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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】 ( No.121 )
日時: 2015/05/31 10:37
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「恋とか愛とか執事とか〜After Story〜」


「美鶴、お願いだよー」
「行かないって言ったでしょ! 一回だけって約束だったじゃない」
「だって格好いい人見つけちゃったし」

 友人の眞由美が私の腕を引いて、執事喫茶「For you」の前で立ち止まらせようとする。私は全力で腕を離そうとするが、眞由美の執念が力に出ているのかなかなか離れてくれない。

「ね、お願い! 私の奢りだから! 美鶴、美味しいケーキ好きでしょ?」
「美味しいケーキはカフェで食べたいです」
「ここだってカフェだよ!」

 ケーキ好きの私の気を引かせようとする眞由美のねだる顔が必死すぎてちょっと笑う。眞由美の彼氏の将也君にも是非伝えておきたい。そんなことを考えながら私たちはまだ右往左往している。その時、いきなり目の前の曇りガラスの扉が開く。あ、と思った時には時すでに遅し。

「お嬢様方“For you”にお越しですか?」

 眞由美が即答したのは言うまでもない。

「ご来店ありがとうございます。本日のお勧めはこちらとなっております」

 そう言いながら茶髪の妙に大人っぽい店員の青年——伊藤良平は嘘らしい笑顔を浮かべながら季節のお勧めメニューを見せた。

「じゃあ、私は季節のプレートをお願いします。美鶴は?」
「……季節のプレートとコーヒーアフォガートとベリーベリーパフェ」
「……そんな?」
「うん」

 伊藤さんは私を見つめて楽しそうに言った。

「甘いものお好きなんですね」
「……悪いですか」
「いえ、可愛いなあと思って」

 眞由美が小さく、わあと漏らす。私は構わず「どうも」と答えた。彼が去った後、眞由美が顔を赤くしながら興奮気味に話す。

「あの伊藤さんって人すごく格好良くない?」
「そう?」
「うん! めっちゃタイプ」

 眞由美には言えないが、彼とは少しだけこの世界の外で会話する機会があった。
 前回この喫茶店に来た時に、携帯を忘れて置いて行ってしまった。一度店に戻り、その時に対応してくれたのが伊藤さんだった。しかし、彼は執事喫茶の外では甘い笑顔も言葉も崩れ、簡単にスキンシップを図る最低な男だった。それなのに、少しだけときめいてしまった自分がいることが悔しくて仕方がない。
 思い出さないようにしていたのに、ここに来ると必ず思い出してしまうあの視線。熱を帯びた視線に侵されそうになるのだ。

「美鶴、店員さん来るよ」
「え、あ……」

 視線をずらすと、伊藤さんがプレートやらを運んできてくれるのが見えた。

「お待たせしました、季節のプレートとベリーベリーパフェです。アフォガートはもう少々お待ち下さい」

 彼がプレートを眞由美の前に置いたとき、テーブルの上に置いてあった眞由美の手と彼の手が微かに触れた。反射的になのか眞由美が少し頬を染めながら手を素早く退ける。

「あ、ご、ごめんなさい」
「いえ、申し訳ございません……綺麗な手ですね」
「え?」
「白くて真っ直ぐでしなやか——綺麗な女性の手です」

 そう笑顔を向けられながら言われ、眞由美が手を摩り、照れ笑いを浮かべながらそうですか? と嬉しそうに返す。
 何だろう“執事”だから当然なのに、何故か少しだけ胸がもやもやする。始まった何かをすぐに止めるようなじれったさを持ち合わせながら。笑い合う二人を見て、私は自然に立ち上がっていた。 

「美鶴? どうしたの?」
「ごめん、何か気分悪くなったから外の空気吸ってくる」

 力が抜けたような身体で歩き出そうとすると、伊藤さんが前に立つ。

「大丈夫ですか、お嬢様。医務室までお連れしま——」

 彼が差し伸べた手を、私は反射的に振り払っていた。はっとして、咄嗟に謝る。彼の顔を見れないまま私は外へ向かった。


 喫茶に隣接するドーナツ屋との間に入ると、長い溜息が漏れる。「らしくないな」と思いながら両手で顔を覆う。
 これじゃ、私があの人を好きで眞由美に嫉妬してるみたいだと客観的に思ってからすぐにその考えを理性で否定する。そもそも、眞由美の伊藤さんに対する「好き」は遊びで、彼氏の将也君がいる。それなのに、何でこんな気持ちになるのだろう。

「あれ、君、良平のお気に入りの子だよね?」

 執事の格好をした青年が声をかけてきた。休憩中なのか、ラフな口調だ。ここの執事は店の外だと皆こうなのかと思いながら私はそちらを向いた。彼は表情の読めない笑顔を浮かべながら近づいてきた。

「まあ、俺たちの“お気に入り”なんて顔だけで選んだ一瞬の相手だけど」

 黙っていると、彼はお構いなしに言葉を続けた。

「たまにいるんだよねー、本気だと勘違いしちゃう女。でもまあ、君はサッパリしてそうだもんね。顔も綺麗だし良平が気に入るのも分かるなあ」

 喧嘩を売っているのか、忠告しているのか、よく分からない。だけど、そりの合わない人だと直感的に感じた。

「用がないなら、戻ります」
「待ってよ、俺とも遊ばない? 良平なんて腹黒ですぐに手出すし、俺の方がいいと思うよ」
「……私は伊藤さんとも貴方とも関係を持ちませんので」
「つれないなー、ま、そういう子ほど無理やり欲しくなるんだけどね」

 彼が私の身体を引き寄せる。一瞬のことで振り払うタイミングを逃してしまった。抵抗しても彼は身体を離してくれない。

「は、なしてっ……!」

 そう声を振り絞った瞬間、いきなり身体が違う方向へ引っ張られる。見上げると、鬼の形相で私の身体を守るように抱く伊藤さんがいた。

「人のモノに手出してんじゃねーよ」

 名前を知らない彼は、舌打ちをして店に戻って行った。私は伊藤さんから身体を離し、頭を下げた。情けないがまだ両手が少し震えていた。

「助けてくれてありがとうございました。でも、私は貴方のモノではありません。早く店に戻って下さい」
「……そんな震えて何言ってんの?」

 そう言いながら、伊藤さんは私の身体をそっと抱き締めた。心臓の鼓動が速くなるが、私は冷静に考えた。もやもやとした気持ちを持って。

「こうやって、どの女の子にもするんですか」
「は?」

 心底驚いたような声を聞いて、我に帰る。何を言ってるんだ。

「ふーん? アンタ、ヤキモチ焼いてんの?」
「ち、違います!」
「安心しろよ。お前以外の女にこんなことしないから」

 意地の悪い笑みを浮かべる伊藤さんの顔が私の耳に近付く。唇が触れそうな距離で。

「——好きって言えよ、美鶴」

 ずるい人だ。どうしてこんな人を——

「……好きです」

 瞬間、思い切り抱き締められる。抱き締め返そうと手を回そうとした時——

「あーやっと堂々と手出せるわ」
「……はい?」
「覚悟しろよ? お前にしかしないこと、たくさんしてやるから」
「……?!」

 恋とか愛とか執事とか、本当に面倒臭い。それに飲まれた私も、面倒臭い。



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*佐々美鶴 Mitsuru Sasa
*伊藤良平 Ryohe Ito

「恋とか愛とか執事とか」のAfterstoryでした!
 美鶴はすごく書きやすいキャラです。 
 良平は冷静な美鶴が自分の行動で真っ赤になるのがお気に入りなのだと思います笑


 Afterstory前はこちら 
 「恋とか愛とか執事とか」>>42