コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】 ( No.65 )
日時: 2014/08/03 14:26
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「優しい嘘なんて」

「別れよう、みちる」

 久しぶりの電話。久しぶりに待ち合わせしたカフェ。久しぶりに二人で歩いた夜の公園。
「好きだ」って久しぶりに言うのだと思った。「寂しくさせてごめん」って。

 それなのに、どうしてそんなことを言うの?


「みちる、そっちの大学で男見つかったんじゃないか? この前一緒に歩いてた男いただろ」
「違うっ、あれはただの友達。私の彼氏は仁だけだもの……」

 最後の方は掠れてしまった。
 上手く息が出来なかった。責めたいのに、出てくる言葉はない。

「そっか……でも、みちる人なら、俺以上の奴を見つけられるよ」

 そんなこと言うなんてずるいのね。
 私に男を見つけさせて、自分を責めないようにするつもり?
 呆れてしまう。そんな男を愛した自分さえも。

「私、何かした?」
「違うんだ。ただ……」

「みちる以上の女を見つけただけ」と続ければいいのに。私を傷つけないようにしているのね。なんて馬鹿な男。なんて馬鹿な私。

「最後に……」

 仁はそう言って、私の頬に手を当てる。私は溢れそうな涙を堪えながら目を瞑る。もう、仁の前で目を瞑ることはないのだな、と思うと、仁の服を強く、強く握りしめる。唇に微かに感じる。それは冷たくてとても儚いものだった。

 顔を離し、仁と目を合わせると、微かな微笑みを残してから私に背を向けた。二度と会うことはないだろう、愛した人。

 私はその場から動けなかった。
 頬に滴る涙を、今度は抑えることはしなかった。

 私を突き放してよ。そんな残酷なキスを残さないで。
 優しい貴方なんて残さないで。嫌いにさせて。

 昨日まで大好きだった優しささえも今は虚しく感じる。


 さよなら、愛していた人。
 さよなら、愛していた自分。
 




**********
*羽川みちる Michiru Hanekawa
*毛利仁 Zin Mouri


 仁みたいな優しい男は振る時さえも優しいのだと思います。
 こちらとしては、それは残酷な行為なのですが。