コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こぼれた星屑の温度 (短編集) ( No.20 )
- 日時: 2014/01/31 21:52
- 名前: ぶー子 ◆I3wKSjB7xs (ID: 1j9Ea2l5)
- 参照: ふたりは恋人設定です
私がさむいですか、と聞くと、木邨さんからはちょっとだけ、という言葉が返ってきた。そうは言っても彼の身体は寒さに耐えるようにして丸くなっている。
「ごめんなさい、こんな真冬に海に行きたいだなんて」
「君が行きたいんなら、何処へだって連れてってやるさ」
彼を見れば、そこにはいつもの人の良さそうな笑顔が見えた。この寒さを一ミリも感じさせない、いつもの優しい笑顔である。だがやはり身体は小刻みに震えている。ああ、海は避けるべきだった、と小さな後悔にため息が漏れた。彼の大きな背中に手を添えて、少しでも暖かくなってくれればいいなと、ゆっくり撫でるようにしてさする。
海鳴りの音が遠くで聞こえる。冷たい潮風が頬を劈くが、徐々に、私も木邨さんもそんなもの御構い無しといわんばかりに、お喋りに花を咲かせていった。
「学校はどうだ」
「良い感じですよ。勉強も、サークルも」
「お、じゃあ安心だな。お前は少し人見知りだから心配だったが、良かったよ」
「最近は人見知りも治ってきてるんですよ?」
それは良かった、と木邨さん。だがその瞳には胡散臭いぞという文字を滲ませていた。まあ、人見知りをしないと言ったら嘘にはなってしまうけれど、大学に入ってからは多少ではあるが人見知りの度合いがマシになっている気がする。
「でも、何で海に行きたかったんだ。お前、靴欲しがってただろ? デパートでもよかったのに」
猫のように体を丸めたまま、彼は腑に落ちない様子で私にそう問いかけた。
この様子じゃあ、木邨さんは覚えていないようだ。この場所で彼が私の恋人になったということを。
- Re: こぼれた星屑の温度 (短編集) ( No.21 )
- 日時: 2014/01/28 22:59
- 名前: ぶー子 ◆I3wKSjB7xs (ID: 1j9Ea2l5)
迫りくるようなさざ波をぼんやりと眺めながら、ぽつり、私は木邨さんに言った。
「覚えてないんですか? ここの海でのこと」
木邨さんは頭にハテナを浮かべた。顎の先を片手で摩りながら、なんだったっけ、と考え込んでいる。こうなることは分かっていたけれど、いざとなるとやはり少し頭に来てしまう。
大切な場所を忘れてしまうだなんて。見損なったとまではいかないが、ほんの少し悲しくて寂しい気持ちに染まるようであった。
「ああ、そんなことより」
ふと、考え込むのを止めた彼はその黒いコートの中に手を入れてスーツの胸ポケットを探った。
もしかして、指輪?いや、いくら何でもそれは早すぎる。私はまだ大学生でこの大学生活を満喫しているんだし、彼も結婚だなんて考えているようにはみえない。でも待って、彼は元々掴みどころのない気まぐれな人だわ、今も昔も。だとしたら、今この場所、このタイミングでプロポーズっていうのも在り得るんじゃない?
あれやこれやと思考を巡らせる私をよそに、彼はまだ胸ポケットに手を入れて探っている。どうやらお目当てのものが見つからない様子だ。もしかして、落としたんじゃないの?
「木邨さん?」
「あれ、確かにここに入れたはずなんだが……いや、ちょっと待て。車に置いてきた気がしてきたぞ」
「え、木邨さん?」
「悪い、真綾。車に忘れ物をしたみたいだから、取ってくる」
ここで待ってろ、そう言って彼は着ていたコートを乱雑に脱ぐと、私にそうっとかけた。私が引き止める間もなく、スーツ姿の彼の背中は段々と遠くなっていった。