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Re: 銀の星細工師【更新11/14】 ( No.197 )
日時: 2014/12/04 18:11
名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)

「君はこの学園を出なければならない。君にその覚悟はあるかい?」
「……え?」
 周りの風景が一瞬にしてモノクロになる。頭がくらくらして足元もおぼつかなかった。まるで深い海に突き落とされてしまったかのような気分だ。
「どういうことですか……?」
 なんとか声を絞り出すと、フレッドは真剣な眼差しでティアラを見つめた。
「実は君が国家試験を受けたいと望むなら王都での勤勉を是非、と国王直々の申し出があったんだ」
 ——国王直々。
 それがどれほど貴重なものか、ティアラはすぐさま感じ取った。ただの庶民であり、なんの後ろ盾もないティアラが国王から何か申してもらうなどあり得ないことだからだ。
「なんで国王が!?」
「君は王国パーティーであった貴重なグラスの破損事件を覚えているかい。そのとき、たったの数時間で代用品のワイングラスを作り上げただろう。その話がどうやら国王の耳にも入ったようで、彼はたいそう面白がっていたらしいんだ。それに僕がスターグラァース学園に入学させたっていうのも大きいんだと思う。国王は君に興味と期待を示しているんだよ」
 まさかこの国の最高権力者である国王に自分の事を知っていてもらえたなんてティアラは露ほどにも思っていなかった。
 驚きの連続で心臓が今までないほど跳ねていた。その理由が興奮なのか感動なのか、はたまた恐怖なのか、もう分からない。
「これは君にとって人生最大のチャンスだと言ってもいい。なんたって国家試験を受ける前に王都でここよりもさらに数倍の質がある星細工が学べるんだから。もちろん私も君に教える教師の一人だ。王都に来ることは君が更に腕を上げるチャンスなんだ。このチャンスを得ることで君はもしかした国一番の細工師になれるかもしれない」
 フレッドの言葉はとても魅力的だった。現在国一番と言われる彼から細工を学べる。それがどんなに大きな成長につながるかはティアラにも分かっていた。
(もっと……細工について学べる)
 むくむくと職人の欲望である塊が膨れていく。技術を求める貪欲な気持ちは抑えきれなかった。
「私はもっともっと細工の腕を上げたいです。誰かが感動するものを作りたいです! だから私は細工師になりたい!」
 溢れる気持ちが声になって漏れた。煌めきだすティアラの瞳を見て嬉しそうにフレッドが笑う。
「ああ。なら王都へおいで。歓迎するよ」
「は……」
 うなづこうとしたとき、何かが目の前ではじけ飛んだ。鋭い音と共に脳内を刺激する。
 ティアラは重要なことを思い出した。王都へ行くと言うことは学園を出ると言うことなのだ。フレッドも先ほど言っていたではないか。
(もっと細工について学びたいけど……やっぱりこの学園を出るなんてできないよ!)
 声にならない悲鳴が自分へ訴えかける。ティアラはぐちゃぐちゃな頭を抱え込んで、浮かせていた腰を落とした。
「……すいません。少し時間をもらえますか」
「ああ、分かった。急にこんな話を始めてごめんね。一週間ほど学園に滞在しているから、それまで落ち着いて考えるといい」
 フレッドの優しくて言葉が強張った心を包み込んだ。そっと頭を撫でられてティアラは小さくうなづく。フレッドはゆっくり立ち上がると、少しだけ視線をずらして口を開いた。
「もう一個、また急な話で悪いんだけど、もし君が学園を出ることを決心したなら、来週に王都へ行くことになるから」
「来週ですか……!」
 短すぎではないだろうか。けれどフレッドは苦しそうにうなづいた。
「ごめん。僕らが王都に帰るときに、君も王都で修業することを決めたなら連れてくるよう言われたんだ」
 タイムミリットはたった七日。考える暇はほとんどなく刻一刻と時間は今も過ぎていく。
 そのままフレッドは静かに部屋を出ていった。扉の外から午後の授業を知らせる鐘が耳に届いたが、ティアラはその場を動けなかった。

            *

「……アラ、ティアラ、ちょっと聞いているの!?」
 鋭い叱責にティアラは思考の海から慌てて意識を引き戻した。
「は、はい!」
 急いで返事をすると、怒ったようなアリアの顔が視界に入る。
「まったくなんなのよ。昨日の午後から急に上の空になって。一体何があったの? どうせあの変態っぽい金髪の一級細工師との間に問題が発生したんでしょ」
 アリアのフレッドに対する扱いはあまりにぞんざいだった。なんでも彼の非常識な行動を見て幻滅したらしい。だが昔のように言葉をお世辞で尽くすことなく、素が出ている彼女はこちらの方がいいと思えた。ご立腹なアリアの問いかけにティアラは視線をずらす。
「なんでもないよ。ただ久しぶりだねって挨拶をしただけ……」
 国家試験にまつわる話を誰かに話そうとは思わなかった。自分で決心しなければならないと思うからだ。けれど鋭い彼女はティアラの答えに不満そうな顔をする。
「ならなんでそんなに暗いのよ。いつものへらへらした笑顔と元気はどこに行ったのよ!」
 きつい言葉を言いながらアリアは睨みつけてくるが、ティアラにはそれが心配しているのだとすぐ分かった。不器用さに笑いが漏れる。
「ちょっと、なにがおかしいのよ! せっかくお菓子を持ってきてあげたのにあげないわよ!」
 さらに怒る彼女の手にはお菓子の包みがあった。どうやら甘いもので元気を取り戻そうとしてくれているようだ。
「ごめん、アリア。もうぼーっとしないからお菓子ちょうだい!」
「し、仕方ないわね。……食堂の期間限定、アーモンドチョコクロワッサンよ」
 開けた箱の中からはこんがり焼きあがったいい匂いのクロワッサンが出てきた。寒い季節に温かい湯気が上がる。
「わあ! 私クロワッサン大好きなの!」
「知ってるわよ。だからこれにして……じゃなくてたまたまなのよ! カロリーがすごく高くって普段はたべないのだけれど、今日はたまたま買ってみただけなの。別に貴方のためとかじゃないわ」
 ティアラは気遣いにまた笑みがこぼれた。クロワッサンを口に運べば、香ばしい香りとチョコの甘みが口へ流れ込む。サクサクの触感やバターたっぷりの風味も堪らない。
「んんー! 美味しい。いくつでも入りそう!」
「そうね。思ったよりも美味しかったわ」
 アリアは澄ましつつもクロワッサンを食べる手が止まっていない。きっと気に入ったのだろう。
「また今度、期間が過ぎる前に買おうかしら」
 そんな一言がティアラの胸に突き刺さった。また今度。そのときに自分はこの学園にいるのだろうか。それとも王都へ旅立っているのだろうか。
「そういえば来週の日曜はクリスマスパーティーをするそうね。毎年盛大に行うから大人気イベントなのよ。貴方も楽しみでしょ」
「う、うん、そうだね」
 ティアラはぎこちなく笑った。
 私はそのとき、この学園にはいないかもしれないんだ。

               *

 目まぐるしいほどの速さで数日が過ぎついに金曜日を迎えた。フレッドたちが滞在しているのもあと三日だ。日曜日までには答えを出さなければ月曜に旅立つと言っているフレッドたちに間に合わない。けれど一向に答えは出なかった。
(王都へいけば今まで知らなかった技術が習得できる。それにフレッドさんが直で教えてくれる。ここに居ても細工は学べるけど質は段違いだ。絶対職人として王都へ行くべきだと思う。……けど)
 今日も一睡できず布団の中で寝返りを打った。もうすぐで朝になる。そうしたらアリアと一緒に朝食を食べて、ヒューと授業を受けて、ジャスパーたちと昼休みに楽しく談話して、放課後にはみんな集まってときには硝子細工をつくったりする。どれもかけがえのない一時だ。
(やっと手にいれた時間)
 やってきたときは孤独の身であった自分が、何度も壁に行きあたっては怪我を負いながら手に入れた大切な宝物だ。それを今更手放せるはずがない。
「どうしよう……」
 一筋の涙が頬をつたった。その涙には不安と悩み、そしてタイムミリッとまでの焦りが混ざっている。ティアラの頭の中はぐちゃぐちゃで様々な考えが交差していた。
 それを振り切るように、ティアラは唐突に立ち上がると部屋着にコートを羽織った。髪の毛をすこし整えて部屋をゆっくり抜け出す。頭の中を整理するために外の新鮮な空気が吸いたくなったのだ。まだ朝とは言い切れない朝と夜の間にある時間帯だから、誰も起きてはなく、きっと集中して一人で考え事が出来るだろう。
 忍び足で寮を出ると校舎とは真逆の方向へ足を向けた。行く先には広大な自然が広がっている。学園の敷地は驚くほどの広さで、未だに把握しきれていないところが多い。そんな中、以前ヒューがおすすめしていた朝焼けが綺麗に見えるらしい場所へ行こうと思った。
「うう、さむいー……」
 さすがにコートを着ていても下が部屋着であるため寒かった。手袋やマフラーをして来ればよかったと今更後悔する。教えられた場所へ道を思い出しながら向かうと、意外な光景が目に飛び込んできた。
 目の前にいた少年はどこかを真っ直ぐ見つめたまま立っていた。夜に輝く金の髪が風に舞う。フレッドと同じ色ではあるが彼のように長くなく、短く爽快さがにじんでいた。もうすぐ朝を迎える紫色の空を背景に立つ人物の姿はまるで絵のように似合っていた。
「あれ、ティアラ、ずいぶん早起きだね」
 優しい声がこちらに気づき笑いかけてくる。その笑みは物語の王子様のように甘い。
「ヒューこそ」
「僕は二、三日おきぐらいにここへ来るんだ。ほら、ここからなら前も話した通り朝焼けが良く見えるもんだから。早起きも苦じゃない」
 ヒューが紹介するように手招きをする。それに応じて傍へ行くと空が落ちてくるような錯覚に陥った。正確には落ちてきたのではなく、近くなったのだと思う。
 場所はすこし小高い丘になっていて空を遮るものが一つもない。まるでそこだけ空に飲み込まれた不思議な場所だった。ティアラは歓声を上げると東の空を心待ちにして見つめる。
「あと数分で朝日が昇るよ」
「うん、楽しみ」
 紫色の空には静寂が波打っている。朝日が出るまでのこの時間帯も心地よかった。遠くの地平線を見つめていると、ふと、ヒューがこちらへ手を伸ばしてきた。
「薄着じゃないか。それじゃあ風邪ひくよ」
 ヒューのつけていたマフラーが首に巻かれる。ぬくもりが肌に触れるとなんだか頬が熱くなった。
「いや、でもヒューだって寒くなっちゃうよ。風邪だって……」
「僕は大丈夫。それより見てる方が寒いから僕のためだと思ってつけてて」
 ティアラは仕方なくうなづいてマフラーに顔をうずめた。それを見てヒューが視線をずらす。
「ちょっとそのマフラーが宝物になったかも」
「え、なんで?」
「いや、まあね」
 曖昧な返事でヒューは話題を変えるように言葉をつづけた。
「そういえばティアラ、昔に君は僕にここへ来た理由を聞いたよね」
「うん。だって私、ヒューに逢った時驚いたもの。ヒューの細工師の腕前は一人前なんだから、この学園で学ぶことはもうほとんどないんでしょ?」
「まあね。ここへは星硝子とは無関係の事情でやってきたんだ」
 ヒューはティアラの前へ移動すると、そっとティアラの手を取った。冷えていた指先を包むように握りしめる。
「ヒュー?」
「ティアラ聞いてくれるかい。僕がここへ来た理由を。普段じゃ校内が騒がしくて二人きりなんて滅多になれないから」
 真剣なまなざしが注がれる。強く握りしめられた手の感触を感じてティアラはうなづいた。丁度その時、彼の背後から光が溢れる。朝日が昇ってきたのだ。
「……僕はここへ、自分の婚約者(フィアンセ)を探しに来た。ねえ、ティアラ、僕の婚約者になってほしい」
 まばゆい朝日と彼の金の髪が混ざって眩しく見えた。