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- Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】 ( No.7 )
- 日時: 2014/03/26 15:06
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
「紅い印」
里倉美紅、26歳。市立高校の養護教諭の私。青春したいお年頃……とは言えない年齢になってしまったが、絶賛結婚相手探し中である。
「美紅先生、さようならー」
「はい、さよなら。気をつけて帰るのよ」
女子生徒3人グループの子たちが、すれ違いざまに声をかけてくれる。女の子だけ、とか男の子だけ、とかならいいが、これがカップルとなると「高校生のくせに」という大人げないことを思ってしまうことも多々ある。
そんなことを心の中で考えながら保健室の扉を開ける。そこに、一人の男子生徒の姿があった。背中を向けていて顔は見えない。声をかけようとしたが、それより先に彼が振り向く。
「あ、すみません、先生。勝手に入っちゃいました」
そう言ったのは松木卓也。可愛らしい顔で女子に人気の生徒だ。抱えていた資料を置き、「いいのよ」と声をかける。
彼は左手に絆創膏を持ち、血が滴る右手に貼り付けようとしていた。まだ開封前だった。
「待って。私がやるわ。利き手じゃないとやりにくいでしょう?」
「え、いや……じゃあ、お願いします」
最初は遠慮されたが、笑顔でお願いされた。つい私も可愛いと思ってしまう。魔性の笑顔だな、と思った。
話を聞くと、カッターで指を切ってしまったらしい。もっとはやく戻って来れば良かったな、と思った。
「先生、話聞いてくれますか?」
「ええ、いいわよ」
椅子に座りながら答える。妙に真剣な声のトーンだったため、松木君から受け取った絆創膏を持ち、彼に目線を合わせる。
「好きです」
言われた4文字の言葉。私は数秒してから彼から視線を離して、絆創膏に視線を移した。全く、今の若者は軽々しくこんな言葉を使って……。世の中は随分と軽くなったものだ。
「大人をからかわないの」
そう言って、「指を見せて」と言う。彼は黙って右手を差し出す。指に絆創膏を巻きつけようとしたその時、急に身体が持っていかれた。
「何してっ……痛っ」
首筋にか細い痛みが走る。一瞬だけの痛みだった。髪の毛に異変を感じた。私の首元に松木君の頭がある。松木君の左手が私の髪を止めているゴムとピンを器用に外していた。髪の毛が外れ、重く感じた時、力が抜かれ、身体を離した。
反射的に首元に手を伸ばす。多分、きっとこれは——
「ごめんね、俺、左利きなんだ」
少し楽しそうな笑みを浮かべながら松木君は言った。
私は驚きで声も出ない。
松木君は言葉を続ける。
「先生、生徒だからって油断してると、痛い目見るよ?」
そう言って、立ち上がった彼は保健室を出て行った。
すぐさま、手鏡を手に取る。首筋には、赤い小さなマークがあった。 彼が付けたマーク。触れると、少しだけ痛みがあった。
「……何なの、あの子……」
そう呟きながら、「嫌じゃない」と気付いてしまった自分。
ああ、どうすればいい?
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*里倉美紅 Miku Satokura
*松木卓也 Takuya Matuki
保健室って色んな恋が生まれるよねって思いながら書いた話。
保健室の話はまた書きたいなあ。