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Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【10/26更新】 ( No.90 )
日時: 2014/10/29 21:24
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

「今夜、君のぬくもりに抱かれながら」

 
 君のぬくもりに抱かれる夜は、こんなにも気持ちいい。



「珠佳、今日お前の家行くから」
「……また来るの?」

 渡り廊下にて話すのは私と星司だけ。こんな会話他の人に聞かれたら何て冷やかされるか分からない。

「またって何だよ。珠佳の家の飯上手いんだもん」
「褒めればいいって問題じゃないでしょ」

 そう言ってから、移動教室のために音楽室に向かう。背中に「珠佳!」と呼ぶ声が突き刺さる。私は半ば呆れながら立ち止まることなく後ろの星司に向かって言った。

「お母さんに伝えておくから」
「さんきゅー!」

 去っていく足音が聞こえる。結局、私に話しかける理由は、母に食事を頼む、ということを伝えることだけなのだ。そう思うと胸に棘が突き刺さったみたいな鈍い痛みが走る。

 星司は私の幼馴染で、両親が海外出張をしているため大きい一軒家に一人で暮らしている。そのため、昔から夕食を我が家で食べることが多い。
 いつからだろうか。星司が食事を食べに来ることが、何でもないことではなくなったのは。自分の部屋に来るかなんて分からないのに片付けをするようになったのは。
 いつの間にか、私の気持ちは星司に向かうばかりになった。しかし、決して素直とは呼べない私の性格が邪魔をする。いつまでも素直になれない自分が嫌で仕方がない。こんなだと、星司も私の気持ちには気付かずに呆れてしまうだけだ。



「すみません、お邪魔しますおばさん」
「いいのよー。高橋さんのお家にはお世話になったから」

 母が満面の笑みを浮かべて食卓に皿を並べる。星司が来ると、いつも大はしゃぎで料理を作る。どうしてこんなにも星司のことを気に入っているのだろうか。遺伝のようで怖い。
 母がもう一度キッチンに向かった時、隣に座る星司が私の耳元により、そっと呟いた。

「今日、お前の部屋寄って行くから」
「え?」

 聞き間違いかと思った。子供の頃はよく部屋にも来ていたけど、高校生になってからはなかったことだから。心臓がうるさい。鼓動が速い。ああ、嬉しい。


「ごちそうさまでした」
「全部食べてくれて……嬉しいわあ。今日もこのまま帰るの?」
「いや、今日は珠佳から本を借りたいのでもう少しお邪魔させて頂きます」
「あら、是非長い時間いてね!」

 母が嬉しそうに返事をする。私はそれを無視し、さっさと階段を登り始め、二階に位置する自分の部屋に星司を連れていく。星司が部屋に足を踏み入れる時、すごく緊張した。扉を閉めて、用件を聞く。

「……で、何のために部屋に来たの?」
「いや……それより、部屋片付いてるな」

 一瞬ドキリとした。まさか、星司が来るかもしれないと思って片付けました、なんて口が裂けても言えない。

「いつも通りよ」
「へえ? 俺が来るかもしれないから片付けたのかと思ったのに」
「はあ?!」

 つい大きな声が出てしまった。まさか気持ちが知られているのだろうか。

「そんなわけないでしょ? 自惚れないで」
「ごめん。ただ、期待しただけ」
「え……」

「期待」とはどういう意味なのだろうか。私が期待してもいいのだろうか。
 そう考えてしまって、つい星司の顔を見つめてしまう。すると、星司がまるで悪戯を思いついた子供のように楽しげな顔をして見つめ返してきた。

「珠佳も期待した?」
「……っ?!」
「お前さあ、自分が思っている以上に考えてること顔に出やすいよ」
「わ、私の何を知ってるって言うの?」

 我ながら焦りと動揺が混じった情けない声だと思った。私のすべてを星司に知られてしまっているのか。焦っているうちに星司が微笑みながら答えた。

「——例えば、俺のことをどう思っているのか、とかね」

 そう言ってすぐに、星司は私の身体を抱き寄せてベッドへと無理やり押し倒してきた。思考回路が停止する。これはどういう状況なのだろうか。星司といると、難解な疑問ばかりが浮かんでくるようだ。

「もう寝よう」
「……は?」

 どうして、そういう考えに至るのだろう。そうこうしている内に、私と星司の身体は白い毛布に包まれていた。

「ちょ、ちょっと星司! こんな状況お母さんに見られたら……」
「大丈夫。十分もすれば出て行くから」

 私の背中に星司の胸板が当たる。背中だけが熱い。燃え上がるくらいに。
 離してほしい。離してほしくない。強く抱き締めて。そっと身体を遠のいて。自分の気持ちが分からないの。

「珠佳」

 耳元で吐息がかかるくらいに星司の唇が近いのが分かる。
 何を言われるの。期待してもいいの。

「好きだよ」
「……!」

 涙が溢れそうなくらいに、嬉しかった。もっと、もっと愛を囁いてほしいという欲が生まれてくる。

「珠佳は俺のことどう思っている?」

 知っているくせに。知っているくせにそんなことを聞くなんてずるい人。

「……好き、好きなの」
「……知ってる」

 笑いを堪えているようにそう言う星司が憎かった。憎めないけど。

「このまま珠佳と寝たいって思う俺って、変かな」
「……変じゃない。私も、そう思ってるから」

 思ったままのことを答えると、身体の前に後ろから星司の腕が伸びてくる。それを私の腕で掴みたい、という衝動が襲う。少しだけ悩んでから、思い切り腕を掴んだ。星司は驚いたのか、息を飲む音が聞こえた。そして「可愛い」と聞こえ、耳が破裂しそうになる。

「好きだ」

 確認するように星司がもう一度言ってくれる。それが嬉しくて私も何度でも伝えたくなった。
 
 
 君のぬくもりに抱かれる夜があるなんて思ってもいなかった。
 それがこんなにも幸せだなんて知らなかった。
 知ることが出来て、良かった。



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*二宮珠佳 Miyoshi Ninomiya
*高橋星司 Seiji Takahashi

珠佳みよし」という名前を気に入っています。
 何でも見透かしてしまう男の子を書くのが大好きです!
 しかし、こういう男の子の方が結婚したら女の子より弱くなると思うんですよね笑