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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【4/28更新】 ( No.48 )
日時: 2014/05/05 15:00
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「おやすみ、僕の仔猫」

 決められたことを決められた時間にやる。ただそれだけの生活は刺激が足りない。
 誰かに連れ出してもらえたら。私は迷わずにその手を取るのに。


「有紗ちゃん、気を付けて行って来てね」
「はい。行ってきます、お母さん」

 玄関で母に見送られながら私は扉を開く。学校から帰って来た後は塾へ行く。これが母が決めたルール。私は黙ってそれに従うだけ。
 
 塾に向かって歩いている途中、必ず見かける数人の男の集団がいる。缶ジュースを持って笑い声が絶えない集団だった。母や友達は「あんな人達と関わったらろくなことがない」と言うけれど、私は一度でいいからあんな風に周りの目を気にせずにはしゃいでみたい、と思う。
 
 そんなことを思いながら彼等から目を離すと、身体が急停止した。後ろから誰かに引っ張られたのだと気付いて振り向く。
 そこには、先程まで笑い声を挙げていた集団の中心にいる人物が私の腕を掴んで立っていた。

 茶髪にピアス。私の憧れるモノを持っている人だと感じた。

「あの……何ですか?」
「いや、アンタよく俺等のこと見てるよね。だから、気になって」

 気付かれてた。いつも横目で見ているだけだから気付かれていないと思っていたのに。

「おいおい、日向! ナンパしてんなよ。その子、優等生っぽいじゃん」
「そうだよ。可能性のないナンパは黒歴史になるだけだぞー」

 周りの男の子たちが「ヒュウガ」と呼んだ彼は不敵な笑みを浮かべながら言い返した。

「お前らは相変わらず見る目がないな! この子は優等生の振りしてるだけだって」

 そう言ってから、彼は真っ直ぐ私の目を見つめて口を開いた。

「俺、樹日向って言うんだ。一緒に遊んでみない? きっと喜ぶと思うけど」

 この人が、私を連れ出してくれる人なのかもしれない。思考で考えるよりも早く、本能が彼に連れ出されたい、と思ってしまった。

「……私は羽山有紗。行く、行きたい」

 彼はにやりと笑い、私の手を取って走り出した。

「有紗、ね! 日向って呼べよな。おい、お前らも行くぞ!」
「お、おい待てよ!」
「急すぎるって日向!」

 苦笑いを浮かべながら他の二人も日向の後を追いかけた。塾を初めてサボってしまうことに、ワクワクしている自分がいた。罪悪感なんてものは存在していなかった。



「有紗、ゲーセンとか来たことある?」
「ううん、ない」
「えっ、ないの!? 有紗ちゃん人生損してるよ〜」
「いいじゃん、有紗ちゃんの初めてのゲーセンの相手が俺等で」

 訪れたのはゲームセンターだった。騒がしい音が聞こえて、日向たちの声も聞こえない。
 正己君がカーレースの方を指差す。日向と伸也君も頷いて、そちらへ向かう。私も三人を追いかけた。

 三回勝負を繰り返した。その間ずっと一位だったのは日向。その次が私だった。

「有紗ちゃん、日向に後れを取らないなんて強すぎだろ……」
「そうでもないよ。伸也君と正己君があんまり上手くないだけだと思う」
「ははっ! 有紗言うなあ!」

 そんな風に笑い合う時間が私は初めてだった。すごくドキドキして、ワクワクして、とても幸福な時間だった。

 ゲームセンターから出ると、伸也君と正己君は「他の約束がある」と言って去ってしまった。すごく寂しかった。もっともっと遊びたいという、今までにはない感情だった。

「さて、で、有紗はどうする?」
「私は……もう少しだけ遊びたい」

 そう言うと、日向は急に厳しい顔して私を見つめた。

「もう二十二時だよ。これから遊ぶって……意味、分かって言ってるの?」
「え……」

 そう言われて、私は日向が放った言葉の意味に気付いて、戸惑う。そんなこと、考えたこともなかったから。

「あ、いや、えっと……」

 焦っていると、日向は苦笑いを浮かべながら私の頭をポンと撫でた。顔を上げると、日向は優しく、子供に言うみたいに口に開いた。

「有紗、もう帰りな」 
 
 そう言って、日向までもが私から去っていこうとする。
 お願いだから、私を連れ去ってよ。
 無意識のうちに日向の背中に抱きついていた。

「お、おい有紗……」
「お願い。何をされたっていいの。日向ならいいの。だから、だから……」

 そこまで言うと、日向は私の手を引き、どこかのアパートへと連れて行った。冷静に考えればそこは日向の家なのだろうけど、そんなことを考えている余裕は今の私にはなかった。

 柔らかい白い羽の溜まった場所へと寝かせられる。日向が私を見下ろす形になった。

「……いいのかよ。泣き喚いたってやめてなんかやれない」
「いいよ」

 即答だった。日向なら良いと思ったから。

 日向は私を強く抱きしめた。私はそのぬくもりに包まれながらそっと目を閉じた。自分のすべてを日向に委ねた。



「……おやすみ、仔猫ちゃん」

 
 

 

 目覚めたとき、隣に日向はいなかった。いや、どこにもいなかった。
 携帯電話が震えている。きっと両親からの着信だろう。
 
 捨てられたのかって思った時、何とも言えない絶望感に襲われた。一度だけの関係だったのだと思った。

「馬鹿みたい……」

 そう呟きながら勢い良くバックを手に取る。帰らなきゃ、私の家に。
 その時、チャックが開いていたからだろう、物がすべて外に出てしまう。
 財布や学生証に手を伸ばす。その中に、見たこともない鍵が入っていた。黒猫のストラップが付いた鍵。

「これって……」

 私は急いで着替えて、外へ出る。扉を開いて、閉める。そして、鍵を掛ける。黒猫のストラップが付いた鍵で。カチャリという音が聞こえた。

 つい口角が上がってしまう。
 私は鍵を握りしめて階段を下りる。帰らなきゃ、私の家に。

 会いたい時は会いに来る。合鍵を握りしめながら。




**********
*羽山有紗 Arisa Faneyama
*樹日向 Hyuga Itsuki
*嵯峨伸也 Shinya Saga
*長山正己 Masami Nagayama



 日向みたいな自由な人が好きです。
 有紗は今後も日向に会いに行くのだろうなーと予想してます。