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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】 ( No.64 )
日時: 2014/07/13 21:36
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「隣の彼は」

 隣の家に住む幼馴染の彼は、私の大好きな人です。
 でも、彼は私を愛してはくれないのです。
 だって、彼は——

「原田先生、さようならー」
「さよならー、気を付けて帰れよ」

 先生ですから。

「あれ佐々木、もう委員会終わったぞ。暗くなる前に帰るんだぞ」
「……何で“真央”って呼んでくれないの」
「先生には敬語を使いなさい。俺は生徒のことは名字で呼んでるの」

 そう言うと、司君——原田司先生は私の頭をぽん、と撫でると私にしか聞こえないような声で「また後で」と言った。

 そういうことをするから、諦めきれないんだ。
 おとなしく教室を出た。昇降口で靴を履き、外に出る。家までの道はずっと司先生のことを考えている。
 
 家に入り、私は制服を脱ぎ、部屋着のワンピースに着替える。
 制服を脱いだら、私はもう「生徒」じゃなくなる。無理やりそう思うことにしている。

 2時間ほど経つ頃、玄関が開く音と共に「お邪魔します」と言う声が聞こえた。私は身体を起き上がらせ、階段を下りる。

「司君! 早く早く!」
「分かったから、もう少し待ってて」

 司君が仕方がないな、って顔をして笑う。
 それさえも、愛しく思う。

 司君は私の家の隣の家に住んでいて、幼馴染で高校教師。私の先生。
 だけど、時々こうして勉強を教えに家に来てくれる。
 司君は夕食までの間(司君も食べていく)に教えてくれる。
 そう、今も——

「だから、ここは——って、聞いてる? 真央」
「うん、聞いてるけど……」

 ついつい私は司君の顔を見てしまう。これも、いつもの流れだ。この後だって、決まってる。必ず、私はこの言葉を告げるんだ。

「司君、好き」
「——ありがと。でも、俺は教師で真央は生徒だから」

 いつもこの言葉で私の思いは捨てられる。
 それでも、私は好きなのに。大好きなのに。どうしてこっちを向いてくれないの?

「ねえ、私本気だよ? どうして司君は私を好きになってくれないの……?」

 涙が溢れてきそうだった。泣き顔なんて弱いところ見られたくない。思わず俯いた。

「だから、それは教師と生徒だからだって——」
「違う! 私が知りたいのは司君の気持ちなの! そんな建前捨ててよ……」

 最後の方は声が掠れて、届かなかったかもしれない。
 ぽたぽたと涙が頬を伝う。こんな子供な私だから、愛してはくれないの?

「……だって、真央は生徒だから」

 結局それなんだと思い、余計悲しくなる。
 
「仕方がないだろ。俺がどんな気持ちだろうと、それはいけないことなんだから」
「え……?」

 司君の言った言葉がよく理解出来ず、私は顔を上げた。そこには真剣な表情で私を見つめている司君の瞳があった。

「……ごめんな」

 司君はそう言うと、静かに部屋を出て行った。引きとめる間もなく。引きとめられず。
 下の階から母の声も聞こえた。夕食も食べずに行ってしまったのだから、当然か。

「言い逃げなんて、ずるい……」

 一度走り出したら、もう止まらない。






「はあ……何言ってんだ俺……」
「後悔してるの?」
「はあっ!? ……お前、何して……!」 

 私は司君の部屋のある2階のベランダにいた。私の部屋と向かい合わせになっているそのベランダに行けないことはないのだ。窓越しに聞こえた声に反応する。

 司君がため息をつきながら鍵を開けてくれる。

「あのね、司君は何も悪くないの。だって、私が司君を襲いに来たんだもん」
「真央、いいかげん子供みたいなことは」
「子供でいい。生徒じゃなければ、それでいい」

 司君が目を見開く。
 きっと、世間は「屁理屈だ」と言う。それでも良かった。司君が私を愛してくれるなら。

「お前、今自分が何言っているのか分かってるのか?」
「うん。それに見てよ」

 私はそう言い、自分の胸に手を当てた。

「私、今制服着てないよ」

 そう言うと、司君はふっと笑い、こちらに手を伸ばしてきた。

「おいで」

 待ってました、というように勢いよくその胸に飛び込む。
 いけないとは思いながらも、私は想いを捨てられなかった。
 それでいい、だって今は私は、ただの女なのだから。



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*佐々木真央 Mao Sasaki
*原田司 Tsukasa Harada

 朔良の長編作品「制服は脱ぎ捨てて、今夜、君と。」の原案です。
 キャラクターなどは全く違いますが汗
 真央みたいな突っ走るキャラを書くのはとても楽しいです。