コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 銀の星細工師【更新2/15】 ( No.71 )
日時: 2014/02/15 20:00
名前: 妖狐 (ID: ET0e/DSO)



 なんでここにヒューがいるのだろうか。

 ティアラの思考はその言葉で埋め尽くされる。
(ひょっとしてヒューのそっくりさん? ……いやいや、あれは間違いなくヒューだわ)
 彼の琥珀色の髪が窓から差し込む光によってふわりと輝く。白い肌もしゃんと伸びた背筋も、眼の下にある小さな泣きボクロもヒュー本人だと主張している。
 けれどここに彼がいるはずがないのだ。
 スターグラァース学園は星硝子を専門的な学問として学ぶ学校だ。もちろん普通の常識的な授業もあるが主な時間割は星硝子の授業で組まれている。そんな将来、星硝子関係の役職に就く人以外、来ないであろう学園、貴族の息子であり大きくなったら親の跡を継ぐであろうヒューがいるはずなかった。
 けれども確かにヒュース・ニューマント・ディネリバはこの場に存在しているのだ。
(ヒュー……あなた、もしかして……)

 ——星硝子細工師になりたいの?

 それしかヒューがここにいる理由は考えられなかった。

「グレイスさん、ティアラ・グレイスさん?」
「……あ、はい!」
 ぐいんっと意識を引き戻されてティアラは顔を上げた。そういえば自分は今、教卓の上で自己紹介中だったのだ。背筋にまた嫌な汗がにじむ。
 担任が少し不思議そうにしながら、すぐに微笑をたたえてある一点を指さした。
「それじゃあ、あそこの空いている席についてください。分からないことがあったら遠慮なく私や他のクラスメイトに聞いてね」
「はい、ありがとうございます」
 助かったとばかりにティアラは指定された席へ早歩きで向かった。
 一番後ろの席ということで、クラスメイトはまだ興味津々だったが振り返ってまで見られることはなく、ほっと安堵の息をつきながらティアラは着席した。
 
 
 それからの時間、クラスメイトの自己紹介が行われた。
 人数はざっと見た感じ三十人ほどで年齢は皆、十五、六歳と言ったティアラと同じ歳だった。
 ガキ大将のような兄貴肌の大柄な男の子や、共同不信になりながら少しなまった言葉を話す女の子、ずっと無言で怪しい魔術道具っぽい物をいじっているロン毛の男の子などがいた。
 皆それぞれ強烈なほど個性派ぞろいである。
 しかし、ティアラの意識はずっとヒューの方向へ向いていて、脳の半分は上の空だった。

 長い自己紹介が終わり、放課後へと移るチャイムが鳴った。それを合図にしたように生徒たちは席を立って鞄を肩にぶら下げながら寮への帰宅をし始める。。
(……ヒュー。そうだ、ヒューに話しかけてみなくちゃ)
 思い出して急くように立ち上がるとヒューの席へ向かった。丁度ヒューもこちらへ向かってきたようで、教室の真ん中でかち合う。
「ヒュー、なんでここに」
「ティアラもここへ来たんだね。パーティーの日からずっと会えなかったから嬉しいよ」
 ヒューはティアラの言葉を遮《さえぎ》るように言うと、嬉しそうにふんわりと笑った。けれど、瞳の奥に何か含みのある感情が宿っている。
「ヒューも、この学園の生徒だったんだね」
「うん、まあね」
「でも、どうし」
 どうして? とは聞けなかった。聞く前にそっと唇へヒューの人差し指が抑えるようにあてられたからだ。
 それは聞かないで。と言っているような気がして、ティアラは言葉を飲み込んだ。ヒューの顔は笑顔なのに、なんだかこれ以上、話に踏み入ってはいけないような距離感がある。
「ごめん。だけど一つ言えることがあるとしたら、僕はここでやらなくちゃいけないことがあるんだ」
 腕を下しながら、ヒューは決意の光が灯る眼差しで答えた。
(ヒューにはヒューの事情があるんだ。それがなんだかは分からないけど、きっとわたしが無理やりに関わるようなことじゃない。だったら、何も聞かないのがわたしのすることだ)
 聞かれたくないことに一つや二つ、誰にでもあるだろう。

 無神経だったかもしれない自分を叱咤して、すぐにティアラも雰囲気を変えるように明るい声を出した。
「そうだ。この学園すごいね! 校内はすごく広くて綺麗だし、学園の敷地なんてまるで迷路みたいなってるんだもの。わたし一人で歩き回ったら迷子になりそう」
 違う話を切り出したティアラにヒューも少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
「それじゃあ僕が学園の案内をしてあげるよ。広すぎて把握できていない場所があるかもしれないけど、それでもよければ。学校の七不思議と共に紹介してこうか?」
「え、案内してくれるの!? 是非ともよろしくおねがします。でも……学校の七不思議は遠慮しとこうかな」
「もしかして幽霊とか苦手なの、ティアラ?」
「そんなことないよ。ただちょびーっとだけ、幽霊が出たら嫌だなとか思ったり、思わなかったり……。別に怖がりとかじゃないからね!」
 あせったように力を込めて言うが説得力のないティアラの言葉にヒューは苦笑した。その後に二人して笑いあう。
 この地へ来て、知人に会い、初めて安心と心強さを得た瞬間だった。

Re: 銀の星細工師【更新2/15】 ( No.72 )
日時: 2014/02/15 20:09
名前: 妖狐 (ID: ET0e/DSO)

 学校案内はまた明日ということになった。もう夕暮れも近づいているので妥当《だとう》な判断だろう。
「これがお部屋の鍵と番号札になります。もう部屋にはあなたと同室の女子生徒が帰宅しているので、部屋の割り振りなどはその方と話し合ってください。消灯は11時になります」
 女子寮へ向かうとさっそく用務員のおばさんが決まった台詞を言うように告げて小さな鍵を渡してきた。
 寮は女子寮と男子寮に分けられ、女子寮には女子だけしかいない。もちろん男性の立ち入りは禁止だ。設備も隅まで整っていて、ここがこれから自分の帰る家になるのだと思うと少しわくわくした。
「えーっと、わたしの部屋は301号室だから……」
 赤絨毯《あかじゅうたん》が引かれた階段を3階まで登り、さらに奥の部屋を目指す。一番奥の突き当りに301号室のプレートがかけられた部屋があった。
(この中に、わたしのルームメイトがいるんだ……)
 どんな子なのだろうか、相性は合うだろうか。これから一緒に部屋を共有することへの不安がつのる。もし仲が悪くなったら……。マイナスイメージが膨らんで止まらなくなり、ぎゅっと鍵を握りしめたとき、301号室の扉が勝手に開いた。
「あら、もう来てたんですのね!? そろそろ来る頃かと思ったので玄関へ迎えに行くところでしたの。さあ、中へ入って」
 上品な言葉づかいに髪が縦にカールしたお嬢様っぽい少女が出てきた。強気な顔をしているが、それと裏腹なほど言動が優しい。
 そのままそこで突っ立っている訳にもいかず、扉の中側へ足を踏み入れた。
「かわいい……っ」
 部屋の中はまさに、女の子といった雰囲気の家具やカーテンで埋め尽くされていた。どれも鮮やかな色が多いが、決して派手すぎず、中央に置かれたテーブルからはフローラルの香りがキャンドルの中から漂ってくる。
「わたくしの趣味全開の部屋で申し訳ありません。なにせ今まで一人だったもので。でも、これからは二人の癒しの空間にしていきましょう」
 フリルがたっぷりついた部屋着の袖から細い手がこちらへ差し出される。爪まで手入れが整っているのが分かり、これが女子力が高い子と言うんだとティアラは感心した。
 手を握り返すと少女は少し照れくさそうに微笑んで、寮の説明をしてくれた。
 お風呂や食事の時間帯、寮内にある特別部屋のこと、女子たちはお菓子をこっそりと隠しながらためて、よく女子会を開くことまで。
「名前はティアラさん、ですわよね? あのフレッド様の推薦だなんてすごいわ! わたくしもティアラさんの星硝子細工を見てみたい。あ、そういえば最近ね、食堂に新しいメニューが加わって、これがもう絶品なんですの。なんでも、五つ星シェフのレシピを元に作ったとか……」
 瞳をキラキラさせながら、楽しそうにいろんな話を次からする少女に、ルームメイトがこの子でよかったとティアラは心底思った。
 彼女ならあっという間に仲良くなれそうだ。不仲の心配なんてする必要もない。
「そういえば、名前って……」
 ふとティアラは彼女の名前を聞いていないことに気づいた。少女も少しだけ眼をぱちくり、瞬きを繰り返すとたちまち赤面する。
「やだ、わたくしったら、ついティアラさんと話したい気持ちばかりが先走って、自己紹介を忘れていたなんて……。ごめんなさい。わたくしの名前はアリア・レプリカよ。アリアってよんでくださいね」
「あ、じゃあわたしもティアラって呼び捨てに……」
「無理ですわ」
 もっと仲を深めたくて提案すると、アリアは笑顔で首を横に振った。
「だってあなたはフレッド様が選ばれた高貴なるお方なのよ? それを呼び捨てにするなんてことはできないわ」
「いや、でも……」
 なんだか分からないヌルッとした感覚が肌にまとわりついた。
 さっきまでは見えなかった壁が今はアリアと自分の間に見える。その壁のせいでアリアの顔がなんだかぼやけて見えた。そう、その表情がまるで偽りで塗り固められたように。
 アリアの目はまったく自分を見ていない。自分の奥にいる誰かを見ているようだ。
「あら、もうそろそろお風呂の時間だわ。まだ話したりない気はするけれど、先にお風呂へ向かいましょうか。その後の食事の時間にまた話しましょう。わたくしの友達も紹介するわ」
 背中に鳥肌がたつような恐怖を覚えたが、それをお風呂でぬぐうことができるかもしれないと、ティアラはゆっくりうなづいた。


 フクロウでさえ寝静まる深夜。闇に溶けるように少女が一人、そっとティアラを見つめていた。
「この子が、一級星硝子細工師の推薦《すいせん》した子……ふふっ、どれだけの力量があるのかしら。是非、わたくしの血と肉にして差し上げるわ。ティアラ」
 白い手で寝息を立てているティアラの頬を撫でた。
 月明かりに照らされた少女の顔は、とてもよくティアラの同室の子に似ていたのだった。