受けなければならない」
「来年、国家試験が開かれるんですか!?」
 初耳だった。国家試験は不定期に行われるため、いつ開催か分からない。数年間に一度しか行われない時もあれば、毎年行うときもある。
「来年の試験を受けなければ君は職人にはなれないだろう」
「え……?」
 衝撃的な言葉にティアラは放心した。一体それはどういうことなのだろうか。膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。
「君は今、学園で学び励む事を条件に生活費を全て免除されている。だが数年後、卒業したときに君一人で生活していけるかい?」
 心が不安という名の分厚い雲に覆われたのが分かった。その事実はいつも頭の隅に引っ掛かっていた悩みだ。
「両親の残した財産だけでは到底無理です。だから私は星細工を売って生活しなければならない」
「そうだね。けれど職人の資格を国家試験に合格して取っていなければ星硝子は売れない。だから君は在学中に職人へとならなければいけないんだ」
 それはとても険しい道に見えた。けれど逆にティアラは心が落ち着いていくようだった。自分の漠然とした未来に進むべき道が見えたようだ。
「私が職人になりたいのなら次の国家試験を必ず受けなければならないんですね。なぜなら国家試験は不定期に開催されるため、今回を逃すと次の開催は私が卒業した後かもしれないから」
「そう、呑み込みが早いね」
 満足そうにフレッドはうなづいた。ティアラの目は決心で固まっている。
「なら、私は来年の国家試験を受けて絶対に合格します」
 強い意志が瞳から溢れ出るようだった。フレッドは穏やかにティアラを見つめる。
(いつからこの子はこんなに強くなったんだろう)
 フレッドは今までティアラが経験してきたであろう困難を想像した。人は苦難を強いられて強くなっていくものだからだ。
(そしてまた私はこの子に苦難を授けるんだね)
 それは少しだけ悔いられた。久しぶりに会った彼女の周りにはティアラを愛する仲間たちで溢れていた。それを自分はこれから取り上げてしまうのだ。
(ごめん、だけどきっと君はもっと強くなる)
 フレッドは一呼吸置くと、ティアラに最後の質問をした。
「国家試験を受けるために君はこの学園を出なければならない。君にその覚悟はあるかい」