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- Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【4/19更新】 ( No.37 )
- 日時: 2014/04/22 16:03
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: bIAXyXLC)
「心の中で叫んでる」
「それ」を口に出すことはとても難しいことで、口に出してしまったらすべてが崩れていくのだと思う。
「あ、貴史! こっちこっち」
「詩緒……こんな時間に呼びだすなよ」
詩緒から「今から貴史の家から一番近い公園に行くから来て!」というメールが届いたのは今から五分前。こんな時間、というのは現在二三時。補導される時間である。
「ごめんね。だって、貴史なら来てくれると思って」
詩緒に申し訳ないという気持ちはきっとない。「貴史なら」なんて言葉を言うな。そんな言葉で俺を利用するな。そう言ってやりたいのに、結局俺は詩緒の隣に黙って腰をおろしてしまう。
公園のすぐ近くのコンビニの袋が詩緒の前にあった。何も言わずに袋の中を探ると、そこにはコーラが二本と板チョコ二枚。
どうして、あえて板チョコをチョイスするのだろう。
「ねえ、話、聞いてくれる?」
俺の手からコーラを取って、一本を俺に渡しながら聞いてくる。俺は「サンキュ」と小さく言って、頷いた。コーラのキャップを捻る。
「振られちゃった、先輩に」
大きな音を立てながら、コーラが喉の奥に流れ込んだ。
「ごめん、そんなに驚くとは思ってなかった」
俺のコーラを飲み込む音を聞いたからだろう。詩緒は抑揚のない声で告げた。
「告白したの?」
「うん、今日の昼休みに」
先輩、というのは俺が所属するバスケ部の先輩であり、詩緒がマネージャーを務めるバスケ部の先輩だ。
詩緒は自嘲するように笑いながら言った。
「『相原のことは大事だけど、恋愛対象としては見れない』って言われたの。 ひどくない? 振るなら、しっかり嫌いって言われた方が良かったのに」
先輩は優しくて、学校中の人気者だ。だから、優しく断ってしまう。それは、詩緒にとっては嫌で嫌で仕方がなかったのだろう。
「それにね、『相原のことをもっと大事にしてくれる男が近くに居るよ』なんて言うの」
少しだけ、動揺が顔を出した。
先輩は、きっと俺のことを言ったのであろう。
「でも、私は先輩以外を想えないのに。先輩じゃなきゃ嫌なのに、何でそんなこと言うのかなあ……」
暗くてよく見えなかったけれど、詩緒の目には大粒の玉が光っていた。
「……今は、先輩のことだけ考えていればいいよ。いつか、詩緒が先輩以上に好きだって思える人が現れるまでは」
詩緒の心には届かないであろう上辺だけの言葉を並べて、俺はそっと板チョコを手にした。もう一つの板チョコを詩緒に渡しながら。
「……ありがとう」
詩緒は板チョコを手に取り、微笑みながら言った。
先輩を想って泣く君はとても綺麗で、俺は心の中で叫んでいた。決して口に出すことは出来ない「それ」を。
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*吉岡貴史 Takahumi Yoshioka
*相原詩緒 Shio Aihara
きっと、これは貴史目線で書いても詩緒目線で書いても切なくなっただろうな、と思います。
読者様の前でこんなことを言うのもどうかとは思うのですが、この二人は両想いになることはない、と心の中に決めています。