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- Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.132 )
- 日時: 2015/05/17 02:12
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: LHB2R4qF)
《本編》
Episode17 微笑む彼に花束を
……あら?お久しぶりですね。
ふふ、もう暑いでしょう?
この森も木々が青々としてきました。
今日はハーブティー……お好きですか?
お庭に良い香りのハーブがあったんですよ。
では、本日の物語を読みましょうか。
本日の話は、過去を懐かしむ女性の話。
長く長く果てしない日々の中で、彼女が知ったこと。
「微笑む彼に花束を」
それでは始まり、始まり。
〔character〕
ティナリア・フォーンブルー
ルードヴィー・ノルドント
——‥*※*‥——
それはもう、遠い遠い昔の思い出。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、月の光。
夜の静けさ。微風の音。
夜空を映す、青く澄んだ湖。
手を重ねて笑う二人の影。
——彼は、知っていただろうか。
この長く果ての見えない一生を彩ったのは、紛れもなく彼との出会いだったことを。
ただ淡々と過ぎていく日々が意味を持ったのは、彼がいたからだということを。
今からでも遅くないのなら、振り返ってもいいだろうか。
幼き日に置いてきた、あの淡い思い出を。
——‥*※*‥——
吸血鬼。
その存在を知らない者は、少なくともこの世界ではいないだろう。
実際に見たことはない人間でも、その存在だけは知っている。
夜なかなか寝ない子供に、どこの家の母親も同じことを言い聞かせるのだ。
“早く寝ない悪い子は、吸血鬼に血を吸われてしまうのよ”と——。
多くの人間は、吸血鬼を夜に行動する恐ろしい魔物だと思っている。
その姿は黒く、目が覚めるほど美しく、血を吸われたならその人間もまた吸血鬼なると。
吸血鬼も敢えてそれを否定しない。
お互いに交わらないのが、両族の関係だったからだ。
今までも、これからも。
それなのに私は、優しく笑う人間の貴方に。
————確かに、恋をしたんだ。
——‥*※*‥——
始まりは、ただの好奇心だった。
吸血鬼は人間と関わらないために人里を嫌う。
だからこそ辺境の田舎や山奥、雪に閉ざされた地などの閉鎖的な場所に住んでいることが多い。
私の暮らしていた場所も、麓に人里のある山の奥だった。
吸血鬼は群れを作らないので、近くに歳の近い同族もいない。
「お父様、なぜ人間と遊んではいけないの?」
麓から祭りの音や人々のざわめきが聞こえる度、私は父と母を困らせた。
私が問えば、両親は頭を優しく撫でて誤魔化す。
だからこそ、不満だった。
毎日毎日、日が昇って暮れるのを繰り返すだけ。
麓の人間たちはあんなに楽しそうなのに。
ある日、私は一つの行動を起こした。
一週間に一度、両親が出掛ける日に私は家を飛び出したのだ。
ひどく単調な、つまらないだけの日々。
吸血鬼の寿命は人間とは比べ物にならない程長い。
だから私は『違うもの』を求めた。
淡々と流れる日常を彩る『何か』を。
——‥*※*‥——
「……少しだけ、少しだけよ」
自分に言い聞かせるような呟きながら、こそこそと歩く。
ここまで飛んできた羽がちゃんと仕舞ってあるかを何回も確かめて、人里を覗き見た。
そこは広場なのか、たくさんの子供がいた。
小さな子供から比較的年頃の子供まで。
集まって談笑する子供もいれば、走り回る子供もいる。
今まで他人を知らなかった私には衝撃だった。
じっと、遊ぶ人間たちを見る。
それだけでドキドキして、私は全く周りが見えなかった。
「君は遊ばないの?」
突然に聞こえた声に、体が大きく反応した。
人間から声をかけられたことに私は動揺する。
ばっと振り向くと、そこには美しい男の子供がいた。
淡い金髪に、深い翠色の瞳。透き通るような白い肌。
明らかに質の良さそうな服は、育ちがいいことを連想させる。
思わず見惚れてしまうほどに綺麗なその子供は、私をじっと眺めた。
「君はきぞく、なの?」
その言葉の意味がわからなくて、思わず首を傾げる。
彼も同じく首を傾げた。
「こっちで話そうよ」
私の手をとると、返事も聞かずに彼は歩き始めた。
他の人間達がいる広場から、少し離れた場所で止まる。
「ねえ、君はきぞく、なの?」
彼は確かめるように問う。
『きぞく』とは一体何なのか。
それが分からない私は答えようがなかった。
「あ……僕、ルードヴィー・ノルドンドって言うんだ」
彼は私が訝しげな顔になったのを何か勘違いしたのか、
おろおろと自己紹介をした。
「私、ティナリアよ」
吸血鬼は家名を名乗らない。
基本秘密主義が多い吸血鬼は自身を教えることを嫌う。
「……君は、どこに住んでいるの?」
質問を変えて子供、ルードヴィーは話しかける。
少し迷ってから山を指さすと、彼は首を傾げた。
「山……?君は、きぞくではないってこと?」
彼はまた問う。
質問の意味がわからなくて、つい口が滑った。
「私は、吸血鬼よ」
——‥*※*‥—
その後、目を見開く彼に沢山の事を話した。
今思えば、私は危険なことをしていたと思う。
吸血鬼を恐怖の対象として見る人間に、吸血鬼の現状をべらべらと話していたからだ。
吸血鬼が昼も活動し、今では血も吸わないと聞くと
彼は感心するように頷いた。
……変な人間ね。
吸血鬼のことを話して怖がったり、気味悪がったりしない人間がいるものなのか。
それに彼は、あっさりと信じる。こちらが不安なるほどに。
「本当に君は吸血鬼なんだね?」
こくりと頷くと、彼もまた頷く。
その頃には日が暮れかけていて、私は帰らなければならない時間だった。
「じゃあ、さようなら」
人里に降りて、こんなに人間と話すとは思わなかった。
父と母に怒られないうちに帰らなければ。
「また会えるかな」
羽をだそうと立ち止まる私に彼は問う。
「きっと会えるわ」
そんな保障はないのに、何故かそう思った。
羽を出して飛ぶと、彼は怖がらずに笑った。
それが私と彼の出会い。
彼と私が八歳の時だった。
——‥*※*‥——
- Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.133 )
- 日時: 2015/05/17 03:44
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: LHB2R4qF)
——‥*※*‥——
それからは何回も暇を見つけては里へ降りた。
そのうちに『きぞく』とは人間の中の階級であること、
彼はこの地を治める『伯爵家』の長男であることを知った。
好奇心が好意に、親愛が恋心に変わるのは容易かった。
優しく笑う彼。大人びていく彼。
——私は、恋に落ちた。
「ルー!」
私が呼べば、彼は振り向く。
成長して大人びた彼は、里でも伯爵家長男として慕われていた。
容姿端麗、学業優秀な彼は数々の令嬢からの注目の的だという。
「ティナ!久しぶりだね」
彼が愛称で呼んでくれると、心が騒ぐ。
決して叶わない恋心は深く沈めて、それでも彼に笑う。
知らなかったことを彼は沢山教えてくれた。
里で友達も数人出来た。
それでもどこか、埋まらない心の虚無感。
私と彼が共にいられるのはあと少しだった。
彼は婚約が決まっている。
お互いに十七になった私達は、離れていく。
相手は侯爵家といって、彼よりも上の家柄らしい。
伯爵家は次男が継ぎ、彼は王国の中心部にあるという
侯爵家へ婿入りすると聞いた。
——彼は遠くへ行ってしまう。
その日が来るのが怖くて、彼がいなくなってしまうのが辛かった。
それでもその日は着々と近づいて来る。
彼が遠くへ行く日が、近づいて来る。
「ティナ、良い所に連れて行ってあげる」
彼が出発するの日の前夜。
彼はいつも通り笑って私の手を引く。
私は何故かそれを寂しく感じていた。
村から少し離れた場所まで走る。
しばらくすると森が開けて、そこにあったものに息を呑んだ。
「……綺麗」
目の前に広がるのは、満月で照らされた青い湖。
星が映り込み、空が落ちてきたようだった。
「ね、素敵な場所だろう?」
彼が湖畔の草むらへ腰を下ろす。
その隣に私も座る。
しばらくの沈黙があった。
ぬるい微風がさらさらと音をたてて頬を撫でる。
星が、月が、夜空が彼の瞳に映る。
「ねえ、ティナ」
沈黙を破ったのは彼の声だった。
落ち着いた低い声が、無性に寂しく感じる。
「好きだよ、ティナリア」
彼のそんな言葉は、驚くほど自然に胸に流れた。
不思議と心は穏やかで、戸惑いもなかった。
それはこれが、叶わない想いだと分かっていたからだろうか。
「私も好きよ、ルー」
その言葉は夜の静けさに響く。
彼が微笑んだ気がした。
大きな手のひらが頭を優しく撫でる。
そのまま、また沈黙が広がった。
いつのまにか彼は隣から消えていた。
言い知れない虚無感を抱きながら、私は家へと帰る。
多分これが、彼との今生の別れなのだろうと思った。
その日は、彼と過ごした日々の夢を見た。
——‥*※*‥——
翌日、当たり前のように彼はいなかった。
私もそれを受け止めた。
あれだけ怖かった『彼がいなくなる日』は、
来てしまえばすぐに受け入れることができた。
ただ、心に穴が開いたみたいに空っぽだと感じる。
彼と出会う前より空虚になったと感じる。
涙は、出なかった。
それでも、これでいいのだと思えた。
思いを伝えることができたのだから。
吸血鬼は二十を過ぎると成長が遅くなる。
人間の百年が吸血鬼の一年と同じくらい。
私は二百歳の時に吸血鬼の男性と結婚した。
その人は優しくて、私もその人を愛している。
幸せだったのだと思う。
彼がいなくなってから感じていた心が、満たされていくようだった。
子供も生まれた。可愛らしい女の子と男の子。
言葉にできない喜びだった。
四千年の時が過ぎた。
愛した夫は既に他界し、かわいい娘と息子も今では家庭を持っている。
必然的に、一人で考える時間が多くなった。
私は『彼』を思い出す。
あの頃に感じていた虚無感は、もうどこにもない。
幼き日の恋心は、今では優しい思い出だ。
それでももう一度、彼に会いたいと願う。
今度は素敵な友人として。
そんな日々を繰り返す。
気づけば私は、子供たちに見守られて病床にあった。
それでもやはり閉じた瞼の裏に浮かぶのは、あの日の湖。
私は薄情な吸血鬼だ。
愛してくれた夫より、幼き日の彼の方が頭に浮かぶ。
——いつかまた、彼に会えるだろうか。
今度は人間として。
叶わなかった思いが届くような関係として。
永遠に近い間、流れることのなかった涙が流れた。
結局私は、彼がいなくなるのが辛かったのだ。
「お母様!」
それでも私は幸せだった。これだけは言えるだろう。
娘と息子が、私のために涙してくれるのだから。
彼は幸せになっただろうか。
そんなことを思っていると、思考が暗く染まっていく。
暗く、暗く、暗く————……
そして何もかも、聞こえなくなった。
——‥*※*‥——
「幸せじゃない瞬間も含めて、
幸せだと思います。」
違う時の流れを生きる者。
あなたはこのお話が、幸せな物語だと思いますか?
それとも——不幸な物語だと思いますか?
出会って、惹かれ合い、別れ、涙する。
それでもその悲しみの中に、次の幸せへの鍵があるのなら。
彼女は少しでも、幸せだったのではないでしょうか。
それでは、今回はここまで。
また次回、お会いしましょう。
《引用:藤原基央》