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Re: 銀の星細工師【更新3/09】 ( No.85 )
日時: 2014/03/16 08:50
名前: 妖狐 (ID: ET0e/DSO)

「泣いているのか、ティアラ」
 キースの低く澄んだ声が自分の名を呼んでいる。それだけで新たな涙が溢れてきた。
「キーッス、うぐっ……会いた、かったよ……お」
「ちょ、どうしたんだよ。ったく」
 嗚咽交じりに途切れ途切れ想いを告げる。号泣状態のティアラにさすがのキースも少し慌てて寄ってきた。言葉は素っ気ないのに手つきはまるで割れ物を扱うように優しかった。
 キースに触れたい。ふわっと心の中にそんな願望が生まれた。
 触れて本当に本物なのか確かめたい。ティアラは想いのまま手を伸ばした。触れた頬は夜風にあてられていても少しだけあたたかい。
(……うん、ちゃんと本物だ)
 その温もりを実感しているとキースの頬は急激に温度を上げていった。
「あれ、どうしたの……」
「べつになんでもない!」
 問いかける前にキースは言葉を遮って勢いよく離れて行ってしまう。手だけが空気を掴んで一人ぼっちとなり、すこしだけ名残惜しかった。
「……なんで、逃げるのよ」
「なんでって、お前、い、いきなり触られたらびっくりとかしちゃったりするだろうっ!?」
 むくれるティアラにキースはゆでタコのような顔をしてかみまくりながら答える。その反応にティアラは笑いがはじけた。
(ああ……なんでだろう。キースといるとほっとする。あったかいな)
 キースはもう大切な家族の一人みたいな存在だ。しかしいつまでも笑っていると容赦なく頭をはたかれた。その衝撃でずっとスルーしていた大きな疑問に気付き、わっと声を上げる。
「そういえば、なんでキースがここにいるの!?」
「なんでって夜の散歩をしてたら、名前を呼ばれた気がして。そしたらお前がいたんだよ」
(えっ! 名前叫んで他の聞かれたのかな)
 先ほどの自分が今更恥ずかしくなってきた。あのときはキースに合えるはずなんてないのだからと何も考えず叫んでいたのだから。
「うわ……あ、恥ずかし——じゃなくて! なんでスターぐらース学院にいるのって聞いてるのよ」
「そっちか。いや、始めに聞かれなかったからいいのかと思ってた」
 キースはその答えを示すように月明かりのもっといい場所へ移動していく。改めてキースの姿をよく見て、ティアラはがっと口を開けた。
「そ、それって……まさか」
「そ。スターグラース学院の制服」
 キースが身に包んでいたのは独特の雰囲気と形をしているこの学院の制服だった。やっとティアラが着慣れてきたものだ。けれどキースが着ていると、まるでキースのために作られたもののように似合っていた。
「馴染みすぎてて全然気づかなかった……。あれ、キース、その紋章は?」
 ヒューが来ているから男子の制服もある程度分かっているが、それとは一点だけ違う部分があった。それは胸についている紋章がティアラが白い鳥が描かれているのに対しキースのは獅子が描かれている部分だ。
「ああ、これか? これは狩り人希望の生徒を表すマークなんだよ。お前ら細工師は白鳥だったよな」
「え、っていうことは」
 ティアラの思考を読んだようにキースはうなづいた。
「俺、この学院に狩り人希望として入ってきたんだ」
 いま、今日一日の不幸が一気に吹っ飛ぶような爆弾が目の前に放り投げられた。

「な、なな、なんで狩り人〝希望〝!? だってキースはもう狩り人じゃん!」
 すっときょんな声を上げながら問いかける。
 彼はもう狩り人として働いている身だ。それで生活していけるほどの腕もちゃんとある。というかフレッドに勧誘されるほど名手なのだ。そんなキースがここへ来て一体何を学ぶのだというのだろうか。
「もしかして、私に会うために……!」
「なわけないだろ、馬鹿が」
 即答されて少なからずティアラは落ち込んだ。べつに期待していたわけではないが、即答しなくてもいいと思う。うん。
「ある奴を、探しに来たんだよ」
 ふいにキースは真剣な表情になって答えた。そのときだけやけにつめたい風が髪を巻き上げる。
(そういえばヒューもこの学院に来たのはやらなくちゃいけないことがあるからだって言ってたっけな)
 自分は単純に星硝子をもっと知りたくてここへ来たが、きっとそれ以外の理由で学院にくる人もいるのだろう。キースやヒューのように。
(人には人の事情がある。うん、無責任に深入りしようとするのは駄目だってヒューから学んだしね)
 ヒューのときはただ好奇心で足を突っ込もうとしてしまったが、それがいけないことだったのを今なら分かる。ティアラはそっかと軽くうなずくだけにした。
「よし、お前の疑問も全部解けたようだし、次は俺が質問していいか?」
「え?」
 そういえばさっきから「なんで」の質問を繰り返していた気がする。確かに聞きたいことは聞けたので「もちろん」とうなづく。
 気づかないうちに驚きで涙はすっかり引っ込んでしまっていた。
 
 

「ふーん、へー、そうなのか」
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの!?」
 キースの生返事にティアラはとうとう憤怒した。たった今までスター獲得試験のことやアリアのことをキースに全て話していたのだ。しかし話していくにつれてキースはどんどん意識がどこかへ浮遊していく。
(泣いてた理由はなんだって聞いたのはそっちなのに!)
 無責任にもほどがあるとティアラは心の中で叫んでいると、キースはつまらなそうに体を投げ出して中庭に寝っ転がった。
「だってお前が悩んでること、よくわかんねーんだもん」
「え!? だからなんで試験に落ちたんだろうとか、アリアが今まで友達のフリをしていてショックでこれからどうしたらいいかとか」
「それが悩みなのか?」
 驚き返されてティアラは、は? と口を開けた。キースは一体今まで何を聞いていたんだろうか。もしかして人の話を全て聞き流していたんじゃないのだろうか。疑わしくなって横目でにらむとキースは少し起き上ってティアラを見た。
「だって今言ったの全部、もうお前ん中で答え出てるんじゃねえか」
 当たり前のように言う言葉にティアラは眉を寄せる。
 もう答えが、出ている——?
「なに首かしげてるんだよ。何で試験に落ちたかは評価つけた奴に聞けばいいし、そのルームメイトのことはこれから友達になろうとしてけばいいだろ。もう本性さらしたんだから、逆に真正面からぶつかれていいんじゃないか」
 なんてポジティブな考えなのだろうか。いや、もしかしたらティアラが深く考えすぎて、これ以上傷つくことを恐れていたのかもしれない。
 キースに言われてみて、ティアラはなぜそういう答えが浮かばなかったんだろうと自分でも不思議になった。
「……そっか、そうだよね」
 独り言のように繰り返してから、決意を決めたように頬を手で思いっきり打つ。ビタンッと華麗な音が中庭いっぱいに響いた。けれど答えはもう出た。覚悟も決まった。
「ありがとうキース。わたし、やらなきゃいけないこと、やっと分かったよ!」
 心のもやもやがすっと溶けたようで、澄み切ったいい気分だ。ティアラも芝生の上に体を投げ出した。そこから見える景色は壮大で綺麗な万の星々だ。
「よし、やってやるー!!」
 キースはいきなりいつもの元気を取り戻したティアラに少しだけ圧倒され、ぶはっと吹きだした。
(ほんとこいつ馬鹿だ。絶対脳みそにわらつまってる)
 目の前でうしっと気合を入れている少女が、数分前までは涙するほどまでに苦しんでいたと誰が思うだろうか。
「やばい、お前見てるとおもしろいな」
 キースは久しぶりに声を上げて笑った。