コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星硝子細工師 ( No.26 )
- 日時: 2013/11/23 23:34
- 名前: 妖狐 (ID: Fm9yu0yh)
「わあっ……——!」
感動と共に感嘆の声が漏れた。
目の前に広がる星硝子の木の大群は、山の頂上で気高く咲き誇っているのだ。
「わたし、はじめてみたわ……。こんなに綺麗なのね、星硝子の木って……」
小さい頃、図鑑で見たことはあるが本物は輝きが違う。図鑑でも素敵だと思ったものが今は目の前にあり、たくさん言葉が頭の中で出てくるのに結局言葉にならなかった。
「まあ、確かに星硝子の木は綺麗だな。俺も今まで幾度となく見てきてはいるが、そのたびに惹きつけられる」
「うん……まるでクリスマスツリーのイルミネーションみたい」
近づいて下から木を眺めるとかなりの高さがあることに気づいた。上を見上げるとてっぺんが霞んで見えず首が痛い。
さて、これからが本番だ。
星硝子を採取しようかと腕まくりを始めるとキースがそれを止めた。
「まさかと思うがお前もやる気か……?」
「ええ、もちろん。そのためにここへ来たんだから。えっと、何か間違ってる……?」
しかめ面になったキースに訳が分からず、ティアラは首をかしげる。
キースはぺしっと軽くティアラのおでこを押すように叩いた。
「俺が行ってくるからお前はここで待機してろ。じゃなきゃここまで俺が来た意味ないだろう……報酬をもらうのに仕事をなまけるつもりはない」
そう言い置くと、持っていたバックからかなり大きめな袋を肩にかけ、狩り人用のナイフを片手に木を登り始めた。
するすると器用に登っていき、かなりの高さまで進んでいく。
「え、でもここまで来たのだから私だって……ていうか、わざわざ上に登らなくても下にいっぱいあるじゃない。ほら」
ティアラは手の届く高さに実る星硝子を手に取って見せようとしたが、触れた瞬間星硝子の実が砕けた。
「……えっ」
粉々になって風に流されていく星硝子の実だったものを呆然と見つめる。地面へと吸い込まれていくキラキラした銀の粉を目で追う。
言葉もなくティアラは上げたままだった手をそっと降ろした。その手は微かに震えている。
押し黙っているティアラに向かって上から声が降ってきた。
「馬鹿野郎、触るな。それは人肌に触れたら壊れちまう。手袋をつけて採取しなきゃな駄目なんだよ」
「人肌に触れたら壊れちゃう……? じゃあ、もう元に戻らないの……」
「当たり前だ。それに地面より、より高い位置に星硝子の実はおおぶりな実をつける習性がある。だから高いところへ取りに行くんだ。狩りに関して素人なお前は手を出すな」
もう一度下で大人しく待つように念を押され、星硝子の木から数歩離れる。星硝子の実が砕けたときの感覚が手に残っていてじんじんした。
(わたし……壊しちゃった。どうしよう……っ)
星硝子は貴重なものだ。いくらこの場にたくさんあるからと言え、昔から親が細工師で星硝子一つ一つの大切さを教えられてきたティアラには強烈な罪悪感が生まれた。
自分はもう星硝子に近づかない方がいいと思い、その場から離れる。何十メートルか離れると星硝子を採取するキースの姿が見て取れた。
すばしっこく動き回っては革の手袋を付けた手で星硝子をつかみ無言で品定めをする。実が小さかったり固すぎたりやらかすぎたりすると、いい星硝子は出てこないので慎重に時間を費やしながらベストなものを探して木を登り進めた。
それから半時がながれた頃、キースは大きく膨らんだ袋を抱えて木を下りてきた。袋の中をのぞくと大きな星硝子の実がごろごろと入っている。
「ありがとう、キース」
まだ重い気を変えるように走り寄って礼を言うが、キースは無表情で首を横に振った。
「まだだ。まだ終わっていない。
——本当に難しいのはここからだ」
緊張の糸がぴんと引っ張られる。ティアラは無言の圧力を発するキースにつばを飲み込んだ。
(あのキースが緊張してる……)
傲慢で余裕そうな彼が険しい顔つきをしているのが信じられなかった。
「いいか、今から俺がいいと言うまで話しかけるな」
そう言うなり狩り人用のナイフ、布、とんかちを地面に並べる。
星硝子の実を一つ取り出すと、石の上に置いてトンカチで思いっきり叩いた。
「えっ——そんなことしたら壊れちゃうっ!!」
先ほど触れようとしただけで粉々になった星硝子だ。それに星硝子の本質はガラス。トンカチで叩いたりしたら割れたしまうだろう。粉々になった星硝子を思い出してティアラは叫んだ。
しかしそんな心配をよそに、星硝子の実はぱっかりと二つに割れ、中央の丸い部分だけ割れずに残った。
「静かにしてろって言っただろう。気が散る」
するどい声で怒られるがティアラは疑問が頭を埋め尽くして星硝子の実の事を聞かずにはいられなかった。
「なぜ砕けないの? 星硝子ってとても脆いものではないの?」
身を乗り出すティアラにキースはため息をつく。ナイフを手に持ち替えながら口を開いた。
「あくまで目の前にあるのは『実』だ。さっきはお前が素で触ったから壊れたがもとは固いものなんだ。それを割って削って中に限られた量しか入っていない星硝子を取り出す。まあ、取り出すのはそう簡単じゃないんだが……」
二つに割れた実の中から出てきた透明の硝子をナイフで削っていく。するとさらに輝きのました硝子が出てきた。
次に削るのをやめて布で磨いていく。その作業を続けていくうちに最初よりも輝きを放った星硝子が出てきていた。
大きさは二分の一ほどになってしまったがこれが本当の『星硝子』なのだろう。
(すごい……)
それを何個も繰り返し行っていく。器用なナイフの削り具合と念入りな布の磨きを見ていると、自分には到底できない職人技だと思えた。
「なぜそんなに少しずつ削るの? 始めからもっと深く削ればいいのに」
削っては磨いて、また削る。同じ動作の繰り返しに手っ取り場合手を思いつくと、目の前で「ああっ」と落胆の声が上がった。
「だから話しかけるなって言ったろ! 星硝子は風や音にも敏感なんだ。お前の声の波長と息遣いがかかって崩れた」
手の上でまた粉々になった星硝子を見せつけるようにティアラの方に押しやる。
「一気に削らないのは強化しているからだ。こんなにもろい星硝子だが磨けば鋼のように強くなる。だから作業工程でも磨いてそれを芯に伝えているんだ。削り終わった後の星硝子はちょっとやそっとのことじゃ壊れない」
気を抜いたら簡単に星硝子は壊れてしまう。だからあんなに緊張した顔をしていたのか。
「ごめんなさい。わたし二つも星硝子を壊してしまったわ……」
今度は後ろを向きながら声が星硝子に向かないように話す。キースがティアラの軽くごついた。
「何言ってんだ、素人が星硝子を一つも壊さずに持って帰れるなんてありえねえんだよ」
口は悪いが「別に気にする必要はない」と解釈することが今のティアラにはできる。
なんだかそういってくれているような気がするのだ。キースが聞いたら「おめでたい頭でよかったな」とか言われそうだが。
少しだけ心が軽くなり、キースの方を見き直って大きな声で「うん、ありがとう!」とうなづいた。
その衝撃で星硝子の実が砕け、次は本気で殴られたのは言うまでもない。
- Re: 銀の星硝子細工師【4話更新11/23】 ( No.27 )
- 日時: 2013/11/23 23:36
- 名前: 妖狐 (ID: Fm9yu0yh)
「いたたっ……まだたんこぶの部分が痛い……。ちょっと嫁入り前の娘になんてことしてくれるのよ。これでお嫁に行けなくなったらキースのせいなんだから」
「いや、それは違うな。その時はきっとお前の馬鹿さ加減が原因だ」
下山中この喧嘩のような言い争いを何度繰り返したことだろう。ふとティアラは足を止めた。
「星硝子、確かに受け取ったわ。ありがとうキース。依頼完了よ」
「なんだいきなり……気色悪い」
不信な顔をするキースに向かって深々とお辞儀をする。もうすぐ森の出口ということに気づき、お礼を言っておかなければと思ったのだ。
今回の旅でたくさんのことが学べた。
星硝子の木は美しいがとても高く、そこまでにたどり着くのが大変なこと。
星硝子を採取するのは極めて難しく技術を要すること。
そしてキースが本当は……優しいということ。
「キース、何度も言っているけれど……わたしのパートナーになってほしいの!」
ティアラは真っ直ぐにキースを見つめる。その真剣な瞳にキースも黙り込んで見つめ返す。
「あなたと旅をしてすごく楽しかった。そりゃあ危険な目にはたくさんあったけど、それより素敵なことがあふれてて。またあなたと旅をしたいの! 依頼という形じゃなくてパートナーとしてわたしの傍にいてほしいっ……!」
まるで愛の告白のようだがティアラはパートナーになってほしい思いで一杯だった。
キースは何も言わずティアラの言葉を聞いていたが、やがて眼をそらすとそっと後ろへ下がった。
「悪いが俺は誰のパートナーになる気もない。依頼も最初に言った通り一度限り、これで終わりだ」
そのままティアラが帰る道とは逆方向に駆けだす。止める間もなくキースは赤く染まった空の中へと消えて行った。太陽が沈みかけて辺りは暗くなっていく。
しかしティアラはその場を動けず、ただ静かにその場にしゃがみ込んだ。
「フラれたー、フラれたよお母さん……」
家に戻って数日。久しぶりのふかふかベットで寝て、好きな料理もたらふく食べて元気回復! のはずなのに気持ちは鬱々としていた。
「キースじゃないパートナーなんてもう見つけられる気がしないよ……」
めずらしくティアラは弱音を写真に向かって吐く。しかし写真の中の母がしゃべってくれる訳がなく、ベットに顔を伏せた。
その時、ベットから何かがコトリと音を立てて落ちる。それは母の形見の指輪だった。
「ああ、こんなところに落ちてたらなくなっちゃう」
急いで鞄の中へ詰め込む。しかしその手を途中で止めた。
(そういえば昔、お母さんが何か言っていたな……)
まだ幼い頃。細工師の腕も未熟で毎日練習を積み重ねていた日々。ある日、母がふいに行方不明になった父の話をし始めた。
「貴方のお父さんはね、おっちょこちょいで涙もろくて、でもとても優しい人だったの。彼は星硝子が大好きだった。だから狩り人になって星硝子を採取し続けたわ。彼の採った星硝子はどれも輝きが人一倍強くてかなり質がいいものばかりなのよ。きっと彼の愛が星硝子に伝わったんでしょうね」
母は懐かしそうな目でティアラに語りかける。父の記憶が薄く、あまり母からも話を聞かないので、その時の言葉は印象強く覚えていた。
「私がね、彼をパートナーにしたのは直感よ。この人しかいないって思った……不思議ね、世界にはもっとたくさん星の狩り人がいるのに、なぜか彼はほかの人と違う気がしたの」
「いい、ティアラ。もし、貴方が大人になって、そんな人がいつか見つかったら……
——絶対に手放しちゃだめよ」
「……そうだった」
ぽつりとつぶやく。とっくの昔に母は答えを教えてくれていたのだ。
「わたし……何やってんだろう…………フラれたってあきらめることしか選択肢がないわけじゃないのにっ」
鞄をつかみ急いで家の外に出ると、キースを探しに都へ出発した。
「ねえキース。あんた最近元気がないんじゃない?」
ネアはキースの顔を覗き込む。しかしそれを鬱陶しそうに払いのけると、またどこかを呆然と見つめだした。
(うーん……この症状が起こり始めたのはチェコ—タ山脈から帰ってきたあたりだから……ティアラちゃんと何かあったのか?)
ぽんっと手を打つ。ここまで物憂げなキースは稀で、ネアはティアラがキースの中でなにか引っかかるものになっているのを確信した。
(ったく、なんでこうもあいつのことを思い出すんだっ……もう、あいつとは関係なくなったんだ。あんな面倒さい奴が消えうせたんだからせいせいする! ……はずなのに…………あーちくょうっ!!)
だんっとテーブルを叩く。静かで平穏な日常に戻ったはずなのに何かが違う。
銀の髪の彼女がいきいきと走り回る姿がまぶたの裏に浮かぶ。
朝焼けみたいな明るい笑顔は、自分には眩しすぎる。自分はただ明るい道を歩いてきたまっとうな人間ではないのだ。そう、時には人にいえないこともしてきた。
だから彼女は自分の傍にいていはいけない。自分は誰のパートナーにもならないし、誰のぬくもりも受け取らない。
それが自分自身にあたえた〝罰〝だ。
むしゃくしゃする気持ちを抱えて、キースはコップに注がれていた酒を一気に飲み干した。
【一章 完】