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Re: 銀の星細工師【更新12/4】 ( No.200 )
日時: 2014/12/15 21:19
名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)

『親愛なる弟、ヒューへ。
 寒くなってきたけれどあなたは風邪をひいていないかしら? 今回もとびっきりの愛を込めて手紙を書くわね。一年に数度しか会えないけれど、あたしが愛しい弟を忘れたことなんて一度もないんだから。今、こっちの王都ではお父様たちが忙しく働いているわ。もうすぐ年末だし、他家の貴族へのあいさつやら国の行事やらで忙しいみたい。そのお陰で私は自由に遊び回っているわ。あなたもあまり学園にこもっていないで、たまには家に帰ってきてね。お姉ちゃん寂しいわ。それじゃあまたね。
 美しい姉より』

 今朝届いたばかりの手紙をヒューは微笑んで見つめた。明るくてでおしゃれ好きな姉の姿が脳内に浮かんでくる。事あるごとに手紙を寄こしてくれる姉は、遠くで別々に暮らしていてもすぐ隣にいるような感覚だった。
(年末には家に帰らなきゃな。他家の挨拶には同行したいし……)
 ヒューは眉を潜めて部屋に飾ってあるカレンダーを見た。
 後継ぎであるヒューにはまだまだやらなければいけないことがたくさんある。その一つが社交界への根回しだ。時期当主になるからには、今から社交界に顔を出して貴族たちに自分を知ってもらわなければならない。
 ひとつ小さなため息をついて手紙を封筒へ戻そうとしたとき、封筒から何かが零れ落ちた。拾い上げるとそこには整った笑みを浮かべる女性が写っている。見覚えのない写真の中の人物に不安がこみあげてきた。
「まさか……!」
 慌てて写真を裏返すとそこには姉の短い文章が添えられていた。
『あなたの15人目の婚約者です。お母様に同封してって頼まれたから入れておくわ。そろそろ結婚を決めないと親がうるさいわよ? 選り好みしないでさっさと決めなさい』
 つい表情が固まった。何度言ったら家族は自分がまだ結婚する気がないと分かるのだろうか。今まで散々婚約を断ってきたが母親はしつこく次の婚約を迫ってくる。
「僕は自分で婚約者を見つけたいのに……」
 呟くと、それじゃあいつまでたっても孫の顔が見れない、という母親の声が返ってきそうだった。
 けれど自分にだって譲れないものがある。なるべく両親の言うことには従ってきたが、生涯の伴侶だけは自分の意思を貫き通すつもりだ。
 そのとき、ふとある少女の笑顔が目の前で弾けた。隣にいるだけで不思議と幸せが生まれる彼女の存在。彼女が自分の名前を呼ぶだけで心が浮かび上がる気がする。
 少女との出会いは唐突だった。後継ぎとして父親の代役で王国パーティーに参加したとき、入り口の庭影で彼女が困り果てたように立っていた。手を引いて明かりのある場所へ連れて行ったとき、銀の髪がぱっと辺りを照らして心を掴まれるような疼きが走った。今でも出会った時の強烈な印象は頭を離れないほどだ。王国パーティーが終わって彼女と別れてしまったことをあの時はとても後悔した。可愛らしい響きの名前しか知らない自分は、もう一度彼女に会えると思えなかったのだ。けれど彼女はやってきた。それもまた唐突な再会。
「出会った時からなのかな」
 婚約者を強く意識し始めたのは。最初は同じ趣味を共通出来る子がいいと思った。だからスターグラァース学園に来て星細工が趣味の子を探した。しかし、もしかしたら自分は無意識のうちにもう婚約者を定めていたのかもしれない。
 気づくと写真が手からすり抜けるように落ちていた。けれどもう拾わない。
「婚約者は自分で見つける」
 再び、今度は力強く言うと、まだ夜が明けない世界へと靴を履いて歩き出した。

             *

「僕の婚約者になってほしい」
 自分の大切な少女——ティアラを見つめる。
 ティアラは驚いたように目を見開き、白い息を零す。
 今朝の手紙と一緒にあった写真のせいだろうか。もっと時間をかけてから告げようと思っていたが、衝動的に言葉が考えるより早く口から出た。
「君が今、一瞬だけ遠くに行ってしまうように感じたんだ。何か思いつめてる顔で。そんな君を見て僕は抑えきれなかったんだよ。君には笑ってほしいから」
 優しく微笑むヒューにティアラは息を深く吸った。空気はとても冷たいのに、手が握りしめられていて温かい。マフラーからもヒューの香りがした。
「僕なら君を絶対に幸せにできる」
 甘くて強い宣言だった。好きだと言われるより心が痺れる。
「……きっと、ヒューの傍に居れたら、どんな女の子だって世界で一番の幸せなお姫様になれると思う」
 誰もが見とれて憧れる王子様。ティアラもそんなヒューに憧れる大勢の内の一人だった。今、彼がくれている温かさのように、幸せも溢れるぐらい降り注ぐのだろう。
 そして今、ヒューに見つめられている自分はとても幸せだ。
「ありがとう、ヒュー。そう言ってくれて嬉しい」
「それなら……」
「でもね」
 ティアラは思わず視線をずらした。彼の傍なら安心できて幸せなはずなのに、まぶたの裏側には違う人物がちらつく。決して手に入らず、闇のように掴んでも消えてしまう人。
「私にはずっと追いかけている人がいるの」
 ヒューの瞳が切なげに揺らいだ。
「その人はね、追いかけてもすぐ逃げちゃうの。それにとびきりの意地悪で。でも、私は追いかけるのを止めたくないんだ」
 ティアラの言葉は風を切るようにヒューの胸へと響いた。朝日がティアラの銀髪に反射して、飴色に染まった髪が宙に舞う。
「僕の気持ちが叶う可能性はもうない?」
「っ……、それは」
 戸惑うティアラにヒューは優しく笑った。そっと掴んでいた手を放す。
「ごめん、困らせて。でも君が迷ってることに、少し期待してもいいかな」
「え?」
 ティアラは首をかしげた。ヒューが朝日を仰いで眩しそうに目を細める。
「僕にも君を追いかけさせて」
 離したくない、と思った。誰かを想っている君でさえも愛しい。
「どこに行ったって追いかけるから」
 ヒューは笑みを零すと、ティアラの頬をほろりと涙が伝った。驚いて息をのむヒューにティアラも慌てて涙をぬぐう。ティアラは心の中で涙が引っ込むよう必死に念じた。
(なんでいきなり……!)
 気持ちが不安定なのは自分でもわかっていたが制御することができなかった。それはきっと彼の言葉を聞いたせいだ。
(私を『どこに行ったって追いかける』って言ってくれた。どうしよう、すごく嬉しい)
 こんなにも自分を想ってくれている人がいる。そして自分も大切にしたいと思う人がこの学園にはたくさんいる。それを再確認して、どうしようもなく離れるのが寂しくなった。やっぱりここにいたい。
 流れる涙にティアラは狼狽しながら言い訳を探した。
「……わ、私急にどうしちゃったんだろう? たぶん埃が眼に入ったんじゃ……」
「そのままでいいよ」
 ティアラの弁解を遮るようにヒューはゆっくり後ろを向いた。
「ティアラは辛いとき辛いって言えばいい。泣きたいときは泣けばいい。こういうときに我慢するのが君の悪い癖」
 ほら、誰も見てないから。そう言って背を向けるヒューにティアラは思わずしがみついた。背中に頭を押し付けながら嗚咽が溢れだす。
 ここに居たい。他に行きたいところなんてない。彼らの傍に居たい。
 けど、国家試験を受けなきゃ私は本当の細工師にはなれない。だからここから旅立たなきゃいけない。
 一致することのない正反対の想いがごちゃごちゃに混ざって涙が止まらない。けれどヒューの鼓動がそれを鎮めるように背中越しから伝わってきて心地よかった。