コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 輪廻転生——時を越えた奇跡——【1/14更新】 ( No.9 )
日時: 2014/01/22 00:01
名前: 緑茶 ◆hjAE94JkIU (ID: YNzVsDBw)

*4*

 桜が散り、緑が輝きだした五月——中学校生活にも慣れ、部活も本格的に始まった。
「は〜ぁ。勉強と部活の両立って難しいんだなぁ……」
「当たり前だろ」
 燐が休み時間になる度に隣の席で愚痴をこぼすこの光景も、すでに日常と化してきている。
「勉強しなくちゃいけないのは分かっているけど、練習キツくて家帰ったら寝ちゃうし、土日も部活だからなぁ……」
 机に突っ伏しながら愚痴を言う燐に哀れみの視線を向けていると、
「桔川君、堂本君!!」
 廊下から声を掛けられた。
「お、檜扇さんだ!!」
 燐は声を掛けてきた女の子——檜扇あやめを見付けると、すぐさま愚痴を止めて彼女の元へ歩いて行った。僕は気付かれないように溜め息を付きながら後に続く。
「どうかした?」
 僕が訊ねると、檜扇さんは「えっと、ね……」と少し言葉を詰まらせながら要件を話始めた。
「今日の練習は外走るから、靴履いてグラウンドに集合だって」
「え〜ダルい〜」
「……燐はいつもそればっかりだな」
「堂本君、文句言わないで遅れずに来てね!」
 じゃあね、と、要件を伝え終わった檜扇さんはスタスタと廊下を戻って行った。

 檜扇さんが居なくなると、ぽつりと燐は呟いた。
「他の奴らにも伝えに行ったのかな? マネージャーも大変だよな」
「まぁ、サポート役って皆そうじゃないか?」
「だな。……でも、あんなカワイイ子にサポートされる俺らも幸せだよな!!」
 ポーッとした顔で燐は言う。確かに檜扇さんはいつも明るくて、皆に優しくて……可愛いとは思う。けれど……
「お前、檜扇さんが好きなのか? 別に僕にはお前の好きな人なんて関係無いけど、ライバル多いと思うぞ」
「そこなんだよなぁ!!」
 燐はズイッとこちらに近付き、どうしたものかと頭を抱えた。
「檜扇さんはいつも元気だし、カワイイし……恋愛対象として好きだけど……カワイイ分敵も多いんだよ! どうしよう!?」
「どうしようって言われても……お前が檜扇さんを諦めるか、当たって砕けるしかないんじゃないか?」
「砕けたらダメだろ!! ……お前は? 好きな人居ねーの?」
「……、僕は」
 答えようとしたタイミングで予鈴が鳴った。燐は「後で聞くぞ」と言って自分の席に帰って行った。相変わらず騒がしい奴だ。
 僕も廊下から席に戻り、天井を見上げる。

 ——僕はまだ人を好きになったことがない。

          *

 ある日の土曜日。

 午前中に学校で部活を済ませた僕は、家への帰り道の途中であの公園に立ち寄った。ちょうどボールも持っていたから、少し練習することにしたのだ。
 公園の中に入り、桜の木の前を横切る。二ヶ月前に来た時は満開だった桜の木には、青々しい葉が並んでいた。
 木をチラッと見て通りすぎようとした僕は、もう一度木を——正解には木の近くのベンチを良く見た。そこには薄いピンクのワンピースに銀色のネックレスを着けた女の子——桜が座っていた。
 じっと見ていると桜も僕に気付いた様で、こちらに走り寄って来た。
「梗君!! 久しぶり! 元気だった?」
「あぁ。桜も元気そうだな。今日も散歩か?」
 そう訊ねると、桜は恥ずかしそうに笑いながら言う。
「うん。天気が良かったから。梗君はまた練習?」
「そうだよ」
「……練習、たくさんすることは良いことだと思うけど、身体壊さないようにね」
 心配そうに言う桜に、僕は安心させるように薄く笑った。
「ありがとう、ほどほどにする。……じゃ、練習行くから」
「分かった。頑張ってね!!」
「あぁ。またな」
 桜は、初めて会ったあの日と同じようにずっと手を振ってくれていた。
 部活で疲れていた身体は、なぜかいつの間にか軽くなっていた。桜と少し話しただけなのだが……

 その理由は、この時の僕には分からなかった。

          *

「……姉貴」
「あ、若葉。どうかした?」
「またあの人間と話していたのか?」
「梗君のこと? ……少しだけね」
「……姉貴はあの人間が紫苑だと知ってて近付いたのか?」
「ううん。出逢いは本当に偶然だったんだよ。若葉も見てたでしょ?」
「どーだか。口では何とでも言えるぜ。でも、必要以上に人間に会うなよ。……俺は姉貴が悲しむ顔、見たくないから」
「ふふっ、ありがとう。若葉は本当に優しいね」
「……、別に。……そろそろ人間が多くなる時間だ。戻ろう」
「うん」
 春の優しい風が吹き抜けた。桜の木の下には、もう誰も居なかった。