コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 銀の星細工師【更新12/31】 ( No.204 )
日時: 2014/12/31 21:00
名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)

 月曜日が来た。フレッドとの期限最終日だ
 ティアラは制服を身に着けずに、私服の身軽なドレスを着ると大きな荷物を抱えて校門を目指していた。頭の後ろで制服に合わせるためつけていたリボンが風になびく。これだけは名残惜しくて外すことはできなかった。
「楽しかったな……」
 誰もいない道を歩きながらぽつりとつぶやく。真後ろにある校舎を見れば愛しさが湧く。
「今頃皆は授業中かな。私は風邪ってことになってるし」
 足を止めずに校門を一心に目指した。校門の外ではもう、フレッドたちが馬車を用意して待っているのだろう。
「……ごめんね」
 小さな言葉が口から転がり出た。
 自分が学園を旅立つと決心したことは、誰にも言わなかった。言ってしまったら必ず心が揺らぐ。決心が鈍る。身勝手と分かっているが、どうしても告げられなかった。
「嘘をついてごめんなさい」
 放課後にまた星細工しようと約束していた。それも破ってしまう。
 再会するのは早くても一年後だろう。王都で修業を積んで国家試験を受けるまでには、どうしても一年は掛かってしまう。
「次に会った時、皆なんて言うかな」
 勝手にいなくなって酷いと怒られるだろうか。もしかしたら忘れられているかもしれない。でも仕方ないのだ。自分は突然消えてしまうのだから。
「それはいやだ……」
 声が潤んだ。紐で固く結んでいた想いが、もう揺るがせないと決めいていた決意がじわじわとほどけていく。体の力が抜けて思わずその場に倒れそうになった。
(全部に決着をつけたはずなのに……)
 今更になっても未練を残す自分が嫌になった。やりたいこと、確かめたいことには決着をつけたのだ。
 皆と星硝子を作ったとき、やはり自分は細工が大好きなんだと実感した。そして何よりも最後の共同作業を胸に刻み込んだ。皆の笑顔と声を。遠い地でもすぐ思い出せるように。
 そうやって決着をつけてきた。なのに最後の一歩、という所でやはり感情が脳に訴えかける。
 そして何よりも、たった一つだけ終止符を打つことのできない感情が胸に大きく渦巻いていた。
「だめだ……」
 彼の事を思い出などにしたくない。彼から離れたくない。きっと彼から離れてしまったら、すぐさま会えなくなってしまう。闇に溶けるような黒い青年は捕まえられなくなる。
 こんなに大切で愛しいのだ。だから……。
「キースを諦められる訳ないでしょ!」
 ティアラは叫んだ。そのとき視界が黒く染まった。
「なら諦めなきゃいい」
 ぐっと身が引き寄せられ、驚きと共に涙がほろりと流れる。耳に心地よい低音の声がすぐ近くで囁いた。視界が暗くなったのは抱きしめられたせいのようだ。
 いつもいつも、彼は本当に傍へ来てほしい時に現れる。だから困ってしまうのだ。愛しいが止められなくなるから。
 ティアラはまくしたてるように別れの言葉を口にした。
「キース、ずっと私言っていなかったけど、王都へ行くの。学園からは退学する。……その、本当に今までありがとう。キースがいてくれて私は……」
 ぎゅっと強く引き寄せられた。息がつまるような気配と共に熱を帯びた声が耳に触れる。
「ずっと俺の傍に居ろ。この阿呆が。勝手にいなくなるな」
 ただただ熱く甘かった。
「……っ」
 心がはちきれそうだ。今すぐ抱きしめ返して、傍にいると言いたい。でも。
「私は行かなくちゃならない。もう決めたからここにはいられない。だから……」
 今度こそ別れを口にしようとしたとき、口を塞がれた。キースの唇が押し当てられている。ティアラは何が起こったのか分からず瞬きを繰り返した。熱がぼっと顔に灯る。
「な、なにを……!」
「うるさい」
 慌てて身を話すがキースは鬱陶しそうにティアラの身を引き寄せて再度、唇を重ねた。
 心臓が早鐘のように鳴り響いていた。膝が震えて体の力が抜けていく。倒れそうになったティアラをキースは支えるように腕へ力を込めた。
「王都に行くなら俺も行く」
 言葉に目を見張った。だがキースは当たり前だと言わんばかりに両頬をむっとつまんだ。
「だからお前はずっと俺の傍にいるんだ」
 高飛車な態度に言葉が詰まる。もう別れなんて告げられるはずがない。いつもと違って艶めかなキースに目を奪われた。
 そのとき、多くの足音が聞こえてきた。慌ただしく駆けるようにどんどん大きくなる。振り返ると数名の生徒たちが必死に走ってきていた。
「——っ!」
 ティアラは振り向き、目の前の光景を疑った。次の瞬間、鬼のような形相の一人の怒声が脳を貫く。
「馬鹿ティアラ‼ 一体どこへ行こうとしているのよ!」
 怒声に嗚咽が溢れた。
「なんでっ、授業は……」
 途切れ途切れに言葉を発する。息を切らしながらアリアは荒々しく答えた。
「そんなもんどうだっていいのよ! 今にもあんたが学園から出て行こうとしてるから、授業なんて投げ出してきたわ」
 見渡すとヒューやジャスパーたちもいた。伝えずにいた想いが次から次に溢れる。
「……なにも言わずに行こうとしてごめんなさい。私、実は細工の修業をするために王都へ行くの。多分また会えるのは一年以上後になると思う……」
「そんないきなり……!
「でも必ず帰ってくるから!」
 必死に伝えるとアリアに抱きしめられた。ミラも号泣しながら抱きついてくる。
「……必ずよ」
「ティアラさん、待ってますから!」
「……うん!」
 止めどなく涙が流れる。抱擁から解放されるとジャスパーたちが近づいてきた。
「お姉さんがいなくなるとつまんないだけど、どうしてくれるの」
 生意気だが必要とされているのを感じて嬉しくなる。ブラッドは男泣きをしながらラトに慰められていて、つい噴出しそうになった。
「見つけた答えってこれだったんだね」
 ヒューがそっと頬に触れてきた。いつもと同じく、その手つきは堪らなく優しい。
「正直、ティアラがここからいなくなるなんて思わなかった。でも……追いかけるって言ったから」
 ヒューは微笑しておでこにキスを落とした。周りのみんながあっと声をあげてキースの視線が刺すように冷たくなる。
「これぐらいは、許されるよね」
 いたずらをした子供の様にヒューはほほえんだ。そんなヒューから遠ざけるようにキースが腕を引く。腕を引かれた方向を見るとフレッドたちが校門で待っていた。遅いから様子を見に来たのだろう。
「行ってらっしゃい、ティアラ」
 アリアの言葉が背中を押した。ティアラは鼻をすすりあげて、仲間たちに笑顔を向ける。
「行ってきます」
 キースに手を引かれながら歩き出した。何度も振り返っては見送ってくれる仲間に手を振る。
 握られた掌が温かくて、もう涙は止まっていた。

 愛しさと未来が胸に降りそそぐ。