コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新3/20】 ( No.94 )
- 日時: 2014/03/24 16:42
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
「中等部の裏庭にある池の奥の旧校舎の理科室……」
グリトフ先生に教えてもらった〝奴のいる場所〝を必死に口の中で暗証しながら、頭にたたきこんだ地図を使って向かう。ずっと言葉にしていないと忘れてしまいそうな複雑な場所に向かうのは骨が折れる。しかし気持ちとガッツだけで時々唸りながらもティアラは足を進めた。
(必ず会う。絶対会う。会わなきゃ帰らない)
理由を聞くのではなく『会いたい』という、目的がだいぶズレてきているのにも気づかずやっとのことで旧校舎へとたどり着いた。
旧校舎は今にも崩壊しそうな姿で蔦《つた》が絡みついていた。半分破壊している校門をくぐり、不気味な悲鳴のなる玄関口の扉を押す。中はまだ明るい時間帯なのにも関わらず暗くじめっとした空気に覆われていた。
(うわああ……、なんだか映画に出てくるお化け屋敷みたい)
いつか見た映画のワンシーンが甦《よみがえ》る。映画では校舎に入った瞬間、扉が勝手に閉まるのだが、そんなことは起きず息をついた。
慎重にゆっくり、体重をかけたら穴が開きそうな木の板でできている廊下をぎしぎしと歩いていく。ティアラは当てもなく一回からしらみつぶしに理科室を探して回った。するとなんとも幸運なことに一階の中盤あたりで理科室のプレートを下げた教室を発見した。
もしかしたら神様って本当にいるのかもしれない。
今は一刻も早く恐ろしいこの場から脱したかったので理科室の出会いが運命や奇跡のように思えた。ティアラはすすけた扉に手を掛け、静かに開け放った。
とたん、理科室独特の異臭がぶわっと顔面めがけて降り注いできた。なんだか分からない匂いが充満している。
「うっ、すごい匂い」
急いで手で鼻をふさぐが、なかなか匂いは去ってくれない。強く口と鼻に両手を当てながら理科室を見渡した。
(こんなところに人なんているの……?)
勢いで来てしまったが、普通はこんな遠くて人の寄らないところ誰も来ない。しかもこんな変な匂いのする理科室に長時間いられないだろう。
そろそろ息を吸うのにも限界が来て涙目になりつつあるとき、人影が眼の隅に移った。けれど人影にいくら眼を凝らしてみてもぼんやりしててはっきりしない。近づいてみようにもこれ以上理科室へ足を踏み込むのを匂いが許さないのだ。
(この、匂いさえなければ!)
思わず後ろへ退却したとき、人影が振り向くようにゆらっと動いた。
「こっちへきなよ、そこは臭くて敵わないからさ」
まだ少し高い少年の声。けれど色っぽさがあって人を誘惑するような力を持っている。ティアラは異臭の事も忘れて声に吸い寄せられるように影に近づいた。
ぶわっと風が銀の髪を撫でて舞い上げた。新緑の香りとラベンダーの匂いが顔に吹き付ける。一気に理科室の異臭が飛ばされていった。
「っわ、すごい……——!」
息を吹き返したように気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸い込む。そこだけ空いた理科室の窓から風邪が流れ込み、新鮮な風を運んできているようだった。
「ククッ……、気持ちが顔に現れすぎ」
隣で堂々と机に座っていた少年が可笑しそうに笑った。きっと彼がさっきまでぼんやりとしていた影の正体だろう。他に人影はないようだし。ということは……。
「あなたがグリトフ先生の言っていた人なの?」
「お姉さん、先生の言ってた人って言われても僕には分からないよ。馬鹿なのかい? まあ、あの男がここに来いって言ったなら、お姉さんが探しているのはこの僕だと思うけど」
(分かってるなら初めから言いなさいよ!)
厭味《いやみ》ったらしく少年はククッと笑う。思わずカチンっと来たが、相手が自分の事をお姉さんと呼んでいることからすると自分は彼より年上なのかもしれない。もし年上ならここはすぐ怒らずに我慢だ。と言い聞かせて出そうになった仕返しの言葉を飲み込んだ。
ティアラが感情を抑え込もうとしているのを知らず少年はただじろじろとティアラを見た。
「お姉さん、珍しい髪を持ってるね。その色からするとひょっとして最近入学したっていう一級星硝子細工師の推薦者?」
「え、ええ、そうよ。あなたは?」
一発で正体を当てられたことに少し驚いた。改めて彼の方へ向き直る。
少年はフードつきのパーカーを制服の上から羽織っており、首にはヘッドホンもつけていた。机に座っているので目線は同じほどだが小柄な体格から立てばティアラより身長は低いかもしれない。そしてなによりとても整った顔をしていた。オッドアイの瞳は声と同様に惹きつけられるものがある。
彼は少し首をかしげた。
「名前を名乗る必要があるのなら言うけれど、必要ないんじゃないかな」
ティアラが顔をしかめると、少年はたんっと机を下りた。
「だってお姉さんが知りたいのは僕には関係ないことでしょ。星硝子についてなんだし。教えてあげてもいいけど僕の事を知る必要性は感じないな」
やはり立って並ぶと少年はティアラより小さかった。けれどオーラはとても大きかった。彼独特のオーラだ。
「あなた、どこまで知ってるの……?」
まだ試験に関する質問等は一切していないのに、少年は全てを悟ったような口調だった。ティアラは微かな警戒心を覚える。
「大体の事は把握済みだよ。ここにいるといろんなことが風に乗って伝わってくる。知りたい? お姉さんが星なしになった理由を」
心臓がドクッと跳ねた。聞きたい、という心の叫びのままゆっくりうなづく。その動作に少年はニヤッと笑うと席を勧めた。
「まあ、くつろいでいきなよ」