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Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.104 )
日時: 2015/01/12 00:19
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: 74mf9YND)

《本編》

Episode12 好きから始まる物語

あら?こんばんは。
今日は遅いんですね。

ふふ、今日は紅茶はありますよ?
もちろん、用意してあります。

そういえば今夜は月が綺麗でしたね。
あら、見ていないんですか?
どうぞ空を見上げて見てください。

では、本日の物語を読みましょうか。

本日のお話はとある勇者のお話。
存在意義と生きる意味……
同じようでいて、実は全く違うもの。

「好きから始まる物語」
それでは始まり、始まり。

〔character〕
リリィ・セシル

クラウス・エドガー・アーノルド

    ——‥*※*‥——

ずっとずっと、悪を倒すことを目標としてきた。
ずっとずっと、それを望まれていた。

私だってそれを望んでいたのだ。

きっとそれは私の存在意義。
周りから認められるための理由。
私の最初にして最大の夢。

だったら———

それを成し遂げた時に。
私は、どうすればいい?

    ——‥*※*‥——

かつてこの世界は悪魔がいた。
そしてそれを従える魔王がいた。

だけれど、彼らはもう消えた。
なぜなら私がこの手で倒したのだから。

……そう。
勇者として育てられた私は悪の根絶だけを目標として生きてきたのだ。
親も知らず、愛すら知らず。
ただひたすらに剣を握る日々。

その剣すらも、今はもう必要ない。

「もう、昔のこと……」

風が優しく吹いていく。
もう一月も前のことだ。

私は勇者として祭り上げられ、祝福され、盛大に歓迎された。
だけれど一月も立てばやがて飽きも来る。

剣しか知らない私に、これから何ができるだろう。

王は私の生活を保証すると言っていたけれど。
だけどやることは何もない。
……ただ生きるなんて嫌だ。

木に寄っかかり眼の前の庭園を眺めた。
何年も王城で訓練をしてきたけれど、初めてゆっくりと見つめたのかもしれない。
咲き誇る花が小さく揺れているのが見えた。

勇者として戦っていたくせに、何故か無意識に伸ばした黒髪も揺れる。

そういえば勇者にさせられたのは、この黒髪も原因だったっけ。
アーノルド王国じゃ珍しい黒髪。
黒髪はこの国で信仰される女神の髪と同じだった。

——そんな理由で勇者になったなんて。

これからどうしようか。
何をすればいいんだろうか。

「やあ久しぶり、勇者リリィ」

突然背後から声が聞こえた。
馴染みのある、自分のよく知る男性の声。

「クラウス様……?」

振り向けば予想通りの人物。
アーノルド王国の皇太子、クラウス・エドガー殿下の姿があった。

「思いつめた顔をして。どうしたんだ?」

ああ、久しぶりに会ったなあ。
小さい時から王城育ちの私は当たり前のように会っていたけれど。

クラウス様は変わらない。
私が勇者になっても変わらない。
その茶髪が風に吹かれた。

「……私は、何をすればいいんでしょう」

どうすれば、いいんでしょう。

「何を、って?」

クラウス様は静かに目を細めた。
急にこんなこと言われたら、困惑されるに決まっている。

ああでも。
私、この人に打ち明けてしまいたい。

「私は勇者になることを望まれてきました。悪を滅ぼすことを望まれてきました。他ならぬ私自身も望んでいました」

クラウス様は何も言わない。
ただ私の声を聞いている。

「だけれどその私の存在理由のようなものを成し遂げた今、私はどうすればいいんでしょう」

そう。それは私の存在理由のようなもの。
最初は私の望みではなかった。
だけれどいつの間にか、私自身も望んでいた。
それはただ、認められるための行いだったのかもしれない。

「——リリィの好きなことをすればいい。分からなかったら悩めばいい」

クラウス様は笑った。
何故か心がふわりと軽くなった気がした。

「好きなこと……」

私の好きなこと。私のしたいこと。
いったいなんだろう?

私は何が好きだろう。
剣……は別に好きなわけでもない。
だけどあれを振るうことは好きだ。

でもそれは、やりたいこととは違う気がした。

「難しいですね。やりたいこと一つで悩むなんて」

我ながら笑えてくる有り様。
だってほんの一月前まで戦いの中に身をおいていたのだから。
年頃の少女の気持ちなどわからない。

「だから悩めばいい。……でも」

手が急に暖かくなった。
見ればクラウス様が私の手を掴んでいる。

「……?って、何をなさって!」

この国の第一王子ともあろう方が目の前で跪く。
誰かに見られでもしたら大変ではないだろうか。

「リリィ」

「は、はい」

青い瞳でじっと見つめられる。
いつ見ても綺麗な瞳の色。

「私はリリィが好きだ。昔からずっと」

……時が止まった気がした。

「クラウス、様」

「今はまだ答えなくていい。悩めばいい。
リリィのやりたいことが分かった時に答えを聞かせてくれ」

だからそんなに慌てるな——クラウス様はそういって手の甲に口付けた。

多分、私は今真っ赤だ。
怖いほど心臓がばくばくと鳴り止まない。

「共に見つけよう。リリィが望んでいることを。
リリィの新しい、生きる意味を」

クラウス様は立ち上がるとまた微笑んだ。

……私の、新しい生きる意味。

探してみたい。見つけてみたい。
願わくば、この方と共に。

クラウス様はずるい。
人が悩んでいることを、こんなに簡単に吹き飛ばしてしまうなんて。

「ありがとう、ございます」

真っ赤になった顔から、ようやく震える声が出る。
ああ、しばらくクラウス様の顔をまともに見れそうにない。

風が優しく吹いていく。
それは私の新しい人生の幕開けを祝福してくれている気がした。

    ——‥*※*‥——

ねえ、クラウス様。

願っていいのなら、貴方の隣で。

これからを、歩いて行きたい。

    ——‥*※*‥——

「私たちは、

いわば二回この世に生まれる。

一回目は存在するために、

二回目は生きるために。」

生きる意味。
それは別に、すぐに決めなくてもいいのです。

だって、迷うことだって立派な人生なんですから。

存在理由なんて思わなくてもいい。
ただ、自分が望むことについて悩めばいい。

そうすればきっと、優しい風が吹きます。

これは好きから始まる物語。
彼女の物語はまだ始まったばかり。

ここからが、彼女の人生の始まりなんですからね。

それでは、今回はここまで。
また次回、お会いしましょう。

《引用:ルソー》

    ——‥*※*‥——

「好きから始まる物語」
今回はお題サイト「箱庭」様より頂きました。
ありがとうございました。