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- Re: 甘美な果実〜微かな吐息〜【短編集】【更新11/29】 ( No.96 )
- 日時: 2014/12/17 17:33
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
「生徒会長の犬」
「——それじゃあ、今期の行事はこれで決定で。皆、お疲れ様」
「お疲れ様でした、会長のおかげでやっと決まりましたね!」
「いやいや、皆が頑張ったからだよ。時間がかかってごめんな」
会長が端正な顔をもっと美しくなるような微笑みを浮かべて優しい言葉を皆に言う。男子は尊敬のまなざし、女子は顔を赤らめて「はい!」と大きな声で言った。ちなみに私はどちらでもなく、ただ複雑な顔をしていたと思う。生徒会では、とてつもなく時間がかかった今期の行事が今日完全に決まった。私は副会長として誠心誠意会長のために尽くした……色々な意味で。
書記や会計が帰り、生徒会室に最後に残るのは副会長である私と会長だけになる。嫌な予感がしつつも私は会長に声をかけた。
「会長……私もう帰るので戸締りお願いしてもいいですか」
優しい会長なら「いいよ。お疲れ様、相内さん」と言ってくれるだろう。しかし、今の彼は優しい会長なんかではない。
「……ああ? お前、俺を置いて先に帰るとか何様のつもり? 香純、お前の立場を言ってみろ」
「……副会長です」
「もう一つは?」
「……」
私は思わず黙ってしまう。自分では絶対に言いたくないけれど、会長は不機嫌を露わにした顔で無言の催促をしてくる。絞り出したような声で私はそっと告げた。
「……会長の犬、です」
「その通り。よくできました、俺の犬」
表は優しい皆のために働く生徒会長。そして、裏は私を犬と呼んでこき使う鬼畜の幼馴染、槙浦海稀なのだ。
いつから犬と呼ばれ始めたかはもう覚えていない。生まれた時から私は犬だったのではないかと勘違いしていまうくらいに曖昧な記憶だ。
海稀の父親は私の父親の上司で、いつも仲良くするようにと言われていた。しかし、私は「仲良く」の意味をはき違えたらしい。彼に尽くしてきたせいで原因で彼は「主人」私は「犬」になってしまったのだ。
「香純、今最後の確認終えるからコート着て待ってろ」
「……分かりました」
一つ年上の海稀は私がこの高校に入学した時にはすでに副会長を務めていた。笑顔を振りまいている海稀を気色悪いと思ったのも事実。しかし、海稀は「こっちの方が色々とやりやすいから」と言って仮面を外すことはなかった。私の前でも仮面を付けていてほしいのだけれど。
「終わった、行くぞ」
「あ、は、はい」
外に出ると、もう冬はすぐそこに来ているせいか一瞬鳥肌が立つくらいの寒さを感じた。こんな寒いに限ってマフラーを忘れてしまう自分を馬鹿だと思う。
「お前、本当に馬鹿」
そんな声が聞こえたと思ってすぐ、海稀の手で無造作に私の首に赤と黒のチェックのマフラーが巻かれた。目を上げると、海稀が私に背中を向けて前に進んでいる姿が見えた。少し小走りをして、海稀の袖を掴む。
「待って! 海稀が風邪ひくから……!」
海稀は私の頭を鷲掴みにして言った。
「別に。飼い犬の世話するのも主人の務めだから」
そう言ってから、海稀は私に背を向けて前を歩いていく。そんな不器用な優しさが憎たらしくて……大好きなのだ。だから、私は「犬」をやめられないのだ。
今日もまた生徒会室に向かう。普段の学校生活では学年が違うから海稀を見られない。生徒会だけが私たちの学校での繋がりだった。
生徒会室の前に立ち、扉を開こうと手を伸ばすと、少しの隙間から女の子の声が聞こえ、手を思わず止めた。
「えーっ! 会長、好きな人いるんですか?」
そんな声が耳に入ったら、邪魔をして遮りたくなんてないと思ってしまうだろう。
「いるよ」
「それってどんな人なんですか?」
続きが気になって仕方がない。海稀が悩んでいるのか「うーん」と唸る。心臓の音があちらに扉越しに聞こえてしまうのではないかと思うくらいにバクバクと鳴っていた。
「そうだな……しっかりしてるけど、どこか抜けてて、呆れるけどつい構いたくなる女の子……かな」
「そうなんですか……何か、それって香純さんみたいじゃないですか?」
私の名前が出た瞬間、心臓が飛びはねそうになった。
「相内さんはいつもしっかりしてるじゃん。それに……俺とは何の関係もないから」
……呼吸が上手く出来なくて、苦しくなった。その時、背中に声をかけられた。私を無から救い出したのは書記長である男子生徒だった。
「香純ちゃん? 中に入らないの?」
「あっ……」
書記長は何の迷いもなく扉を開ける。海稀と目が合う。私は思わずその場から逃げるように走り出していた。
私は結局、海稀の幼馴染の犬でしかなくて。だけど海稀に一番近い女の子でいられるのならそれでも良かった。私以上に海稀に近い女の子がいるなんて耐えられない。
いつの間にか、自分の教室に戻ってきてしまった。放課後の教室には誰もいない。何も残っていない。それが余計虚しさを誘う。自然と涙が頬を伝って流れてきた。窓に近づき、斜め下に位置する生徒会室を見る。もうあそこに行く意味もなくなってしまった。
「香純!」
背中にいつものあの声が届く。見なくたって分かる私の好きな人の声。私は振りかえらずに制止する。
「来ないで下さい! お願いだから……」
声が震えて最後は掠れてしまう。海稀はそんな声に動揺したのか、珍しく素直に動きを止めた。止めてしまった。主人なら私の言葉なんて振り払ってこっちに来てほしい。隠している私の本音を見抜いてほしい。矛盾している思いばかりが私の脳内を埋めていく。
「……分かった、近寄らない。でも、理由を教えてほしい」
こんな時だけ「会長」の海稀を出さないでほしい。そんな風に問われたら答えないといけないと思ってしまう。優しい声で諭さないで。
「……好きなんです、会長のことが。好きで、好きで、本当に好きなんです」
浮かぶ言葉は「好き」しかなかった。
外から聞こえるサッカー部の声が教室の沈黙を際立たせる。何も声をかけてくれないのは、拒絶の印なのだろうか。
「でも、会長が他の子が好きなら私は諦めます……」
そう言葉を続けると、急に背中に重みがかかる。抱き締められたのだと気付くまでに数秒かかった。
「え? か、会長……?」
「馬鹿だな、香純」
海稀の優しくて甘い声が耳元に響く。合間に耳に届く吐息が全身の感覚を麻痺させているように、身体が動かなくなった。
「俺が好きな子なんて、香純しかいない」
「え……?!」
「当てはまってんだろ、しっかり者だけど抜けてて、呆れるのに構いたい女の子」
頭が混乱する。海稀の気持ちが分からない。そう思う度に海稀の腕の力が強くなっていく。
「だって否定してた……相内さんは違うって」
「本人にも伝えてないのに、他の奴の前で言えるわけねえだろ」
海稀が拗ねたように言った。
その言葉を信じてもいいの?
「香純と関わるために主人と犬っていう関係でいたかった……でも、本当は香純と恋人になりなかったんだ」
さっきとは違う温かい涙が溢れてくる。海稀の手に自分の手をそっと重ねる。
「好き……海稀」
そう言うと、海稀がいきなり机の上に私を投げ倒す。状況が上手く飲み込めず私の体は硬直する。
「好きだ、香純。これからは俺の恋人兼犬なんだよな」
「え?!」
海稀が私の首筋に舌を這わせた。身体全身に電流が走ったような感覚がした。
私が君に一番近い存在ならそれでもいいんだ。
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*相内香純 Kasumi Aiuchi
*槙浦海稀 Kaiki Makiura
香純、頑張れ。