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Re: 共鳴のプラネット【3/26更新】 ( No.72 )
日時: 2014/03/29 18:50
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

 第8章 素顔

「——ありがとうございました。お疲れ様です」
 
 夕映がスタッフにそう声をかける。何日も続いたレコーディングが完了した。夕映が納得できず、延々と長引いたのだが。

 スタジオを出ると、伊織が缶コーヒーを手に持って出迎えてくれていた。

「お疲れ」

 短い言葉を言いながら、夕映に缶を投げる。器用にキャッチした。少し握りしめて、微かな笑みを浮かべる。

「どうも」

 相変わらず言葉はぶっきらぼうだったが。


 もうすぐ、planetのシングルが発売になる。両A面CDで、どちらも夕映が作詞作曲をした作品だ。ここ最近は徹夜状態で、常に籠っていたが、やっと完成し、今は気楽そうだった。
 その間は伊織も響も夕映の制作に何も口出ししなかった。夕映は、一人で大丈夫だと信じていたから。



「おかえり」

 家に着くと、響が温かく出迎えてくれた。家で昼食を作っていてくれていたようだ。美味しそうなサンドイッチがテーブルの上に上がっている。

「あ、これ焼いたハム入れたの?」
「そう。そのまま入れるよりいいかなーと思って」

 夕映の言葉に響が嬉しそうに頷く。響は三人の中の誰よりも料理が上手い。というより、家事全般はすべて出来る。女子力の高い男だ。


 
 そんな気楽な生活は終わり、ついにやってきたこの日。
 今日は、日本で一番有名な音楽番組の収録だった。planetはシングルの二曲をメドレーで歌う。
 夕映の母親が、舞台袖で見ているのだ。夕映本人が会社に許可を取り、母を招いた。
 夕映は、自分の思いを聞いてほしかった。今の思いを。吐き出すような歌詞とメロディーを。

 観客の歓声とMCの声がハッキリと聞こえる。
 順々にアーティストたちが歌っていく。planetの出番が近づく。夕映は珍しく緊張していた。落ち着かせるように、伊織と響が優しく微笑んだ。それに習うように、夕映も気持ちを落ち着かせ、フードを深くした。

「続いては、planetでスペシャルメドレーです! ギターボーカル、Yueが作詞作曲を手掛けた楽曲、『月の下で』『この声を』」

 夕映がスタンドマイクを持つ。覚悟を決めるように前奏が始まった。


 一人の夜 
 無力な僕は
 そっとコーヒーを飲んだ

 眠れぬ夜
 そうなるようにと
 苦い時間を過ごした

 一人が怖くて
 愛してほしくて
 声をからして叫んだ

「孤独から抜け出したい」
 そんな祈り 届くわけがない
 誰か見守ってほしい
 孤独な月が哀れむ様に
 僕を見つめていた

「縛られている僕」には
 何も出来ず 何も意味がない
 誰か助けに来てくれ
 孤独な月が慰める程
 僕は弱いのかな


 それは、伊織と響に助けられる前の悲痛な夕映の叫び。伸ばす先には何もなくて、見据える先にも何もなくて、ただ呆然と母の言うことを聞いているだけのセカイ。

 一度、音楽が途切れ、アップテンポな前奏が始まる。 
 それは、夕映の「イマ」の曲。


 涙の夜に電話をくれるような
 親しい人はいない
 それは自分のせい
 
 
 


 人の温かみを無駄にするように
 意地を張って泣いてた 
 ねぇ ごめんね

 本当は君に見つけてもらえた時
 とても嬉しかったよ

 僕に笑いかける君は
 優しくて綺麗で
 とても愛しかった
「僕の意味」を教えてくれて ありがとう

 
 響く声の中、段々と音が小さくなっていく。夕映が軽く頭を上げた時、衝撃でフードが外れる。伊織と響は焦ったが、夕映は何も動じることはなく、アカペラで最後を飾った。


 僕の声を聞いてくれて ありがとう


 ざわつく観客の声を盛大な拍手が鳴る。
 夕映はフードを被ることはなく、そのままplanetは深々と礼をして、退場した。