コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星硝子細工師 ( No.21 )
- 日時: 2013/11/14 00:07
- 名前: 妖狐 (ID: KnTYHrOf)
「ルンッルン、ルーンルン」
軽快な鼻歌と共にティアラは大地を蹴って元気よく進む。それを斜め後ろで呆れ半分、見つめながらキースもついていく。
「なあ……お前、疲れないのか……?」
かれこれ歩き続けて4時間は経つ。森に入ってから一度も足を止めていないのにティアラの体力の消費が見えず、キースは内心驚きつつあった。
「ぜんっぜん! わたし、昔は結構おてんばやってたから体力には自信があるの」
小さな頃は外を走り回って、毎日のように傷を作っては家に帰ってきた。体力のほかに足の速さなどにも自信がある。
スキップまで始めたティアラにキースは大きくため息をついた。
(もっと早くにくたばると思っていた俺が馬鹿だったか……)
目の前にいるのは突進することしか知らない阿呆鳥よろしくの少女だ。どうにも簡単にはいってくれそうにない。
連れて行ってもどうせ途中で疲れたなどと戯言を抜かしてあきらめるかと思っていたが、ティアラは疲れるどころかどんどん元気になっていくような気がした。
「森はやっぱり好きだな。空気は新鮮でおいしいし、花は綺麗だし、鳥もいっぱい飛んでる」
こんなに緑が豊かな場所に来るのは久しぶりだ。
ティアラは時々森ですれ違う小鳥やリスに驚いて駆け寄ってはきゃっきゃと騒いでいる。まるで遠足気分だ。
「それはよかったな」
「それに木の実だって取り放題だもの! こんな所で生活してたらすぐ太っちゃいそう」
「そうだな。太れ太れ」
休む間もなくしゃべり続けるティアラに気のない返事を返す。しかし彼女は気にせずしゃべり続けるので逆にこちらが疲れ始め、キースはいったん足を止めた。
「ちょっと休む」
そのまま道をはずれて迷わず草木の中へ突っ込んでいく。
「ええっ!? ちょっと、まって」
急に方向転換したキースにティアラも慌ててついていくと、草木の向こうには大きな湖がぽっかりと存在していた。
「わあっ!」
感嘆の声をあげるティアラを横目にキースは水を汲む。いつもよりにぎやかな旅路に、この先への疲れを覚えはじめた。
その日の夜は森を抜けた集落にある宿に泊まることにした。食事は簡単な野菜スープとパン、体を温めるホットワインを腹に入れ、そうそう寝床につく。もちろん二人の部屋は別々だ。
「うーん、今日はよく歩いたー」
伸びをしながらベットへともぐりこむと、すぐに眠気が襲ってくる。
簡素なベットなのでお世辞でも寝心地がいいとは言えないが、明日は野宿をするらしいのでベットのあるうちに体力をためておこう。
「明日も頑張るぞー!」
自分に喝を入れると、十秒足らずでティアラは夢の中へといざなわれていった。
今日も同じく森の中をひたすら進む。しかし昨日とは標高が違う分、緑が薄くなりはじめてきている。だんだんと動物たちも姿をけし、石や砂が目立ってきた。
「そろそろ森を抜けて岩場に出るぞ。岩場は落下する恐れがあるから気を引き締めろ」
キースの言葉に前を見据える。そこには大きな岩がならび、道をふさぐように積み重なっていた。
岩の大きさは自分の背丈と同じかそれ以上だ。
「……怖いか」
岩場を前にして言葉をなくしているティアラを見て、キースはニヤッと笑った。
「怖いなら別にここで帰ってもいいんだぞ。別にお前がいなくたって俺は……」
「行くわ」
言葉を遮るように宣言すると大きな岩に手をかける。ブーツのひもをしっかりと固く結び、バックを肩に背負いなおした。よいしょっというかけ声と共に腰を浮かせて登る。
「昔じゃなくて、今もかなりおてんばだろ……」
キースのつぶやきはティアラの耳に届かない。頭上でコツをつかみ始めたのか、登るペースが速くなるティアラを追うようにキースも岩に手をかけた。
「お前、そこらへんに生えている雑草みたいに、なかなか根強いな。殺しても死ななそうだ」
さすがに息が上がりつつあるが、登り切ってしまうティアラを見ながら口にする。
例えが失礼だが、これでもキースにとっては高評価だった。
「失礼ね……でも、キースは全然疲れてない。それに登るのもすごく早かったわ」
「当たり前だ。これが俺の専門業なんだからな。そこら辺の素人と一緒にしてもらっちゃ困る」
そこらにあった石の上にどすっと腰を下ろしながらキースはそっぽを向いたまま話す。
出発点の森を見るともうかなり小さく見え、崖のような場所を登ってきたのだと改めて思知らされた。
登るのに夢中で気づかなかったのが幸いだったが気づいたときは少なからず動きが鈍くなっていただろう。
崖下をのぞくティアラにキースは今になって不安がっていると思ったのか、ちらりとティアラの方へ向き直った。
「……だが、まあ、あれだ。お前はそこらの奴よりは根性があることだけは、認めてやるよ」
カタコトでそういって鞄から丸い物をティアラに投げる。赤く熟した、濃厚なりんごだ。ティアラが目を丸くして受け取るとキースは早口でまくしたてた。
「別に二つあって、余計な荷物だから処分してほしくて渡しただけだ。勘違いすんなよ!」
またそっぽを向くキースにティアラはつい笑ってしまった。あまりに美味しそうなりんごは決して「余計な荷物」などではないだろう。
キースと少しずつ距離が縮まっていくようで嬉しい。
「ありがとう。キースって優しいのね」
盗賊から鞄は取り戻してくれるし、りんごも分けてくれる。それに今までの旅路で本当にティアラがつかれ始めたときは立ち止まって「昼寝する」といいながら休ませてくれた。
ネアの言った通り根はいい人なのだ。ただ、ちょっと、いやかなり、口が悪いだけで……。
「……ありがとう」
心の底からささやくように小さく礼をもう一度言う。キースに伝えたえるつもりはなかったのだが聞こえたようで、ちょっと怒ったように抗議してきた。
「別に礼はいらない。それに俺は優しくなんてないからな。自己解釈は勝手だが理想を押し付けるな」
冷めたきつい口調だが、掌にあるりんごがキースの人柄を現している。
「天の邪鬼なのね」
自分の中で答えを出してりんごをいただくことにした。キースはティアラの言葉にまだ何か言いたそうにしているが、構わずりんごを口に運ぶ。
その時、足元で石の転がる音が響いた。その音が合図のように崖の岩場に亀裂が入る。亀裂はどんどん大きくなりぱかっと大きな溝を作った。
——崩れる。
そう思った時には足元がなくなって、ティアラは空中に放り出されていた。
「っ——きゃああああっ!」
体が後ろへと倒されていく。重力に押され、どうすることもできずにただ手を前に向かって伸ばす。走馬灯のように記憶が頭の中を駆けた。
だが、がしっとその手をつかむ者がいた。強い力で引き戻されると、しっかり腰をつかまれる。気づいた時にはキースの胸元に顔があった。
「キ、ース……?」
かすれる声で名前を呼ぶ。心臓が過ぎ去った恐怖で破裂しそうだ。
(し、死ぬかとおもった……)
腰が抜けてぺたんっとその場に座り込むと上から罵声が飛んできた。
「この馬鹿っ! あれほど気を引き締めろって言ったのに落下しそうになりやがって! もう少し危機感を持って行動しろっ。そもそもな、岩を登るときだって注意する点がいっぱいあるんだ……」
大声で怒鳴りつけられて耳が痛い。しかしなぜか涙が薄く浮かんできた。
「…………大丈夫か……?」
涙目のティアラを見てキースも怒るのを止める。安全な場所まで非難すると、そっと掴んでいた腕を離した。
驚きと恐怖、それから安心感によって心とは別に自然に涙が零れ落ちる。
「やっぱり…………キースは優しいよ」
開口一番に涙目ながら、ティアラはへへっと笑った。
「だって最初に、わたしががどんな危険な目にあっても助けないって言ってたのに助けてくれた。理想とか想像とかじゃなくて、本当にキースは優しいんだよ」
言葉を曲げず、断固として伝える。それに少し呆れながら
「言ってろ、能天気」
と、キースは軽くあしらった。しかし瞳は優しげな色を宿していた。
「もう少しだ」
そんな声が前から聞こえる。最初は自分が先頭に乗り出して歩いていたが、いつの間にか標高が上がるにつれてキースが道しるべを作るように前を歩いていくようになった。
(やっぱりお荷物なのかな……)
今更のことに気づき始めたティアラは、キースの声を聴きながらうつむき気味に頂上へのラストスパートを登る。
そのとき不意に耳が引っ張られた。
「もう少しだって言ってんだから、少しはしゃげ鳥頭」
低い声が耳元でささやく。
単純だとでも言いたいのだろうか。
しかし本当に単純なティアラはその言葉に自信を取り戻し、顔を上げた。
(きっとお荷物なんかじゃないはず! それに、お荷物になんてならないわ)
元気になってペースを上げていくと、遠くでなにか光るものを見つけた。まばゆくてつい、目を細めてしまうような光の強さだ。
それは近づくにつれて強くなり、同時になぜか心が強く惹きつけられた。
「あれが『星硝子の木』だ」
それは言葉を失うような光景だった。