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Re: 魔法使いの青春理論 ( No.61 )
日時: 2014/03/26 10:08
名前: 瑞咲 ◆7xuwBG6R9k (ID: /qYuqRuj)

  21.百合色アンレコード


 僕が話し終えてしばらくしてから、ユリはこう尋ねた。
「…何年も前の悲しい過去を覚えていること、辛くはないのですか?」

 少し考えてから答えた。
「辛いけど、忘れたいと思ったことはないよ。
 今の自分への教訓みたいなものだからね」

 逆に尋ねる。
「でも、なんでそんなことを訊くのかい?」
 すると、思いもしない答えが返ってきた。


「私には、幼い頃の記憶がないのです」


「記憶が…ない…!?」
 ユリはこくりと頷いた。

「私の一番古い記憶は、七歳のとき資産家のスギノ—杉野—氏の
 屋敷のベッドで目覚めたときのことです。

 スギノ家の旦那様の話によると、屋敷から離れた海辺に、
 名前が書かれたネームプレートを首にかけた状態で倒れていたとのことです。
 そこを偶然通りかかった旦那様に保護されたのです」

 記憶をなくした状態で、海辺に倒れていた…!?
 つまり、ユリは異国の出身で、波にさらわれてそこに辿り着いたのか…?
 いや、あてもなくさまよい、海辺に来たところで力尽きたのかもしれない…
 僕が想像を巡らしていると、ユリは再び口を開いた。

「それと、これは余談に過ぎないのですが聞いてください。

 そのネームプレートには『諸刃 白百合』と記されていたのですが、
 『白』の文字の上に、薄く『×』が書かれていました。

 それを妙に思った旦那様は、『今後は百合と名乗ったほうがいいかもしれない』
 と提案してくださりました。
 なので、深く訊かれない限り、私は『諸刃 百合』と名乗っているのです」

 それを聞いて、思考がますますこんがらがった。

 ユリの本名は恐らく『シラユリ』。
 しかし、白の文字に×がついていた——。
 一体、記憶をなくす前のユリの身には、何があったのだろうか。

 僕は深く考えることをやめ、ただ一つ質問した。
「ユリ——君は、忘れてしまった記憶を取り戻したい?」
 答えはあっさりと返ってきた。

「取り戻したい気持ちもありますが、今はいいです。
 今の私は、幸せな日々を送れていますから」

 そう言って、ユリは優しく微笑んだ。



      *アンレコード(unrecord):記録していない