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Re: 共鳴のプラネット【1/6更新】 ( No.14 )
日時: 2014/01/12 18:03
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

 第0章 籠の中の少女


 響のセリフに少し動揺を見せたものの、夕映は変わらず無表情のままだった。伊織と響を真っ直ぐに見据えている。油断すると、夕映に自分を持っていかれそうなくらい強い目力だった。

「俺らさ、これから響の家でゲームするんだけど、お前も良かったら来ないか?」

 伊織が笑顔で夕映を誘う。夕映は少し瞳を開き、口を開きかけたが、すぐさま閉じて、俯きがちにこう言った。

「……今日は、たまたま外に出れただけだから……」

「たまたま」という言葉を聞き、伊織と響は顔を見合わせた。おかしい言い方だと思った。彼女はあまり家から出たことがないのだろうか。確かに、見たことのない顔だったから、納得できないこともない。

「夕映! そこで何やってるの!?」

 そう思っていた時、遠くから夕映を呼ぶ声がした。夕映は少し肩を震わせてから、小さく息を吐いた。
 声を発した人物が近づいてくる。茶色がかった髪にシックな色のワンピース。見るからに、夕映の母親だった。
 夕映の母親であろうその人は二人の存在に気付くと、睨みつけた。二人は背筋を張る。

「あなた達……夕映に何をしたの?」
「違う!」

 夕映の母が問うと、夕映が声を上げた。彼女は伊織と響に背を向けて、言った。

「私が、勝手に抜け出してきただけ……その人たちはさっき会っただけ」

 そう言うと、夕映の母は伊織と響を交互に睨みつけ、半ば強引に夕映の腕を掴み、自分が来た方向に戻って行った。
 二人の姿が遠ざかった頃に伊織が二人の影を見つめながら言った。

「抜け出してきた……ってどういう意味だ?」
「さあ。……知りたいのなら、知る努力をしないといけないんじゃない?」

 響が少し楽しそうに呟く。伊織もその言葉に微笑み、一歩踏み出した。

「上等! 響、行くぞ!」
「了解」

 二人は考えが合致したのだろう。こそこそと歩き出した。
 夕映の家を突き止めるために。










「夕映。お母さんを心配させないで頂戴。外なんて危険なものばかりなんだからね」
「……はい。ごめんなさい」

 母親は夕映に言い聞かせると、大きくわざとらしいため息を一つ吐いてから、自室に戻って行った。それを見て、夕映もゆっくり足を踏み出し、自室に入った。
 ふかふかのベッドも、可愛い人形も、甘い甘いお菓子も、何でも揃っている。外に出る必要なんてない、「隔離」されたセカイ。

 机の横に備えられている棚から一冊の小説を取り出す。パラパラとページをめくる。内容が頭に入ってこない。
 夕映は、今日出会った二人のことばかり思いだしていた。はじめて、誰かに歌を聞かれた。
 拍手を送ってくれた。綺麗な声と言ってくれた。そのことが、どんなに嬉しかったか。どんなに幸せだったか。
 しかし、そう考えた後で夕映は思う。
 二度と、彼らに会えることなんてない、と。

 小説を読むのを止めて、ベッドに横たわる。
 安全で、何もかも手に入るセカイというのはこんなにつまらないものなのか、と考えながら。

 コツン、という小さな音がする。窓の方からか、と思い、視線を向けるが、特に気には止めなかった。
 もう一度、音がした。その後も。またその後も。少し苛立ちを覚えながら、夕映は起き上がり、窓に近づき、開く。

「あ、やっと気付いた! 遅いし!」
「伊織! もう少し小声にしろ」

 伊織が小石を手に持っているのが見えた。自分に気付かせるために小石を窓に当てたのだろうか、と考えてから驚いた。

「ど、どうして……私の家を知ってるの?」
「さっきつけてきた」
「……ストーカー?」

 伊織の言葉に「ストーカー」という言葉で返し、伊織の顔を硬直させる。それを見て、夕映ははじめて、表情を崩した。口角を上げ、優しい笑みを浮かべる。
 その顔に二人は見とれてしまった。夕映はそんな二人には気付かず、声をかける。

「音を立てないように、上がってきて」

 そう言ってから、窓を全開に開いた。
 伊織と響はゆっくりと部屋に入った。
 部屋を見て、夕映は「お嬢様」なのだろうかと疑った。広くて、新品の物ばかりだったからだ。
 夕映は大きなテーブルの前にクッションを敷き、座るように視線を送る。二人は自然に座る。
 
「……で、君達は何をしにここに来たの?」
「夕映のことを知りたくて、かな」

 夕映は響の言葉に困惑しながらも、言葉を続けた。

「私のことなんてつまらないことばっかりだよ」
「じゃあさ、俺等の質問に答えてよ」

 伊織が、言ったことに夕映は頷いた。「どうぞ」という風にうながした。

「まずさ、夕映は何で外に出ないの?」

 伊織の質問に夕映は固まった。響が夕映に見えないように伊織の背中を抓る。痛みに容赦がなかった。伊織は少し泣きそうな表情してから、自分の質問にデリカシーがなかったことに気付き、冷や汗を流した。
 響の心配とは裏腹に夕映は穏やかに切りだした。

「私は母子家庭だから、あの人は私しかいないんだよ。私を、自分の『所有物』にしておきたいんだと思う。だから、私、あんまり外に出たことがないの。二人が私を見たことなかったのも当然。今日は、はじめて抜け出してきたの」

 淡々と説明する夕映は九歳の子供とは思えなかった。
 そして、母親のことを「あの人」と呼んでいる。偏った愛情をいらないと一括するように。

「夕映は……外に出たくはないの?」

 響が問う。夕映は無表情で答えた。

「一度出ると、ここに戻ってきたくなくなるから」

 それは、遠まわしだが、「出たい」という気持ちが伝わってきた。響は思った。これが、夕映の「脆さ」だと。自分の気持ちを「理由」で隠している。

「それでいいじゃん」

 能天気な声が聞こえた。もちろん伊織だった。
 夕映は呆気にとられたように。響はため息をつきながら伊織を見つめた。

「戻ってこなければいい。俺たちと一緒に居ればいい。お前は、どうしたい?」

 数秒経ってから、夕映は少し泣きそうな表情で。

「——外に出たい」

 伊織は小さな夕映の叫びに手を差し伸ばした。