コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こぼれた星屑の温度 (たんぺん) ( No.4 )
- 日時: 2013/12/17 00:10
- 名前: ぶー子 ◆gXRXzU/zlQ (ID: 1j9Ea2l5)
- 参照: さむすぎ
昔から、彼はそんな瞳をしていた。私にイタいところをつつかれると、ムスッとした顔でこちらを睨む。けれども反論なんて一度もされたことが無かった。この、口だけは達者である私に口論で勝てるわけがない、と悟っていたからかもしれない。そして年下であるはずの私のことを、彼は妙に恐れていた。
とにかく彼は、彼だけは本当に、今も昔も変わらない。への字に曲がった彼の口がそれ以上言葉をこぼすことはなかった。重苦しいわけでもない短い沈黙が、私と彼の間を流れてゆく。
「まだ大学生のくせに」
ぽつり、と雫がおちるようにそう呟いたのは私である。彼は、うるせーな、と言葉を返したと同時に、私から視線を逸らした。眉間の皺は一層深くなっていった。ああ、すっかりご機嫌斜めだな。
「でも私もまだ高校生だから……二人ともそう変わらないよ」
ガキ同士だね!そう声を張り上げて付け足した。彼は私の言葉を流そうとするかのように、再びコーヒーカップに口をつけた。
「でも、大学生になってから変わったよね」
「……俺が? どう変わったんだよ」
ちらりと視線をこちらに向けた彼は、どこか期待を含んだ目をしていた。
「うーん、私のことをよく“ガキ”って言うようになった」
「……それだけか」
呆れたように笑う彼の吐息からはコーヒーの香りがした。大人な雰囲気なんてしない、と言えば嘘になるけれども、彼にコーヒーなんて似合わない。まだ子供だもの。
- Re: こぼれた星屑の温度 (たんぺん) ( No.5 )
- 日時: 2013/12/17 00:08
- 名前: ぶー子 ◆gXRXzU/zlQ (ID: 1j9Ea2l5)
「とにかく。俺は大人なフリをしてるんじゃなくて、大人なんだよ。それに、大学生と高校生っつったら結構な差だろう。高校生はまだガキだ」
彼が口を開く度にコーヒーの香りが鼻にまとわりつく。そして一旦まとわりついた香りはなかなか離れてなどくれない。ついさきほどまではたいして気にならなかったはずなのに。
「口、コーヒーくさいよ」
思わずとびだした言葉がそれだった。彼は一瞬目を丸くして口を押えたが、動揺を隠すように声を出した。
「そういうところがガキなんだよ。大人はちゃんと空気よんで発言すんだよ。お前の今の発言は、全っ然空気よんでないだろうが」
彼の説教くさい言葉にうなだれた。幼馴染の間柄でも、空気をよんで発言するべきなのであろうか。そんなの息苦しいに決まっている。親しき仲にも礼儀ありって言葉もあるくらいだけれど、少なくとも、今の私には空気をよんで発言するということができないのかもしれない。ただし、彼に対してのみだが。
「分かった分かった。私はガキだよね、はいはい。なんかもう、面倒くさい」
空になったコップに目をやり、店員さんにオレンジジュースのおかわりを頼む。もう、私だけがガキでもいいや。彼は大人、私は子供。もう、それでいい。
「何だよ、めずらしい。いつもならずうっと否定してくるくせに」
得心のいかないような顔で彼はこちらをみた。
特に理由なんてない、ただの気まぐれである。今日はなんとなくこのデジャヴのようなやりとりが面倒になっただけで、心から自分自身をガキと認めたわけではない。それに、ガキは彼の方だということを、私は知っている。彼が私を子供扱いする理由も、私を恐れている理由も、大人のフリをする理由も、すべて、分かっている。
- Re: こぼれた星屑の温度 (たんぺん) ( No.6 )
- 日時: 2014/01/18 19:33
- 名前: ぶー子 ◆gXRXzU/zlQ (ID: 1j9Ea2l5)
けれども今はまだ、知らないフリで通しておこうかな。
彼はやっとの思いで飲み終えたのであろうコーヒーの味に顔をしかめている様子であった。やっぱり、まだガキだ。そう考えると思わず口元が綻んだ。
「何ニヤニヤしてんだ、気持ち悪い」
彼が軽蔑した顔でこちらを見るが、それを気に留めようともせずに私は席を立ちあがった。
「ありがとね、今日は。私みたいなガキなんかとデートしてくれて」
椅子に掛けてあったスクールバックを肩にかけてぺこりと頭を下げた私に、彼は深くため息をついた。
「だから……毎回言わせんな、これはデートじゃねえよ」
「はいはい、そういうことにしたげる」
彼のおごりで飲むオレンジジュースの味には、すっかり慣れてしまっていた。また誘ってね、なんて言いながら、制服のスカートを翻して私は出口へと向かっていった。
彼はきっと、私を恐れているのだと思う。今も昔も変わらず。私をガキにして、距離をとろうとしている理由も、それに繋がっているのであろう。
彼は、私に恋をすることを恐れている。ただ、それだけなのであろう。
/大人なフリと知らないフリ
おわり