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- Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.76 )
- 日時: 2014/07/30 00:50
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: RJ0P0aGF)
《本編》
Episode6 淡い記憶の向こうに
あら、お久しぶりですね。
すっかり季節は夏になりましたね。
森の木々も葉が生い茂って
賑やかになってきましたよ。
今日は庭のミントでお茶を入れてみました。
涼しい香りがするでしょう?
では、本日の物語を読みましょうか。
過去の悔いと成長のお話です。
人は出会い、別れ、成長していく。
その出会いが、時がたとうとも掠れない…
そんな思い出になったなら素敵です。
「淡い記憶の向こうに」
それでは始まり、始まり。
〔character〕
三野 晴 ミノ ハル
相田 和香 アイダ ワカ
──‥*※*‥──
空は曇天で、今にも雪が降りそうだった。
12月の肌を切るような寒さが身にしみる。
俺はそっとマフラーを口元まで引き上げた。
黒い上下の衣服と違いマフラーは純白で、目が痛くなりそうだ。
堅いアスファルトを踏みしめて歩く度に白い息が宙を舞った。
そういえば、いつかの冬。
あいつを見たのもこんな冬だったと思い出す。
あの日もこんな曇天で、寒かった。
──‥*※*‥──
あいつはあの冬の日、道路の真ん中でぼうっと立っていた。
道路と言っても一通りが少ない住宅街の真ん中で、あいつは一人空をみていた。
初めは誰だかわからなくて、
でも目を凝らすと見知った人物だとわかった。
黒く長い髪に夜空の如き不思議な瞳。
それは雰囲気でわかる。
あいつは、幼なじみの少女。
数年前に引っ越した、自分のよく知る少女だった。
──‥*※*‥──
俺が名前を呼ぶと、彼女は不思議そうに振り向いた。
瞳はぼんやりとしていて、でもそれがこいつ特有の瞳で。
不意ににぱっと顔を明るくさせると、彼女はゆっくりと歩き始めた。
「晴、久しぶり」
数年前と変わらない笑み。
俺は曖昧に微笑み返した。
「久しぶり……急に戻ってくるなんてな」
「まあ色々あったのよ」
数年ぶりに幼なじみと再会したとは思えないとろとろした会話。
それが彼女らしくて楽しかった。
本当に、うれしかったんだ。
それから俺と彼女は、よく会うようになった。
***
彼女はよく笑う人だった。
あの不思議な、幸せそうな笑みをよく浮かべていた。
時には寂しそうな笑顔も浮かべたけれど──
でもやはり、彼女はいつでも幸せそうだった。
俺にはそれがなんとも不思議で、彼女が儚く見えていた。
***
彼女は寂しがりやだった。
彼女は強がりだった。
いつもは笑みを浮かべていていかにも完璧そうなのに、
「また明日」というと決まって寂しそうな顔をするのだ。
まるで一人を恐れているような、一人が寂しくて
貯まらないような、そんな顔をするのだった。
***
また、彼女は死を恐れていた。
死んでもいいと、あの笑みを浮かべて言うのだが
本当に?と聞き返すと言葉を濁す。
彼女は俺を恨めしそうに睨むと、ぷいっと横を向いてしまう。
そんな姿が可愛いと思った。
だからあの時の彼女の苦痛を考えなかった。
***
彼女は病だった。
もう治らないほど進行した病。
彼女はいつも病院で笑っていた。
だからわからなかった。
彼女が……いなくなってしまうなんて。
***
彼女は優しくて儚かった。
苦痛を表に出さなかった。
彼女は意地っ張りで寂しがりやだった。
懸命に小さな命で生きていた。
──‥*※*‥──
坂を登りきると開けた場所に出る。
そこには点々と黒く四角い石が置かれていた。
冷たく沈黙した石には名前が刻まれている。
曇天の圧迫されるような空も相まって無音の空間。
ここは霊園。死者を埋葬する場所。
花束を抱え直すと記憶を辿って歩き出す。
百合の花が大きく揺れた。
──‥*※*‥──
花を生けると俺はその墓を見た。
そこに埋葬されている人の名前が水に濡れて黒々と光る。
【相田家】と彫られた石はただ沈黙している。
彼女の記憶を思い出していた俺は二、三度瞬きを繰り返した。
「…………和香……」
彼女の名前を紡ぐ。
無音の世界にうまれた音は耳に沁みた。
彼女は今、どうしているだろう。
あの日、病院で息を引き取ったあの日──
彼女は天国へ逝けただろうか。
いつまでもここにいるとグズグズと思い出してしまいそうだった。
俺は静かに目を閉じる。
風の音が揺れる。
木の葉がこすれる音がする。
彼女がそこにいるような、そんな気がした。
「和香、……ありがとう」
何に対して?
そう聞かれても返答に詰まる。
ただ和香に伝えたかった。この言葉を。
闘病していた苦しみを考えもしなかった、
あの日までの謝罪も込めて。
“ごめん”よりも“ありがとう”と。
そう言いたかった。
出会ってくれてありがとう
笑いかけてくれてありがとう
寂しいのを堪えていた君にありがとう
たくさんの和香への気持ち。
それは和香に出会えたから。
静かに墓に背を向ける。
堪えきれなかった涙が一粒頬を伝う。
空は曇天で、身を切るような寒さがした。
あの日彼女に出会った時と同じで、それでも暖かかった。
無音の世界に雪が降る。
音を吸収して世界を白く染め上げる。
あの日の淡い記憶の向こうに。
今でも君は僕の中に生き続ける。
──‥*※*‥──
「人はいつだって、
いろいろなものに
さよならを言わなければならない。」
出会ったなら、別れがある。
それは全ての物事に
必ず始まりと終わりがあるのと同じように、
全てに当てはまることでしょう。
再会した喜び。
彼女が衰える悲しみ。
それに気付かない己の後悔。
彼もこの先様々な出会いと別れを知るでしょう。
出会いは一度きりです。
出会ってしまえばそれはもう知り合いですから、一度きりです。
その人との出会いも……別れも。
人と出会い、優しくなる。
人と別れ、強くなる。
そんな素敵な出会いと別れが
彼に、あなたに、ありますように。
それでは今回はここまで。
また次回、お会いしましょう。
《引用:ピーター・ビーグル》