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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【6/25更新】 ( No.62 )
日時: 2014/07/05 20:31
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「海月—かいげつ—」

 海に輝く大きな月が、僕を呼んでいるみたいだから。
 僕も向こうへ行きたい。
 今すぐ君に会いたい。


「——ちょっと! 君、何やってんの!」

 踏み出した一歩。僕の邪魔をするこの声は誰なのだろう。
 僕の身体の半分はもう柵を越えているというのに。

「今からそこで写真撮るの。君が落ちてからの写真なんて心霊写真になりそうで怖いんだけど」

 意味の分からない文句が聞こえる。
 人がいる前で「海に向かう」のはさすがに気が引ける。僕は半分投げ出した身体を元に戻し、一度越えた柵の内側に入った。
 
 声の主の方を見ると、同い年くらいの女の子が月明かりに照らされながら立っていた。手にはフィルムカメラを持っている。長い髪の毛をなびかせながら、こちらに近づいてきた。

「悪いね、邪魔しちゃって」
「はあ」

 そんな言葉をかけられると思わず、間抜けた声が出た。今から海に飛び込もうとしている男を見つけてそんなことを言う人なんて中々存在しないのではないだろうか。

「君さ、先月あたり女の子と一緒にここに居なかった? 今日は一人?」
「……そうですけど。貴方もここに居たんですか?」
「うん。写真撮ってたから」

 そう言いながら彼女はフィルムカメラを僕に見せるように自分の顔の前に持ってくる。
 
「この公園、私のお気に入りだから」

 笑顔を見せながら彼女は言った。
 僕もお気に入りだ、とは言わなかった。正確には、僕とあの人のお気に入りだったから。

「亜依子……」
「え?」

 思わず名前を口に出していたことに驚く。もう、一週間も名前を口にだしていないからか、違和感がした。

「それってこの前一緒にいた女の子のこと?」

 そう問われて、僕は素直に頷く。彼女は黙って僕を見ていた。「話したければ話せばいい。話したくないのなら話さなければいい」と伝わってくる。この辛い想いを、口に出せば少しは軽くなるのだろうか。

「……先週、亜依子——この前一緒にいた子がここで自殺したんです。海に身体を投げ出して。亜依子は僕の恋人でした。それなのに、僕は、亜依子が存在を消した理由が今でも分からない。一人でここに来てみたら、海に映る月に亜依子が見えた……。だから、だから僕も……!」

 言いながら自分が情けなくなる。
 どうして僕は、亜依子がいなくなった理由が分からないのだろう。
 亜依子が傷ついていたのか? それすらも分からない。
 亜依子に聞いたら分かるだろうか。その理由が。

「ふーん……」

 僕の話を聞いても、彼女は動揺しなかった。ただ、適当な合槌をうっただけ。その方が良かったかもしれない。

「ねえ、君の名前何て言うの?」
「……持田海斗、ですけど」

 どうしてそんなことを彼女は聞くのだろう。名前なんてどうでもいいのに。

「海斗君、ね」

 彼女はそう呟いてから空にカメラを向ける。カシャリという音がしたかと思うと、今度はカメラを海に向けて、シャッターを押した。
 
「フィルムカメラって印刷面倒なんだよねー。まあ、いいや」

 ぶつぶつ呟いているが、何と返事をしたらいいのか分からない。

「海に映る月ってさ、“海月”っていうの。月と違って、儚くてふわふわした不安定な存在」

 そう言ってから、彼女は僕を真っ直ぐに見つめた。続きの言葉をゆっくりと紡ぎ始める。

「結局は存在していない幻、なんだよ」

 その瞬間、彼女が何を言いたいのかが分かった。
 僕が海の月に見えたすべてのものを全否定したのだ。

 そんなこと、言われなくても分かっている。
 自分が逃げただけなんだって。

「まあ、どうするかは海斗君しだいだけど」

 彼女はそう言って、僕に背を向ける。僕はその背中に声をかける。

「名前! 自分だけ言わないなんて酷くないですか」
「——あかね、桜庭茜」

 そう答えて彼女は僕に顔を向けることなく、公園を出て行った。


 海に映る月——海月を見つめる。

「どうするかは海斗君しだいだけど」

 彼女の声が脳裏に浮かぶ。

 亜依子、君に会いたい。
 君に会って理由を聞きたい。

 僕は——




**********
*持田海斗 Kaito Mochiduki
*桜庭茜  Akane Sakuraba
*吉田亜依子 Aiko Yoshida

 結末は皆様の自由な解釈をして頂ければ、と。
 ちなみに茜がカメラを持っている理由はあるのですが、物語の進行の都合により登場することが出来ませんでした。
 いつから書けたらな、と思います。