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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【4/4更新】 ( No.25 )
日時: 2014/04/08 17:05
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「銀の狐」

 ……油断、した。
 森から少し出たら、村の人間に弓を打たれた。人間などに不意打ちをかけられてしまったのだ。身体中に弓矢を打たれ、血が流れてくる。なんとかして森の奥まで逃げ隠れたが、いつまた襲ってくるか分からない。
 がさがさっと音がした。草をかき分ける音だ。
 ここまでか、と思った。愚かな俺は人間などという醜い生き物に殺されてしまうのだ。

「銀色の狐……」

 凜と響き渡るような声が聞こえた。もう意識も朦朧とする。

「アヤカシか……」

 高い、女の声だった。足跡が近づいてくる。今の自分には抵抗する力はない。
 俺の人生は、ここで終止符が打たれるのだ。

「そんなに脅えるな。私はお前を殺したりはしない」

 思ってもいなかった言葉だった。
 この女に最期を見られて逝くのだ、そう思っていたのに。

「その身体に刺さる弓矢……村の奴らに討たれたのか」

 問いかけられたが、声を発する気力さえなかった。
 強い意志を感じる静かなその声は、何故か俺を安心させた。
 しかし、この村に住んでいるのであろう女は村の人間のを「奴ら」と言った。

「声を発することさえ出来ない程、衰弱しているのか。待っていろ。今すぐに手当てしてやる」

 女は俺の傷口に手をかざす。
 女が手をかざした辺りから、銀色の光が放っているのが少しだけ見えた。
 
 そのまま時間が経過すると、俺は徐々に回復していった。もう、話せる程度の力は戻ったであろう。
 女はずっと俺の傍に居続けている。必死な表情で少しの汗を流しながら、傷口に手をかざし続けている。
 なぜ、人間がアヤカシを助けるのか。

「……女、何故、俺を助ける」
 
 女ははっと顔を上げ、こちらを見つめる。目と目が合った。初めて女の顔をじっと見つめた。
 赤紫の艶やかな髪に紫色の瞳。服は赤と白で足首まで隠れていた。

「醜い、人間のくせに……! アヤカシを抹消しようとする人間のくせに……!」
「——人間が嫌いか」
「愚問だな。ああ、嫌いだ」

 女は一瞬、自嘲するように笑い、静かに述べた。

「それでいい。私たち人間は、アヤカシに好まれるようなことはしていないのだから」

 女は立ち上がり、微笑んだ。

「お前のことは見なかったことにしてやる。だから早く行け。もう自由に動けるはずだ」

 そう言われて、初めて気付く。傷口がすべて塞がっていることに。

「お前は何者だ。人間のくせにアヤカシを庇うのか」
「庇ったわけではない。私は私の好きなように動いただけだ」

 必死になっていたくせに。
 俺は随分と軽くなったように感じる銀色の身体を起きあがらせ、女に背を向ける。

「……最後に聞いておこう。お前の名は、何と申す」
「……紫楼、だ」
「シツキか。一応、覚えておいてやろう」

 その場を去ろうとした時、女の声がした。

「覚えておいてくれ、銀色の狐よ。人間は愚かな者もいるが、そればかりではないということを」

 聞こえてはいたが、反応はせずに、俺は勢いよく森の中へ入った。

 人間なんて、人間なんて、愚かで醜い。
 なのに、そんな人間に助けられてしまった。

 ——シツキ。

 俺は、邪念を振り払うように深い深い森の奥へと入った。



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*紫楼 Shitsuki
*銀色の狐 Silver fox


 長編にしようかと思ったけど、ボツった作品。
 紫楼みたいな男性の話し方をする女性が好きです笑
 いつか、長編でも挑戦してみたいです。