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Re: 銀の星硝子細工師 ( No.2 )
日時: 2014/01/11 23:20
名前: 妖狐 (ID: fqLv/Uya)

ずっと昔から夢見てた。
世界にたった一人しかいない唯一無二のパートナー。
いつか自分の目の前にも現れ必然のごとく結ばれる。……と信じて疑わなかったが、現実はそう甘くなかった。


「今朝、海でとれたばかりの新鮮魚、うまいよおおおー! 今夜の晩御飯にどうだいっ」
「一口食べればほっぺがとろける、これぞ幾多の伝説たちが探し求めていたアップルパイ! ほっかほかのアップルパイはいかが?」

 威勢のいい大きな声や興味の惹かれるいい匂いがあちらこちらから飛び交う、ここは王都の中心部シンバット。
 シンバットで手に入れられない物はなく、常に流行の最先端を行っている。そして近くに海があり、そのまた少し先には鉱山があるシンバットは豊かな財産に恵まれた地でもあるのだ。
 朝から賑わうこの場所でティアラは目移りもせず、目的地に向かって真っすぐに足を進めていた。

「すいません、ここらへんに星の狩り人のギルドはありませんか? できれば道を教えてほしいのですが」
 ワゴンで焼きトウモロコシを売っているおじいさんに、小腹が空いていたので一つ購入しながら聞いてみると快く教えてくれた。
 思ったより近くにあるようだ。
「どうも、ありがとうございました」
 香ばしい香りのする焼きトウモロコシを頬張りながら言われた通りの道すじを進んだ。

 <星の狩り人>それは星硝子を採取する人のことだ。
 星硝子は高い山の頂上にのみ生息し、それを採取するのは至難の業と言える。そんな星硝子を採取することによって星の狩り人は収入を得るのだ。
 狩り人は収入が安定する職業ではなく博打な様なものなのだが、一攫千金とも言える狩り人に夢見る人たちは絶えず、数多くの狩り人が存在する。
 だがそのほとんどが体力・能力勝負の仕事のため男性だ。
 収入を得るには基本的に星硝子を売ったり、星硝子細工師とパートナーになる場合もある。狩り人が採取し、細工師が採取した星硝子を加工する。加工された星硝子は素のものより高く、技術や質が良い物ほど高価な代物となる。だからパートナーを組む者も少なくはないのだ。

 ティアラの両親もパートナー同士であった。
 母が細工師で父が狩り人。パートナー同士が縁を結ぶことは珍しいものでなく、共に仕事をしていくうちに深い関係を持ち結婚する者もいる。母と父もその一人と言えた。

 そして今日、ティアラはそんな一生涯のパートナーと言っていい人生を共に歩む相手、大事な狩り人のパートナーを探しに来たのだ。


 いくらか言われた通りの道を歩んでいくと、大きな建物が現れた。露骨に木が飛び出している部分もあるが塗装されていて、案外しっかりした建物だ。

「ここが、星の狩り人たちが集まるギルド……」
 緊張で言葉尻が震えそうになるのを押さえつばを飲み込む。
 ギルドは狩り人達が集まって情報交換したり依頼の受け渡しをする役目を果たす。多くの狩り人達が集うギルドをティアラはパートナー発見場所に選んだのだ。
 しかしいざとなると大きな建物の迫力やパートナーは見つかるのかいう不安、緊張に押されてしまう。
 建物の中に入らなければ何も始まらないと自分を勇気づけ、ティアラはその重い扉を両腕で一気に押し開いた。

 そこは外の世界とは違った異空間に見えた。
 照明は薄暗い中ランプが照らされていて、笑い声や人で満ちている。談笑や飲食をしているものも多く、入ってきたティアラに気づかないようだった。
 邪魔にならないように壁際によりながら辺りを見渡してみると、視界先には屈強そうな男、男、男……男しかいない。

(なんか、みんな強そう……たくましいし……あれだ、ボスキャラみたいなんだ)
 男臭がただよう空間にティアラは顔をひきつらせた。
 がたいのいい男達ばかりがそろっていて、まだ16になったばかりのティアラにはとてつもなく大きく感じられる。
 自分から話しかける勇気もなく、ついつい逃げ腰になってしまい、どうしようかと周りの様子を窺っていると、
「おい、そこのチビ、迷子か?」
 いきなりのぶとい声が頭上からかけられた。

 びくりと肩を揺らして顔を上げると、そこには筋肉質でオールバックの男が立っている。
「い、いえ……その、えっと、パートナーを探しに来たんです」
 なんとかしっかした口調で話すように心がける。
 男はしばらく瞬きを繰り返すと、耳を疑う風にもう一度聞き返してきた。
「お前、パートナーを探しに来たっていったか、自分の?」
「ええ、そうです」

 その瞬間、男が大きな声で腹を抱えて笑いだした。
「はっははははは! そうかそうかチビ。パートナーを……くっはははは!」
 何でそんなに笑っているのかわからずただ茫然と立ち尽くす。
 その笑い声に気づいた他の男達もわらわらと集まってきた。

「なんだ、なんだ?」
「どうしたんだオリバー」
 オリバーと呼ばれた笑い続ける男は、半分涙目でひーひー言いながら答える。
「こいつ……このちびっ子こ……『パートナーを探しに来た』んだとさ」
「……——わはははははっ!!」
 それを聞いた途端、周りの男たちも笑いだす。こりゃたまらんとばかりの笑い声の大合唱に耳が痛くなるほどだ。

 一体何がなんなのだろうか。
 何か自分が可笑しなことでも言ったのかとティアラは不愉快に顔をしかめた。

「わたし、なにか可笑しなことでも言いましたか?」
 すこしむくれた様子で聞く。男たちに対する怖さはどこかへ吹っ飛び強気な口調になっていた。
「そりゃあ嬢ちゃん、こんな小さな女の子が星の狩り人のパートナーを探しに来たと言って、笑わない奴が何処にいるんだい」

 ますます訳が分からない。

 ティアラは鞄から身分証明書を取り出すと前に突き出した。
「私は16歳。この国ではもう立派な大人ですから子供じゃありません。そりゃあ、ちょっとは童顔かもしれないけど……と、とにかく私がパートナーを探しに来ても可笑しくない年齢と思うのですが」
 真剣な顔で言い返すと、最初に笑い出したオリバーがちっちっちと指を振った。
「星の狩り人は嬢ちゃんにはまだ早い。子供のお遊びに付き合ってやれるよーな暇人は残念だがここにはいないんだよ」
「なっ、遊びなんかじゃありません! お金だってあるし、職人としての腕もそこそこ……!」
「帰んな、嬢ちゃん。もう少し大人になったらまた来なよ」

 言葉を遮られ、無理やりギルドから追い出されてしまう。閉まってしまったドアを見つめ悔しげに手を握りしめた。
 じんじんと音を立て湧き上がるような怒りが生まれる。
(子供みたいだから駄目なのっ? そんな理不尽よ、横暴よ! 細工師の腕を確かめもしないで……)

 怒りと自分を全否定されたような悲しさでその場から動けず、母が亡くなる直前に貰った星硝子の指輪を取り出して見つめた。

 母がこの世を他界してから一か月弱。父は幼い頃に星硝子採取中に行方不明になり、母と子二人で生活を営んできた。
 だが母が父以外にパートナーを選ぶことはなかった。それほど父を愛し、想っていたのだ。
 そんな二人の関係にずっとティアラは憧れていた。
 いつかきっと、自分の前にもそんな人が現れてくれるはずだ、と。
 そして今日、その相手に巡り合えると思っていたのに、探す前から追い出されてしまった。
 きっと彼らは十代の細工師は技術も低く、しかも女であることからなめきってるのだろう。あの場で自分の星硝子細工を一つでも見せていれば結果は変わっていたかもしれない。

 見た目で判断され、話も聞いてもらえなかった現状に、抑えきれない悲しみが涙となってこぼれた。
(もしかして、わたしにはいないのかな。運命の相手なんて……)

 指輪をそっと鞄に戻し、あきらめよて来た道を帰ろうとすると、突然後ろから羽交い絞めにされ路地裏へ引きずり込まれた。
(なにっ? もしかして、強盗!?)
 シンバットは活気溢れているが、逆に危ない地域でもある。
 高価な品物を扱う店も多々あるため高位の者の出入りも多く、金目当てに群がる強盗や泥棒も大勢いた。

 ティアラもなるべく人目のあるところを意識して通り、警戒していたのだが、不安定な心情にいつの間にか周りへの意識がおざなりになっていたようだ。
「はなっしな、さいよ……っ! 」
 ジタバタとしっちゃかめっちゃかに足を振る。しかし強引にそれも押さえつけられ、後ろで手をつかむ相手に対して腹に肘を思いっきり入れた。

「おい、暴れるな……——ぐふっ」

Re: 銀の星硝子細工師 ( No.3 )
日時: 2014/01/11 23:22
名前: 妖狐 (ID: fqLv/Uya)

声を上げて後ろの相手は倒れこんだ。しかし新たな仲間が次は鞄だけを狙って突進してくる。
「いや、こないで! 駄目だったら近づかないで……!」
 力づくで鞄を奪い取られそうになるのを必死で抑えるが、力に不利がありあっけなく鞄はとられた。
 その中には母からもらった形見ともいえる大切な指輪が入っているのを思い出しティアラは叫ぶ。しかしそのまま盗賊は振り返らずに裏道へと逃げる。
 ドレスの裾をまくしたて後を追おうとした時、とんっと肩が押された。

「大丈夫、俺が取ってきてやるよ」

 声がしたと同時に、マントをかぶったまだ小柄な青年がすばやく駆けだした。あっという間に追いついたかと思うと蹴りを背中からくらわせ、倒れた相手の首元にすかさずナイフをあてる。

「さあ、返してもらおうか」
 低い声で青年はナイフを押し当てる。つーっと一筋の鮮血が流れた。
「ひ、ひいいいいっ! わ、分かった分かった、返すから殺さないでくれえ!」
 立場が逆転して盗賊は必死に懇願した。鞄を差し出してガタガタと震えている。

「だって、どうする?」
 青年はナイフをあてたまま追いかけてきたティアラに聞く。ティアラは切れる息で首を振った。
「殺しちゃ、だめ……」
 そのまま青年が喉をかき切ってしまいそうで怖かった。
「なんだ、つまんねえな。まあいいか、ほら」
 鞄を強盗から取り上げて青年はティアラに渡す。
 首からナイフが外された盗賊は転がるようにひいひい言いながら逃げて行った。
 もしあそこで自分がうなづいていたら、彼はナイフで強盗を気づつけていたのだろうか。そんな未来を考えるだけで身震いした。
 恐ろしい結末が浮かび上がりナイフをしまう青年をティアラは凝視する。
 鞄を取り返してくれた恩人だが同時に、歳が違うのに考えることが全く違って少し青年に恐怖を覚えた。

 そのまま青年はティアラをちらりと見て去ってしまいそうになる。慌てて礼を言おうとすると、ふと、ティアラはあることに気づいた。
「それって……狩り人のナイフ?」
 星の狩り人だけが持つ独特な形をしたナイフ。壊れやすい星硝子を傷つけないように刃が薄く、少しそっているのが特徴的だ。
「ああ、いつも持ち歩いているからな……ってお前、知ってるのか?」
 訝しげな顔つきで青年はティアラを見る。確かに一般的には専門的な道具なので知らない方が多いだろう。
「わたしは星硝子細工師を目指してる身なの。さっきギルドに行ってパートナーを探そうとしたんだけど探す前に追い出されちゃって……あっそうだ!」
 ティアラは何かいい事をひらめいたように瞳を煌めかせた。

「あなた、わたしのパートナーにならない!?」
 見たところ彼の運動能力は言うところなしのようだし、星の狩り人であるナイフも持っている。少し怖い面もあるが今はそんな事吹っ飛んでいた。
 いきなり会ったばかりの他人を大事なパートナーに選ぶのをどうかと思うが、ティアラは自分の人を見る目を信じて疑わず、この人だ、となぜか思えた。

「あ、もしかしてまだ子供だからってなめてる?」

 先ほどからぴくりとも動かない青年に先ほど男たちに言われた言葉を思い出した。
 その誤解を解くためティアラは首に下げていたネックレスをはずして青年に見せた。

「これ、わたしが作った星硝子のネックレスなの。まだちょっと上手くできてない部分もあると思うけど、それなりにいい出来だと思うわ」
 少し胸を張って見せつけると、青年が少しまたたきを繰り返して「へぇ……」と息を吐いた。
「もしかして新手のナンパ? お前、大人しそうな顔して結構過激だなあ」
 あざ笑うような言葉にティアラはギルドの時と同じように、まったく相手にされてないことに気づいた。
 再び怒りと悲しさが沸いてくる。
「どうして、ちゃんと相手にしてくれないの!? 私が子供みたいだから? 細工師としての腕が低そうだから? なんでよっ!」
 泣きわめくようにティアラは叫んだ。
 青年は静かな眼でティアラを見つめる。
 半分、ギルドの男達へ向けた言葉なので青年への八つ当たりだと分かっているのだが言葉は止まらない。
「そりゃあ、きっと会えるはずだとかお気楽に考えてたわたしもわたしだけど、あなた達だって問題があるわ! 話も聞いてくれないのならスタートラインにさえ立てないじゃないっ……」
 喉がひどく乾いて、その渇きに混乱していた意識がうっすらと落ち着いてきた。そして自分が言ってしまった八つ当たりの言葉に気づいた。
「……あ、ご、ごめんな」
「俺がはぐらかしたのは、いきなり初対面の奴にパートナーになってくれと頼む奴が軽い人間に見えたからだ。子供とか腕とか関係なく」
 言葉を遮るように口にした後「でも……」と言葉をつづける。
「思ってたよりも真剣だったんだな」
 誠実な声にティアラの瞳が揺らいだ。
 少しでも伝わった、その事実がじんわりと心の中を温めた。しかしその温もりはすぐに冷えてしまう。

「とは言っても……俺はお前のパートナーにはならない。っていうか誰のパートナーになる気もない。遊んで飲んで、たまに仕事を引き受ける。それが俺の生き方だからだ」
 真正面から青年はしっかりした声で言った。そこには揺らがない信念が見える。
 その後青年はふいに不敵に笑った。胸ポケットから一枚の紙を差し出す。

「パートナーにはならないがお前の採取依頼、一度だけなら受けてやってもいいぜ。お前、技術はそこそこあるようだし、なんかおもしろい」
〝おもしろい〝 その言葉はいい意味と受け取っていいのだろうか。
 ティアラは名刺とみられる紙を受け取ると、深く考えたこんだ。
 彼は先ほど誰のパートナーにもなる気はないと言っていた。だが依頼はいいと言う。もしかしてこれは彼が自分に興味を持ち、なんらかを試すようなテストなんじゃないだろうか?
 警戒心が強いようだからいきなりパートナーになるのでなく、少しずつ様子を見て行って……
「それってパートナーになる前のお試し期間みたいなもの?」
「……は?」
 何を言ってるのかわからないように青年は口を開けた。
 考えれば考えるほどポジティブ思考になるティアラの頭は生まれつきだ。ある意味自分の都合のいい事情とすり替えているともいえる。
 めんどくさそうに頭をかいたあと、地面をけって塀の上に飛び移った。

「まあ、てきとうに自己解釈してろ。お前の頭じゃ俺の野良生活は理解できないようだしな。これ以上説明しても時間の無駄だ。大抵はその名刺に載ってる店にいるから。じゃあな」
 そのまま細い堀を怖がりもせず真っ直ぐに走り去ってしまう。
 ティアラは一つ疑問に思っていたことを思い出し、青年の後ろ姿に向かって叫んだ。
「そういえばあなたの名前ってなにっ!?」
「キースだ」
 一言帰ってきたかと思うと青年は消えていた。
「……キース」
 一人ぼっちとなった裏道で繰り返しつぶやいた。そしてゆっくりと頬をあげる。
「これからが、勝負よね!」
 後ろ姿を目で追いながら、ティアラはガッツポーズをした。