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Re: 銀の星細工師【更新2/08】 ( No.57 )
日時: 2014/02/09 13:06
名前: 妖狐 (ID: fqLv/Uya)

「天気良し、体調良し、そして覚悟良しっ!」
 最後に気合を込めて自分の頬を音が鳴るほどパンッと叩くと、ティアラは正門の内側へ片足を突っ込んだ。 スカートが翻《ひるがえ》り、胸元で学校指定のリボンが嬉しそうに跳ねる。
 
 今日は、スターグラァース学園へ初めての登校日だ。


『スターグラァース学園の規則 三か条』
 其の一 日々努力に励み、向上心をいつなんどきも忘れないこと。忘れた者は即退学。
 其の二 貪欲に学び、盗める技はいくらでも盗むこと。遠慮なんてものはいらない。
 其の三 恋愛は自由。ただし社交マナーとモラルは忘れるな。


 スターグラァース学園の規則は型にはまったきっちりとしたものでなく、独特《どくとく》でユニークだった。しかし他と違うのはそこだけではない。
 学園の領地は実に山三つ分もある。その莫大《ぼうだい》な領地の中にこれまた大きな学び舎と生徒たちの寮、そして星硝子の木の栽培地がある。星硝子の木を所有しているところはスター世界でグラァース学園たった一つだけだ。それぐらいこの学園は常識とはかけ離れていて特別だった。

「そ、それにしても可愛すぎないかな……この制服」
 学園の正門を抜け、とてつもなく長い校舎へ向かう道を歩きながらポツリと呟《つぶや》いた。
 こんな自分に似合っているのか正直不安な所だ。
 スターグラァース学園は制服まで独自の形をしていて、女子の制服は特に可愛らしかった。裾はだんだんと広がっていき、スカートにはフリルがあしなわれている。ボタンや装飾品が多く、どれもが取り外し可能であり自分でコーデチェンシできるらしい。しかも見えないところに収納スペースがたくさんついていて、これなら四次元ポケットだって再現可能かもしれないほどだった。
 いちよ制服に合うようなリボンをつけてきたが、それもいまいち効果があるのか分からない。
(……まあ、なんとかなるよね? うん、人は見た目じゃないっていうし)
 持ち前のポジティブでティアラはまたウキウキとした幸せな気分に浸りながら校舎を目指した。


「初めまして、私は貴方の案内役を務めます、リアーナ・スパニッシュと申します。普段は学園長の秘書をやっていますが、今回は貴方を学園へ案内するためにお待ちしておりました。以後お見知りおきを」
 校舎の豪華な玄関口には無表情ながらも、色香がただよう女性がティアラを待っていた。
 板のようなティアラと違って豊富な胸に細いくびれが彼女の色気をかもし出している。しかし女性自体は色恋沙汰にまったく興味のないようなきっちりとした態度で、ニコリともしなかった。
「まずこれから校長室へ行きます。その後に貴方の配属されたクラスへ行き、放課後は寮でお過ごしください。寮にはもう荷物が手配済みです。それと、校内の案内はクラスメイトに頼んでありますからご安心ください」
 早口言葉のようにくり出される説明に息継ぎは一体どこでしてるんだ!? と少し心配になる。
 圧倒されるようにうなづくと、リアーナはすばやく校長室へ向かった。

(校長室ってことは、学園長がいるってことだよね……? わあ、最初から会うとは思わなかった……)
 校長室前でティアラは固まったようにたたずむ。緊張で心臓が喉から出てきそうな気分だ。
 しかしリアーナはそんなティアラを気にかけず躊躇《ちゅうちょ》なく扉を開けた。
 ああ、もう少しそこは心の準備をさせてほしかった!
(……って、あれ?)
 ティアラは眼を点にした。
 校長室には誰もいなかったのだ。学園長は不在なのだろうか。眉を寄せながらリアーナを見上げるが、彼女はある一点だけを真っ直ぐ見つめていた。
「学園長、本日から我が学園に入学しましたフレッド推薦のティアラ・グレイスをお連れしました」
 声に反応するように、大きな机の向こう側にあった肘掛け椅子がゆっくり回ってこちらを向いた。しかし誰も座っていない。イスが勝手に自分で動いたような感覚だ。

 これは一体どういうこと……?

「あ、あのリアーナさ」
「やあ、初めまして。ティアラ君。わしがこの学園の校長だよー」
 ティアラの言葉を遮《さえぎ》るように、のんびりした声だけが部屋にぼわんっと響いた。机で見えない椅子の下で何かがもぞもぞ動いて机によじ登る。ちっちゃくて可愛らしいおじいさんが、ひょこっと頭を出した。
「きゃあああ!」
 叫んでその場から数歩下がった。危うく転倒しそうになった始末だ。

 おじいさんは机の上で仁王立ちしてこちらを見下ろす。しかし背丈が一メートル三十いかないほどなので、同じ目線だった。
「はははは、失礼だけどおもしろい子だねえ。うん、感情に素直な子は好きだよ。感情に素直な子は前向きで時としてすんごい事も起こしちゃうしね」
 しみじみと語る校長(らしき人)にティアラは抜けそうになっていた腰を慌てて直し、身なりを整えた。いくら小人みたいにちっちゃくて、ゆるっとしてて、校長に全然見えなくても、この人はこの学園の最高権力者なのだ。多分。
「初めまして! ティアラって言います。これからこの学園にお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします」
「まあ、そんな固くならないで? 僕と君の歳は孫と祖父ぐらい離れてるけど、僕の精神年齢は十代のまんまだから。ゆるっと行こうよ?」
 ティアラが緊張しているのは歳の差なんかじゃないのだが、学園長の温かい人柄に気持ちがほぐされていくのが分かる。
 ついつい笑顔になったとき、般若《はんにゃ》のような顔をしたリアーナが机をだんっと叩いた。
「困りますよ、学園長! 学園のトップである貴方が威厳をなくしてしまうなんて!! なにがゆるっと行こうですか、友達にでもなるんですか!?」
「えー、でもお、初対面なのに仏頂面して怖そうな感じだったら嫌じゃない?」
「いいえ、それが学園長のあるべき姿です」
「うーん、でもねー」
 駄々をこねるような学園長と、それを説教するリアーナ。なんだか珍妙な絵柄なのだが、その場で放置されたわたしは一体どうしたらいいのだろう。
 しばらく呆然としていると、リアーナが状況に気づいたのか、やってしまった、という顔をしながらこほんと咳を一つ着いた。
「この話は後日みっちりと会談させてもらうとして。ティアラさん、貴方のクラスへ行きましょう。そろそろ実習が終わってホームルームの時間です」
 もう行っちゃうのー、と口をとがらせる学園長を無視して、リアーナはティアラをクラスへ連れ出した。


 スカートの埃を払ってリボンの角度をチェックする。結んだ髪の付け根を直したら身支度はバッチリだ。
「それじゃ、いってらっしゃい。後は担任の先生が引き継ぐから、私はここまでです。このクラスはちょっと変わってる人も多いけど、住めば都。慣れれば大丈夫よ」
 なんとも微妙な応援ゼリフを残してリアーナは教室へティアラを残すとそのまま去って行った。お礼を言う暇もなかったが、その分、勢いがついてティアラもよしっと気合を入れる。
 この扉の向こう側には一緒に学園生活を過ごす仲間と呼ぶような人たちがたくさんいるんだ。
(こんなときこそ笑顔、笑顔)
 自分の頬に手を添《そ》えて上へ釣り上げた。昔、いつも笑顔だった母の言っていた言葉を胸に刻む。

「人は笑顔のときが一番、素敵なんだよ。それに笑顔は相手も笑顔にできるとっておきのおまじない」

 ティアラは教室のドアに手をかけると、大きな深呼吸をゆっくりする。息を吐き出すタイミングでドアを引いた。
 ドアの向こう側でざわついていた雰囲気が一気にしんっと静まる。教室の中にいた生徒の視線が一気にこちらへ集中した。
「ようこそ、一年D組へ。こちらへ来て頂戴」
「は、はい」
 ぎこちない動作でドアをしめ、柔らかい笑顔を浮かべる担任の方へ向かう。動くごとに視線が自分を追っかけているのに気づき、手に汗を感じた。やっとのことで教卓へたどり着くと、ティアラはばっと頭を下げた。
「ティ、ティアラ・グレイスといいます。この学園に来たばかりなのでいろいろわからない事が多いのですが、よろしくお願いします」
 なんとか山場を乗り切って最後に礼をすると、まばらな拍手が起きた。その音と共に緊張感がするすると抜けていく。
 ふっと無意識で止めていた息を吐いたとき、何か懐かしいものが瞳の隅に移った。
(ん?)
 気になって眼を凝らすとと、やはりそこには見覚えのある生徒が眼を丸くしてこちらを見ている。

「ヒュー……?」

 以前、自分を助けてくれた王子様がそこに居た。