コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【4/25更新】 ( No.42 )
日時: 2014/05/05 16:54
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

 「恋とか愛とか執事とか」

 恋とか愛とかそんなものに興味はない。
 好きな人の言動、行動にいちいち反応している時間なんて私には存在しないのだから。

「ねえ、お願い美鶴!」
「嫌だよ面倒臭い!」

 大学からの帰り道、隣を歩く志田眞由美が両手を合わせながら私に懇願してきているのは何故か。簡単に言うと「執事喫茶に行くことに付き合って」ということだった。最近、駅の近くに新しい執事喫茶が出来た。私の周りにも行ったという女の子たちがたくさんいる。
 しかし、そんな馬鹿臭いことをするより、私は早く家に帰ってネットで新作ケーキを出す店を模索したい。

「他の子と行けばいいじゃん。そういうの好きな女子いるんじゃないの?」
「だって、本当に執事喫茶の店員さんに恋しちゃいそうな勢いなんだもん。私はただの遊びの一環として行きたいの! 美鶴なら恋に落ちたりなんてしないでしょ?」
「どうして表面上しか見えない店員に恋するのよ……」

 不思議で仕方がない。愛想笑いを浮かべて、心にも思っていない「可愛い」やら「綺麗だよ」といった言葉を並べる嘘臭い男のどこが良いのか私には全く理解できなかった。

「今回だけだから! それに、あそこのケーキすごく美味しいって評判なんだよ? 私のおごりだから、ね?」

「美味しいケーキ」と「眞由美のおごり」という言葉に惹かれてしまう。眞由美は私の前に立ちはだかり、「お願い!」と全力で両手を合わせた。
 私は一度ため息をついてから、そっと歩き出した。

「眞由美のおごりだからね?」
「あ、ありがとう! 美鶴大好き!」
「ちゃんと眞由美の彼氏にも伝えておくから」
「う、将也には言わないでー!」

 そんなことを笑って言い合いながら私達は執事喫茶「For you」に向かった。

 
 緊張した表情で、先程から深呼吸ばかりして扉のドアノブ掴んだままを開けることが出来ない眞由美を私は背中を押して無理やり中へ押し込んだ。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 入った瞬間、笑顔で迎えてくれる茶髪の青年。私は、こういう嘘臭い笑顔が嫌いで遠慮したのに、結局見るはめになってしまった。
 席に案内され、メニューを何にするか聞かれた。あたふたする眞由美を見て、私は勝手に「本日のおすすめセット、2つ」とさっさと頼む。

「かしこまりました」

 そう言いながら青年は微かに笑った。私も苦笑いを返した。
 青年が去ると、眞由美は私を拗ねたような顔で見ながら小さな声で言ってきた。

「……美鶴、来たことあるでしょ。何でそんなに普通でいられるの?」
「だって、私達は『客』だもの。堂々として当然でしょ」

 私は無料で配られている薔薇をあしらったカップに注がれた紅茶を飲みながら告げる。

 その後も滞在したものの、行きたいと言った当の本人は緊張してほとんど店員と話すことが出来ず、帰りはずっと後悔の念しか述べていなかった。

 眞由美と別れて自宅へ戻り、鍵を開けようとバッグを探り、携帯がないことに気付いた。

「嘘でしょ……」

 きっと、喫茶に置いてきてしまったのだろう。店内に入る前に携帯で時刻を確認したのを覚えているからだ。
 面倒臭い、と思いながら私はもう一度戻った。
 店内に入り、先程来た時、相手をしてもらった茶髪の店員に尋ねる。

「ああ、お預かりしていますよ。外でお待ちいただけますか?」
「え、はい……」

 どうしてわざわざ外で待たせるのか分からぬまま私は言われた通り外に出る。
 すぐに店員が出てきた。

「あーかったりい」
「……は?」

 先程まで愛想笑いを浮かべていた店員は外に出た途端、口調が悪くなる。

「ああ、携帯? たく、面倒臭いんだから忘れんなよなー」

 そう言いながら彼はぶっきら棒に私に携帯を渡す。若干イライラするが、お礼を言わないわけにはいかない。

「すみません。どうもありがとうございました」
「もっと感情込めて言えよな」

 あんたに言われたくない、とは口にせず、笑顔を見せた。すぐさまこの場から立ち去りたい。

「で、誰がお気に入りだった? ミツルちゃん?」
「……何で私の名前」
「今日来た客の名前くらい全員覚えてるよ」

 少し驚いたが、すぐさま自分で答えを出した。

「私の携帯、確認のために見たんじゃないですか? その時にでも名前なんていくらでも見れますよね。私が座っていた席に置いてあったのなら、顔も一致するし」
「ばれたか。そうだよ、あんたの名前は『佐々美鶴』ちゃん、でしょ?」

 こんな奴にフルネームを知られたかと思うと腹が立って仕様がない。

「最悪……」
「は? 聞こえてるけど」

 小声で言ったつもりだったが、聞こえてしまったらしい。この地獄耳めが。

「何で貴方みたいな人に渡されないといけないのでしょうか。他の店員の方が良かったです」
「——それは聞き捨てならないなあ」

 彼はそう言うと、店と横のドーナツ屋の間に私を連れ込み、壁に身体を押し付けられた。彼を見上げると、意地悪い笑みを浮かべていた。

「何で俺なのかって、そんなの、あんたのことずっと見ていたからに決まってるじゃん」
「え……」

 少し動揺すると、彼の顔がぐっと近くに寄る。少し動くと触れそうなくらいお互いの顔が近くにある。

「顔、赤いけど?」
「そんなことな……」

 反射的に顔を隠そうと腕を持っていくが、その腕は彼に掴まれて身動きできなくなってしまう。身動き出来ない状況で彼に顔をまじまじと見られる。

「店に来た時から可愛いなって思ってた。初めてなのに、全然店員に動じないから、俺が落としたいって思ったんだ」

 視線が私を追ってくる。目を瞑ることは出来なくて、視線を逸らすと彼も視線で追ってくる。
 まるで視線に犯されいるようだった。少しずつ、息が荒くなっていく。

「ねえ、いいこと教えてあげようか」
「何を……」

 そう言ったかと思うと、彼は不敵な笑みを浮かべながら自信たっぷりに言った。

「絶対俺に堕ちるよ、美鶴」

 言われた瞬間、心臓が大きく高鳴った。それは、自分でも「そうかもしれない」と納得してしまったからであろうか。

 手を離され、彼は何事も無かったかのように店に戻っていった。
 急に力が抜け、その場に座り込んでしまう。本当は立っているだけでもやっとだった。

「何なのよ……」

 そう呟きながら返された携帯を確認すると、新しく「伊藤良平」というアドレスが登録されていた。

「な、何を勝手にやって、」

 そう言いながらも、少しだけ喜んでしまっている自分に気付いて、顔が赤くなるのが分かる。
 左手で右手首を掴む。
 まだ、そこには彼の熱が残っている気がした。



**********
*佐々美鶴 Mitsuru Sasa
*伊藤良平 Ryohe Ito
*志田眞由美 Mayumi Shida

 皆さんは執事喫茶とか行ったことありますか?
 本来は予約制が多いようですが、今回は予約制の店ではない、ということにしました。

 最近は少し暗めの物語が続いていたので、久しぶりに妄想爆発させることが出来て楽しかったです笑