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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【お知らせ更新】 ( No.51 )
日時: 2014/05/17 10:54
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「あなたでいいから」

 あなたでいい。彼じゃなくてもいい。
 そう想う私は、最低な女です。


「——佳那さん!」

 そう名前を呼ばれて、私は一度振り返ろうとも思ったけれど、一瞬にしてその考えを消した。あなたの視界に入らないように駆け出す。だって、あなたはきっと私を慰めてくれるから。そうしたら、私はあなたに甘えてしまうから。
 だけど、私の足で彼から逃げられるわけもなく、追って駆けてきた彼に腕を掴まれる。

「離してっ、宙君!」
「離さない」

 無理やり目を合わされ、宙君の真剣な表情が目に入る。その視線から宙君の想いがひしひしと伝わってくる。それが嫌で、私は俯いた。

「私は……君のお兄さんが好きなの」
「うん、知ってるよ」

 今日の放課後、宙君の兄——木戸海に告白した。結果は「友達でいよう」という言葉だった。告白を終えて、消失気味で歩いていたところを宙君に見られ、名前を呼ばれたのだ。

「俺じゃ、駄目なの?」
 
 宙君が言った。本当は、昔から気付いてる。宙君の気持ちに。知らない振りをしたまま、海を好きなままでいた。

「言ったでしょ? 私は海のことが好きなの」
「それでもいいんだ」

 思ってもいなかった言葉が返ってきて、私は思わず宙君の顔を見てしまう。

「やっとこっち向いた」
「……!」

 宙君のしてやったり、という顔を見て、少しだけ感情が出てしまう。

「宙君にはプライドがないの? 自分の兄を好きな女を好きでいるなんて、無謀すぎるのに!」

 宙君から言葉は発されず、やっと諦めてくれた、と一安心した。しかし、そんな想いは一瞬にして砕け散る。

「俺はいいよ。佳那さんが〝俺でもいい"って思ってくれるなら」

 この人は、どうしてこんなに強いのだろう。
 誰よりも辛い想いをしているのはこの人なのに。
 彼の想いに応えたい——いや、この人に一瞬のぬくもりの為だけに抱きしめてもらいたい、と思ってしまった。

「それなら、宙君でいいから抱きしめて——」

 




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*柊佳那 Kana Hiiragi
*木戸宙 Sora Kido

 
 佳那が本当に最低ですね……
 佳那が駄目な女すぎて、宙が本当に可哀想になりました。