コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ▼ ( No.97 )
- 日時: 2014/03/26 20:30
- 名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: qNIh9ax1)
それは私の幼い頃の記憶。
当時私はそれはそれは可愛らしい五歳の女の子。近くの河原でザリガニを捕まえたり、公園でセミやカマキリを捕まえては逃がすという遊びをしていた女の子だった。
そういう遊びをしている時にいつも一緒に居る人が居た。近所の八百屋さんに住む十二歳年上のお兄ちゃん。当時お兄ちゃんは高校生。高校生が五歳児の遊びに付き合うのは面倒だっただろうに。しかし私の記憶の中のお兄ちゃんはいつもニコニコと笑顔で、優しかった。そんなお兄ちゃんが私は大好きだった。本当に。本当に。思えば初恋の人だったのかもしれない。子供ながらに、大きくなったらお兄ちゃんと結婚したい、なんて思っていたりもした。
けれど、別れは突然訪れた。
六歳の春、私は親の仕事の関係で海外へ引っ越す事になってしまった。元々この町にも親の仕事の関係で引っ越してきたし、いつかまた引っ越すという話も聞いていた。私の中では遠くても日本国内の範囲だろうと思っていたのだから、海外に引っ越すと聞いた時は凄く驚いた。そして一番最初に思った事——お兄ちゃんに逢えなくなる。
最後の別れの日は今でも覚えている。お兄ちゃんと別れたくない気持ちが溢れて盛大に泣きじゃくっていた。「お兄ちゃんのお嫁さんになるの!」と大声で泣く私の頭を撫でながら、お兄ちゃんはこう言ったのだ。
『また会えるよ。大きくなってもまだ俺の事が好きだったらおいで。そしたら結婚しようね』
▽ ▲
「着いたわ」
あれから十五年という年月が過ぎた。私とした事が、干支が一周とちょっとも回ってしまった。
海外へ引っ越してからは色々あった。お父さんが仕事先で大成功を収めて今ではちょっとした小金持ちに。私は名の知れた学校に入学し、今年卒業した。本来ならば海外で職を探すのだが、そんな考えは私の中には無い。
私の就職先はただ一つ。お兄ちゃんのお嫁さん。
今でもお兄ちゃんの事は大好きだ。今まで他の男性に交際を迫られた事もあったけれど、全て断っていた。このかた生まれて二十一年、彼氏はいない。
就職する年齢になり、飛び出すかの様に日本へ、この町へ来てしまったのだが不安な事がある。別れてから一切連絡を取っていないため、もしかするとお兄ちゃんはもう結婚しているのかもしれない。もうこの町に居ないのかもしれない。そんな不安が着いてから過る。しまった。けれどそんな事を考えている場合ではない。来てしまったからには仕様が無い。私は近所の人に訊いてみる事にした。
「八百屋の息子さんなら後を継いで今でも働いているよ」
何人かに訊きまわり漸く手に入れた情報。嬉し過ぎて急いでお礼を言い、八百屋へ向かう。継いだんだ、まだこの町に居るんだ。そう思うと向かう足取りがだんだん速くなっていく。
数十分歩くとそこは見慣れた景色。そこには記憶にある建物よりちょっと古びたが、変わらない八百屋が見えた。人の気配はしない。前に立つと心臓が破裂しそうな位バクバクと動悸を打つ。覚悟を決めて声を掛けた。
「ごめん下さーい」
……返事が無い。もう一度声を掛けようと口を開こうとすると、中から「はーい」という声が聞こえた。
「はい、いらっしゃいませ。今日も新鮮な野菜が入ってるよ」
聞き覚えのある声。前よりかは低くなったが、優しい声や口調は変わっていなかった。お兄ちゃんだ。目の前に居るお兄ちゃんは十五年前と変わらない笑顔で私を見ている。ちょっと目尻に皺が出来ていて、雰囲気も更に落ち着いていて、十五年という年月を物語っていた。
「えっと? 何にします?」
お兄ちゃんは暫く固まっていた私を不思議がる様に声を掛ける。違うの、買いに来たんじゃないの。貴方に逢いに来たの。
「……お久し振り、です」
声が震えていたけど気にする余裕も無かった。久し振り過ぎてぎこちない。お兄ちゃんは私の事は覚えていないのか、誰だろうと考える顔をしている。そりゃあ覚えている筈ないわよね。私は駄目元で名乗った。
「あの、私、昔貴方にお世話になってた者で……海外に引っ越した——」
「えっあっ、な、菜月ちゃん!?」
「はっはいっ、菜月ですっ」
覚えていてくれたんだ。お兄ちゃんの口から私の名前が出た時、物凄く嬉しかった。お兄ちゃんは目を見開いて驚いている。まさか私が帰ってきているなんて思いもしなかったのだろう。しかし次には笑顔になり、私の頭を撫でながらこう言った。
「おかえり、菜月ちゃん」
私の好きな笑顔、頭を撫でる行為。そして“おかえり”という言葉。やっとお兄ちゃんに逢えた私は胸が熱くなり、涙を流してしまった。私の涙を見ると撫でていた手を止め、「どうしたの?」と訊いてくる。その声が優しい。
「あのっ昔約束した事覚えてます、か?」
覚えている筈無い。昔の約束だし、その約束も私を泣き止ます為に言った約束。だから覚えている筈は無いだろう。けれどお兄ちゃんは笑顔で言う。
「覚えてるよ」
「っ、貴方は『大きくなってもまだ俺の事が好きだったらおいで』って言いましたよね。それであの、私、まだ貴方の事が好きで——」
嬉し過ぎて思い切って想いを言ってしまった。するとその事を聞いたお兄ちゃんは私を優しく抱き締めた。
「ありがとう、俺をずっと好きでいてくれて。あの約束はね、ぶっちゃけちゃうと、菜月ちゃんが泣き止まなくてどうして良いか分からなかった時に咄嗟に出た言葉なんだ。けどね、菜月ちゃんが引っ越していって、当たり前に過ぎていた日常がつまらなくなったんだ。その時、ずっと妹だと思って接していた君の事が愛しく思えた。もう君は居ないのにね。俺も、昔の事だし小さかったから菜月ちゃん覚えてないんじゃないかって、もう帰って来ないんじゃないかって思ってた。けど今こうして俺の前に逢いに来てくれた。——ありがとう菜月ちゃん。俺も好きだよ」
お兄ちゃんは右手で私の涙を拭い、そしてその手を私の頬に添え優しく唇にキスをした。
「ねえ菜月ちゃん。その“貴方”って他人行儀な呼び方やめない? 俺の名前分かるよね?」
「はい——要、さん」
要さんはもう一度私にキスをし、店の奥へと誘(いざな)っていった。
■ 十五年目の約束
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郭様から名前『要(かなめ)』を頂きました。
引越しとバイトが忙しくて大変な状態です。
引越し完了したら暫くネットが繋げられないので、更新stopしてしまうかもしれません。
早め早めに何とかしますが……気長にお待ち下さい^^
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