コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新12/15】 ( No.201 )
- 日時: 2014/12/21 14:19
- 名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)
すっかり日が昇って朝を迎える。ヒューの背を借りて思いっきり泣いたティアラは、眼をこすりながらそっと掴んでいた裾を離した。
「ヒューありがとう。とてもすっきりした」
「なら良かった。僕ならいつでも貸すからさ。遠慮しないで飛び込んでおいで」
ヒューは微笑みながらティアラの泣き跡をそっと撫でた。その手つきは今までの安心できる感覚とは違って、何かを愛しむようにどこか色っぽい。
ティアラは弾かれたように眼を瞬いた。胸が密かに鼓動を早まらせていく。
「な、なんだかいつもと違くない?」
「んー、そうかな?」
穏やかに首をかしげて面白そうに口角を上げる。その眼はあきらかにティアラの反応を楽しんでいるようだった。めずらしい無邪気な表情にティアラは内心驚いた。
「ヒュー、なんだか楽しそうだね」
「そうだね。ティアラが僕を意識してくれるようになって嬉しいよ。今までと違って見えるのは、ティアラが意識し始めたって証拠でしょ」
再び温度が上がっていく。否定することはできなかった。
小悪魔な性格を覗かせ始めたヒューはとても魅力的だ。けれど彼の優しさは変わることなく心を包み込んでくれていた。少しの間、移り変わった明るい空を見てヒューは振り向いた。
「ティアラ、今日は学校に行けそう?」
心配そうな顔が覗き込む。まだティアラの顔には泣き跡が残っているからだろう。先ほどの会話は空気を和ませるためのものだと分かった。
「もちろん大丈夫だよ。それにね、私決めたことがあるの」
決意の表情でティアラはヒューを見つめた。指先が微かに震える。
眠れないほど悩んで、ありったけの涙を流した後に一つの答えを見つけた。
「迷いや不安は捨てきれないけど、今日は見つけた答えを確かめに行こうと思う」
指先を強く握りしめる。笑顔を浮かべるティアラをヒューは静かに見つめ、ティアラの頭に手を置いて撫でるように動かした。今度は色っぽくなく、安心できる手つきだ。触れるごとに変化していく手つきはティアラの心に寄り添っているようで不思議だった。指先の震えが治まっていく。
「君は考えて、考えて、考えたんだ。だからどんな答えを選んだって全部正解なんだよ。絶対に大丈夫」
「うん」
起床時間を告げる鐘が学園中に鳴り響いていた。
*
「ねえ、今日はみんなにお願いがあるんだけど、いいかな?」
授業が終わった放課後、ティアラはキースやアリア、ジャスパーたちを集めて話しを切り出した。ヒューが慎重な面持ちでこちらを見守ってくれている。
「どうしたのよ、いきなり」
不思議そうな顔で見てくるアリアにティアラは集合場所に定めていた工房を示すように手を広げた。
「今から、ここで共同作業で星細工を作りたいの。これだけの人数がいればすごいのが作れるよ」
「こりゃまた、急だな」
ブラッドが驚いた声を上げる。しかし驚かれるのも無理なかった。普通、共同作業の星細工を行うのなら事前の準備をしてから行う。作業をするには構成を組み立てる時間や、職人の意思の統一も必要なのだ。それを準備なしですっ飛ばして行うのは無茶があった。周りにも急な提案についていけないような雰囲気が漂う。
けれどティアラは腕を伸ばしてグッチョブサインを作った。
「平気だよ。だってここにいる皆はお互いを知ってる仲間同士だもの。急でもなんでもきっとできる!」
「どこから来るのよ、その自信は」
呆れた声をアリアがあげる。それでも表情は既に生き生きしていた。
「まあ、あなたが無理って言っても実行するタイプなのは知ってるけどね」
「そうそう。お姉さんってやっぱ藁頭だよね。常識が通用しないっていうか。ある意味無敵というか」
ジャスパーがうなづいて見せる。けなされているのか褒められているのか微妙な言葉だ。けれど周りのやる気が上がっていくのが見えた。
「でもどうして星細工なんていきなり作りたくなったのよ」
アリアが不思議そうに首をかしげていた。ティアラは言葉に詰まる。こんなことを提案したのは星硝子への想いを通して、答えを確かめるためだ。確認するには星硝子と仲間たち、二つがそろっていなければならない。
眼を泳がせて言葉を探していると、ヒューが声を上げた。
「このメンバーで共同作業をしてみたくなったんじゃないかな? ほら、僕たちって面識はあるけど、一緒に星細工をしたことはないわけだし」
アリアが納得するようにうなづいた。ティアラにとって、ジャスパーたちはスター獲得試験で共に星硝子を作ったが、そのころアリアとは敵同士だった。またヒューに至っては星五つのレベルを持つ凄腕の細工師のため、試験に参加しない。細工だって一人で行うのを多く見た。
「そ、そうなの! ここにいる皆で星細工をしたらどんな作品ができるのかなーって思って」
「確かにどんな芸術品が仕上がるのかしら」
助け舟に乗っかってティアラはぎこちなく笑った。アリアも疑いなく、すっかり乗り気だ。
「それじゃあ、早速始めようか」
ヒューが率先して作業服を身に着け始める。それに促されるようそれぞれ動き始めた。
(よかった……)
ティアラは安堵の息を吐いた。ヒューが忍び寄ってきて内緒話をするように小さな声で話しかける。
「これで答えの確認できそう?」
「うん。ありがとう協力してくれて」
二人で微笑みを交わす。そのとき、突然ヒューとティアラの間に腕が割り込んできた。
「おい、構成の全体的なイメージってどうすんだよ。題材を決めなきゃ作れねえだろ」
仏頂面のキースがティアラの腕をひいて自分の方へ引き寄せる。ティアラは驚いたように目を瞬いてキースを見つめ、すぐ弾かれたように声を上げた。
「そうだ! 題材を伝え忘れてた」
慌てて作業台へと集まるアリアたちの元へティアラは走っていく。ティアラがいなくなった後、キースは静かな目つきでヒューを見た。険しい雰囲気がたちこめる。
「あいつが好きなのか」
直球の言葉にヒューは驚きながら小さく笑った。キースは眉を訝しげに寄せる
「なんだよ」
「いや、そんなストレートに聞かれるとは思わなかったから。もっと、ティアラには近づくな、とか牽制されると思った」
「別に誰に近づこうが話そうが、あいつの自由だろ」
「でもさっきは邪魔したよね」
ヒューが効くとキースは気まずそうに目線をずらした。
「故意じゃない。体が勝手に動いたんだ」
「ふーん」
「お前のその眼、なんだか苛つくな」
キースは再び仏頂面になりながら身をひるがえした。そのまま作業台へと足を向ける。ヒューは去っていくキースに向かって口を開いた。
「今日、彼女に告白したんだ」
びくりとキースの肩が揺れた。慌てたように振り返る。ポーカーフェイスが崩れ去っていた。
「そ、それ本当か……?」
「うん。まあ結果的にはフラれちゃったけど、まだまだ追いかけるつもりだよ」
安堵と不安が混ざり合った複雑な表情をキースは浮かべる。ヒューは少しだけキースがじれったくなった。ティアラが追いかけている目の前の相手は、彼女の恋愛の行方には一喜一憂するが、自分の恋を進めようとはしないのだ。傍から見て両想いなのは分かるのにキースは身を引いている。
「ねえ、君は彼女が好きなの?」
苛つきで意地悪な質問を口にした。案の定、キースは複雑な表情を消して静かに目線をずらす。明言することを避けているようだ、
「俺は恋愛に興味がない」
「そんなこと聞いていないよ。ただ彼女が好きなのかどうかだ」
食いついてキースの答えを心から引きずり出そうとしたが、キースは無言で今度こそその場を去っていく。最後にぽつりと言葉を零した。
「あいつを守りたいとは思う」
微かに聞き取れる言葉は空気に溶けて行った。一人きりになったその場でヒューは小さくため息をつく。
「なんだそれ。守りたいなんて、十分ティアラが好きな証じゃないか」
不器用すぎる狩り人の青年が、少しだけ羨ましくて、でもやっぱり不憫に見えた。