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Re: 銀の星細工師【題名改名】 ( No.48 )
日時: 2014/01/21 21:38
名前: 妖狐 (ID: fqLv/Uya)

一階にある調理場は騒然としていた。
 座り込みながら今にも泣き出しそうな二人のメイドに、この世の終わりを告げられたような顔面蒼白のコック長、ただ立ち尽くすメイド、召使、料理人。
 なにか起きてはいけない出来事があったことはすぐさま分かった。
 だが口を開いてはいけないような緊張感だけがただよい、どうしたのか聞くにも聞けない。
 
 ふと、足元の何かがきらりと反射して日向は眼を細めた。
 ドレスを床へ着かないように折り曲げながらしゃがみ込むと、反射したものは割れた破片の硝子だった。だが拾って近づけると一般的な硝子よりも輝きが強く、きめ細かい目をしているのが分かった。
 手になじむような感触に眼を見開いた。
「……これは、星硝子!?」
 高級品である星硝子の破片が、なぜこんなところにあるのだろうか。
 少しでも情報を集めるために辺りを見渡すと、そこかしこに同じような星硝子の破片が飛び散っていた。
「なんで、こんなところに……?」
 奇妙な光景につぶやいたとき、騒ぎを嗅ぎつけたのかフレッドが調理場へ顔を出した。

「なんの騒ぎだ、これは」
 顔をしかめるフレッドの姿に、目撃者である数人の料理人たちが言いにくそうに口を開いた。
「親ぼくの儀で使用する、星硝子のワイングラスを誤って割ってしまいました。移動させる際にメイドが誤って落としてしまいまして……」
「予備のワイングラスはあるのか」
「いえ、全て……割ってしまいました」
 震える声で座り込んでいたメイドが言った。瞳にはこぼれんばかりに大粒の涙を浮かべている。
 今のやり取りを聞いていたティアラはなぜ星硝子の破片が落ちているのか理解できると、静かにフレッドを見つめた。これだけ大量に落ちているのなら割った数も相当だろう。そしてメイドの様子を見ると、これはかなりの緊急事態と言える。
「なんてことだ。……予備もないとなると、もう間に合わない」
 フレッドは額に手を当ててうつむいた。いつもへらへらしている彼には珍しく困惑した表情だ。
「そんなに大事なワイングラスだったんですか?」
 ティアラは近くにいた召使に聞いてみた。召使は一瞬、パーティーに参加しているはずのドレス姿の少女に驚いた顔をすると、神妙にうなづいた。
「はい。今回のワイングラスは親ぼくの儀という、王族同士で交わされる親ぼくを深める儀式専用のワイングラスでして、ずいぶん前から星硝子細工師の方たちが丁寧に作り上げたものです。しかし親ぼくの儀が行われるのは今夜の王国パーティーの最後。ワイングラスがないとなると重要な乾杯ができず親ぼくの儀も果たせません」
 細かく教えてくれた召使の説明に、かなり深刻な状態であることを認識した。

 親ぼくの儀が行われなくなると、例え形だけの儀式だとしてもパーティーに集まった貴族たちが不信がるだろう。「親ぼくの儀が行われないということは、王族の間でなにかよからぬことでもあったのだろうか」と。
 その小さな不信が大きくいってしまうと、国の崩壊の引き金になってしまう場合だってある。だから親ぼくの儀は大切な儀式なのだ。
 しかしだったら他のワイングラスでもいいんじゃないか、という訳にもいかないのだろう。
 その儀式のために作られたワイングラスという部分がもっとも大事なのだ。

(代わりの物がないなら、あとは今から作るとか……ううん、時間が足りなすぎる)

 一般的な星硝子細工は熱で溶かしたガラス細工を常温まで戻し、水あめのようにして形を作っていく。そして大体の形を作ったら一晩寝かせて、完全に固まった後に削りを入れる。
 この過程ですでに丸一日は必要だろう。加えて輝きを必要とするのにもう一日かかる。

「親ぼくの儀を中止にするしか、ない……」
 暗い声で終身警告をするようにフレッドは呟いた。そうなるとワイングラスを割ってしまったメイドたちは謹慎くらいじゃ済まないだろう。そして王族の仲も危ぶまれる。
 一気に辺りはざわつき、ついにメイドたちは泣き出してしまった。
(どうしたらいいの……?)
 ティアラはどうしようもない状況に唇を噛みしめた。隣でキースもさらに顔をしかめている。
 フレッドが下した判断は正しい。このままじゃ親ぼくの儀は行えないのは誰の目に見ても確かなのだ。それでもティアラはこのまま諦めるのが悔しくて仕方なかった。
 なにか、まだ、自分にはできないのだろうか。
(…………そういえば)
 頭の隅から遠い記憶を引っ張り出すようにティアラは眼を閉じた。幼い頃の記憶がよみがえってくる。
 むかし、星硝子細工の練習をするために星硝子を使うのは高価でもったいなく、何かがう方法を取った気がする。
(あ……、もしかして、これなら……いけるかも!)
 しゃがみ込んでいたティアラは勢いよく立ちあがって料理人の方へ向かった。
「あの、星硝子だけならまだありますか?」
 料理人はいきなり話しかけてきた少女に一瞬疑いの目を向けてからうなづく。それに「よしっ」とガッツポーズして次にフレッドへ体を向けた。フレッドも同様に驚いた顔をしている。
「ワイングラスはいくつ必要なんですか、フレッドさん」
「王と王妃、それに王女が二人と王子が一人だから……五つだ」

「なら大丈夫です。親ぼくの儀……——中止しなくてもいいですよ!」
 ティアラは勇ましく笑いながら宣言する。それに料理人が否を上げた。
「なにいってんだ! ワイングラスがないのに親ぼくの儀なんてできないに決まってるだろっ」
「だから〝今から作る〟んです。ちょっと乱暴な作り方で質は落ちますが」
 その場にいた全員が、ティアラの言葉に息をのむ。しかし不安そうなメイドが怯えるように口を開いた。
「で、でも星硝子細工を作り上げるには早くても二日かかるじゃないですか。あと親ぼくの儀まで二時間ほどしかないのにどうやって……」
 全員親ぼくの儀を行いたのはやまやまだが、問題が積み重なってどうにも願いは叶わない。
 
 だがティアラは諦めようとは思わなかった。
「一般的なら二日かかります。でもわたし……——裏技知ってるんです。あと二時間でワイングラス五つ作りますから安心してください」
 ティアラは前に親指を突き立てた腕を伸ばして、怖いものなしという風に、にひっと笑顔を作った。
 誰もが魅了されてしまいそうな真っ直ぐな視線に、メイドは心がじんわりと熱を帯びたのを感じたのだった。