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- Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】 ( No.71 )
- 日時: 2014/08/29 21:06
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
美亜にもう一度会ってしまい、また走り出した想い。しかし、美亜は何故か京汰を拒絶して走り去ってしまった。残った想いはどうすることも出来ず、京汰は仕方がなく帰路についた。
買ってきた卵を母に渡して、京汰は縁側にて考え事をする。頭から離れないのは美亜の苦虫を潰したような表情。口下手だけれど、幼い頃はぎこちなく話してくれた。
あんな風に自分を拒絶したりしない人だとは思っている。だけど、あんな表情を見せられてしまったらさすがに傷つく。
「あー……何で話してくれなかったんだろ」
後ろに身体を倒しながら京汰は呟く。
その時、ゆっくりとした足音が聞こえる。足音のする方に顔を向けると、祖母がやれやれ、といった顔で京汰に話しかける。
「仮にも人の家なんだから、もっと真面目にいられないのかね」
「あーごめん、今そんな気しないわ」
「どうして?」
そう聞かれて、ふと祖母が美亜について何か知っているのではないか、と考えつく。狭い村だし、ご近所付き合いというものはかなり存在しているのだろう。
「なあ、海月美亜って女の子、この近くにいる?」
「ん? ああ、知ってるよ」
自分で聞いておきながら、祖母が当然のように知っている、と答えたことに驚いた。
「でもあの子確か——」
「————え?」
次の日、京汰は昨日美亜と会った場所で同じように向かった。会えるかどうかなんて分からない。ただ、会いたかっただけだった。
そう思いながら待ってから1時間が経つ。その時、息を飲む声が聞こえた。そちらを向くと、美亜が驚いたように立っていた。
「会えてよかった」
そう声をかけても、美亜はあの表情をして、京汰から目線をそらす。そして、突然逃げるように走り出した。京汰も一歩遅れて走り出す。美亜が向かった先は、偶然か運命か。2人が初めて出会った森だった。
苦しそうに走る美亜の息遣いがすぐ後ろを走る京汰にも伝わってくる。しかし、それでも「来ないで」や「どこかに行って」という言葉は言わない。いや、言葉は何も話さなかった。
森の中に入っても、美亜は足を止めない。さすがに京汰も不安になり、美亜に声をかける。
「おいっ! そんなに進んだら海に出るんだぞ?!」
そう言っても美亜は前だけを見て進んだ。そのまま美亜は浅い海に入る服のままで入る。美亜の胸くらいまである水は待ち構えてように彼女を受け入れた。
海に入ったことにさすがに京汰は躊躇した。しかし、覚悟を決めて美亜を追う。水の中で動きにくくなった美亜を無理やり抑え込み、自分の腕の中におさめる。
美亜は京汰の胸を叩くことで拒絶を示す。
そうされて、京汰は昨日の祖母の言葉を思い出す。
『でもあの子確か——お兄さんが水難事故で亡くなったショックで声が出なくなったはずだよ』
美亜は、京汰の胸を叩く力を弱め、静かに音を立てずに泣いた。何も声は聞こえなかった。
「美亜があの日、約束した場所に来なかったのは、お兄さんの事故があったから?」
そう問うと、美亜は微かに頷いた。顔をあげて、濡れた前髪で目は隠れていたが、京汰に目線を合わせて、唇の動きだけで言葉を伝えた。伝わるように、ゆっくりと。
「……謝んなくていい。ただ、会えただけでいい」
「……!」
美亜は京汰に思い切り抱きついた。水音が鳴る。
「美亜、ずっとずっと好きなんだ」
美亜は何も言えなかったけれど、優しく微笑んだ。
いつか、貴方が綺麗だと言ってくれた声で愛を伝えることが出来ますように——そう祈りながら。
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*中原京汰 Kyota Nakahara
*海月美亜 Mia Mizuki
夏じゃないと書けない物語だけど、こんな夏の終わりになってしまった……汗
この時期になると「夏の終わり」を聞きたくなる朔良でした。