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Re: 白銀の小鳥 Form of the love【短編集】 ( No.8 )
日時: 2015/01/14 18:17
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: z.RkMVmt)

《本編》

Episode1 君の消えた世界で

あら、初めましてのお客様?

こんにちは。

森も雪解けが静かに始まってきました。
あなたが来たのも春だからでしょうか?

……では最初のお話を読みましょうか。

本日の物語は、強く生きる女性の話です。

「君の消えた世界で」
それでは始まり、始まり。

    ──‥*※*‥──

“好きだよ”

あの時たしかに私にそういってくれた、君は。
もうこの世界のどこにもいない。

君が見たいといっていた海に
二人で行こうといっていた海に

私は今、一人で立っている。

ねえ。
君がいない世界になって、もう何日も立った。
相変わらず地球は回っていて、変わりもしない。

「会いたいよ……」

声が風にさらわれて消え去って。
一層寂しさが増して行く。

遠くに見える、水平線の曲線がなぜだか恐ろしくきれいに見える。

あの日のこと。

急な事故。君の最期。
君の両親と泣き崩れた病室。

いっそのこと、死を選べたなら。
なんて楽だったことだろう。

海が見たいと言っていた君。
結局行けなかった二人。
今からでも、間に合うだろうか。

「綺麗……」

夕日が海を赤く染め上げる。
太陽が沈むのを見つめて、私の心も沈む。
君の、笑顔。

じわりと、目の端に雫が浮かぶ。
誰がいるわけでもないのに、見られないようにそっと拭う。
泣いたら多分、君が心配してしまうから。

太陽が沈みきるのを見届けると、暫く波の音に耳を傾けた。
不規則で、どこか切ない波の音。
決して同じにならない波飛沫の形。

一陣の大きな風と共にスカートの裾がはためく。
空を見上げると、星が溢れてきそうだ。
透き通る夜空。宇宙を映す鏡。

君は今、この空の上に。

「……ありがとう」

ぽつりと決意のように呟いてみる。
それは、誰に向けての言葉だったのか。

海に背を向け、車にキーを差し込む。
静けさにエンジンの音が寂しく響いた。

……悲しみと寂しさは消えないけれど。
私はここで歩いて行きたい。

君と会うことは、もうないけれど。
私はここに生きていきたい。

だから全部、手に抱えて。

ドアの閉まりを確認して、強くハンドルを握る。

勢い良くアクセルを踏むと快調に風が音が流れた。

坂道を曲がると、やがて海も小さくなって
───全部、見えなくなった。

    ──‥*※*‥──

「人生は、決して後戻りできません。

 進めるのは前だけです。

 人生は、一方通行なのですよ。」

大切な人。愛しい人。
死にゆく人。残された人。

それでも、生きる希望を話す人。

彼女の未来に、光が差しますように。

忘れない思い出も、訪れる明日も。
全てを抱えて、歩けますように。

それでは、今回はここまで。
また次回、お会いしましょう。

《引用:アガサ・クリスティ》