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- Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.143 )
- 日時: 2015/07/29 23:20
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: Z.5JjKPv)
《本編》
Episode19 涙色の星の日に
ふふ、こんばんは。
随分と蒸し暑くなりましたね。
けれど今日は、星が綺麗でしょう?
……あら、まだ見ていないのですか?勿体無いですよ。
きっと、夏の大三角がはっきりと見えるはずです。
ええ、もちろんお茶もご一緒に。
では、本日の物語を読みましょうか。
本日の話は、未練と思い出。
心に残った過去の出来事。
それを未練と悲しむか、思い出と微笑むか。
時を重ね、変わっていく過去の形。
貴方ならそれを見つめて、何を考えますか?
「涙色の星の日に」
それでは始まり、始まり。
〔character〕
門崎 匠海 カンザキ タクミ
天川 杏華 アマガワ キョウカ
——‥*※*‥——
七夕は嫌いだ。
街中で笹が揺れている中、人々は自分の願いを短冊に押し付けていく。
商店街には七夕のBGM。
普段なら見もしない星を見ようと、人々は一斉に空を仰ぐ。
そんなことを言えば、ひねくれているね、と彼女は笑う。
俺の幼馴染である彼女は、昔から七夕が好きらしい。
彼女はロマンチストだから、やっぱりそういう話に滅法弱い。
いつも傍らで楽しそうに星を眺めていた。
だけれどやっぱり、俺は七夕が嫌いだ。
だって、その日は——……
——‥*※*‥——
「ねえ、たっくん」
長い黒髪が揺れる。立っているだけで何故か靡く、一体どうなっているのか不思議な髪。
織姫みたいでしょ、と彼女は幼い頃から得意げに笑う。
「たっくんてば。聞いてる?」
大きな瞳に覗きこまれて、我に返る。
少しだけ不満そうな顔で、こちらを見上げる顔。
「聞いてるって、杏華」
答えれば、彼女——天川杏華は満足気に頷く。
それに呆れながら先を促すと、杏華は民家の庭先にある笹を見やった。
色とりどりの短冊が咲く、それは豊かな青緑の葉。
「知ってる?七夕って、元々は色んなお願いをする日じゃないんだよ」
杏華は言葉を区切ると、星が瞬き始めた夜空を指差す。
天の川というほどの星は分からないが、夏の大三角が見える。
突き上げた指で、織姫星である琴座のベガと、彦星であるわし座のアルタイルをなぞった。
「本当は、織姫みたいに機織りや布作りが上達するように、祈る行事なんだって」
「へえ」
珍しく博識な杏華に素直に感心する。
七夕は好きになれないが、星の話は好きだ。彼女と小さい頃から、何度も見上げているから。
杏華は星を掴むように、空で掌を握る仕草をする。
そこからこぼれ落ちていく光。
息苦しい蒸し暑さと、都会の濁った空気。
けれども杏華がいるだけで、その場が清浄になるような気さえした。
「今年は暑いねぇ。もうすぐ梅雨明け?」
「さあ……でも多分、すぐだろうな」
コンクリートを踏み鳴らすと、杏華は湿度の高さを嫌がるように目を細めた。
夏のベタつく空気が、ぬるい風と共に押し寄せる。
彼女は小さくステップを踏む。
踊るように跳ねる背中が、夜闇に溶けてしまいそうなほど小さく、儚く見えた。
「ねえ、たっくん」
空を見上げたまま、杏華はぽつりと呟く。
今までとはどこか違う、そんな妙な静けさを持つ声で。
つられて夜空を見上げれば、星が滲むように瞬く。
「この星の光は、ずっと昔の光なんだよね?」
その言葉に頷くと杏華は微笑んだ。
それは綺麗な笑みの形。
いつも無邪気な杏華なのに、その笑顔だけは寂しげで、大人びていて。
「—————それなら私も、この星と同じだね」
気付かないうちに消えてしまいそうなほど、小さな声。
その囁きにも満たない吐息は、微かな響きを残していった。
杏華の言葉は少しずつ、静かに心に染みこんでくる。
この星と同じなんて言わないでほしい。
だってそれは、きっと。
「だって、私はずっと昔のまま。これから先も、ずっとずっと」
雲がひとつもない夜空が目に染みる。
そして、思ってしまう。
織姫と彦星なんて、出会わなければいいのにと。
願い事なんて、そんなものいらないのにと。
「……でもね、たっくんは進まなきゃ。私達は、織姫と彦星にはなれないんだから」
どこかの家の笑い声が聞こえる。
少し離れた商店街から、明るい声で七夕の曲が流れてくる。
それに合わせるように、彼女はくるりと回った。
「たっくんは、私を思い出にしなきゃダメなんだよ」
辺りの喧騒の中、杏華と俺の周りだけに広がる、切り取ったような静寂。
その静寂を切り裂くような杏華の言葉。
心を抉られるように辛くて、痛くて、どうしようもない。
「いつか私が思い出になったら。たっくんに素敵な人が見つかったら。きっと私のことも見えなくなる。たっくんには、未来があるんだよ」
そのまま高く、優雅に、軽やかに。
ステップを踏む杏華を追いかければ、通い慣れた道を進んでいることに気付く。
坂道と、辺りを鎮めるように立つ樹木。
息苦しいほど蒸し暑いはずなのに、心は冷え切ったように脈打った。
「たっくんは、まだ七夕が嫌い?」
進む背中が立ち止まる。坂道が開けた先は広くて静かな場所。
木々のざわめき以外、聞こえるものは何もない。
「……ああ。大嫌いだ」
七夕なんて大嫌いに決まっている。
それは、願い事をして星空を見上げる日。
だけれど、その日は。
その日は、思い出したくもない、君の。
「私の、命日だから?」
ぬるい風が温度を失くす。
杏華のその一言で、世界が急に色をなくしていく気がした。
杏華は至って冷静な表情で、自身の後ろを振り返る。
そこには、白百合の飾られた黒い墓石があるはずだ。
天川杏華と掘られた、濡れた色をした石は夜闇と同化して見えにくい。
つんとした、湿った土の匂い。
さやさやと揺れる樹木の音。
「……そうだよ」
自分の声が遠くに聞こえる。
震えるほど低い声が、押し殺したように響く。
七月七日。その日は七夕。
人々が願い事をして、星空を見上げる日。
織姫と彦星が一年に一度の逢瀬を交わす日。
そしてその日は、俺にとっては大切な幼馴染の命日。
天川杏華の、命日なのだ。
——‥*※*‥——
- Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.144 )
- 日時: 2015/07/29 23:23
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: Z.5JjKPv)
——‥*※*‥——
一年に一度、この日だけ。俺は杏華が見えるようになる。
杏華が死んだのは四年前。十六歳のこの日。
死んでから初めて現れたのは、三年前。
その時の杏華は肩をすくめて困ったように笑った。
思わず怒りが沸いてくるほど、悪びれもせずに。
まるで織姫と彦星みたいだ、と言ったのは杏華だ。
それなのに今、彼女はそれを否定する。
俺達は織姫と彦星には決してなれないと言う。
思い出にしてと、そう囁く。
「やっぱり。ダメだよ、七夕は素敵な日なのに」
今も杏華は、悪びれもせずに肩をすくめる。
それから困ったように笑うのだ。
「嫌いにさせたのは、どこの誰だ」
杏華が死ぬ前は、俺だって人並みに七夕に好意を持っていた。
けれどそれを一年で一番嫌いな日にしたのは、紛れもなく目の前の少女だった。
「まあ、それは私なんだろうね。でも、この先生きていく中で、七夕は素敵な行事でしょ?」
調子の良い言葉とは逆に、案の定困ったように笑う顔。
そんな顔をしないでほしい。
そんな顔をさせたい訳ではないんだ。
思わず俯いた俺の上に、澄んだ静かな声が振っていく。
「たっくん、多分たっくんは来年も私に会う。でもいつかはきっと、私を思い出にする日が来るんだよ」
杏華は目を閉じた。
その瞳の裏に見ているものは何だろうか。
開いたとき浮かぶのは、悲しみか寂しさか。
「俺が、杏華を……思い出にする日……」
そんな日が来るとは到底思えなかった。
四年立っても、未だにこんなにも辛いというのに。
杏華を思い出にしたら、今度こそ本当に会えなくなるのに。
「たっくんはさ、深刻に考え過ぎだよ」
杏華の声に、若干からかうような響きが含まれる。
黒髪が揺れる。風に吹かれて、風に押されて。波打つ黒髪は、彼女の肌の上を踊る。
「輪廻転生って考えもあるくらいなんだよ?また会えるって思おうよ」
ぬるい風が草木の間を縫うように進む。
その風は杏華の声を、どこまでも遠くへ飛ばしていく。
静かに染み渡るような声には、凛とした響きがあった。
「急じゃなくていい。ゆっくりでいい。たっくんには、今を生きてほしい」
杏華が瞳を開くと、唐突にその体が薄くなりはじめる。
それが告げるのは、今年の『七夕』の終わり。
「少しずつ、進んで。辛くなったら、ここに来てもいいから」
約束、とわずかな微笑み。
小さく手を振ると、杏華は当たり前のように空気に溶け消えた。
彼女の声が白い光の粒と共に舞い踊る。
『匠海、笑って。いつかまた、心の底から』
お節介な声が響きをなくすと、あたりはまた風に包まれる。
遠い星空が、輝きを増したように思えた。
まるで杏華が俺を見張ってるみたいだと、苦笑が漏れる。
帰ろうと通い慣れた坂道を下れば、街の灯が近付く。
どこからかまた、七夕の歌が流れてくる。
————笹の葉さらさら。軒端に揺れる。
まるでそれは、空の上で杏華が歌っているように聞こえた。
——‥*※*‥——
「死者にたいする最高の手向けは、
悲しみではなく感謝だ。」
未練と思い出。
残された者と、先に逝く者。
先に逝った者にとっての未練と、残された者の未練。
それはもしかしたら、どこかで繋がるものなのかもしれません。
残されたことを悲しみ、嘆く。
それはとても大切で、悼むべきもの。
それでも、感謝することを忘れてはなりません。
生まれてきたこと、出会えたこと、生きたこと。
その全てに感謝を捧げたとき、本当の意味でその人が
心の底から、尊いものになるのではないでしょうか。
それでは、今回はここまで。
また次回、お会いしましょう。
《引用:ソーントン・ワイルダー》
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【ぷちあとがき】
こんにちは。
なんとか七月中に投稿できてホッとしております!
これから部活等々、さらに忙しい時期へと突入しますが、気を引き締めつつ頑張っていきます。
更新がとても遅くて申し訳ないです。
その分、自分が書ける精一杯の作品をお届けできるよう、努力していきます。
そういえば、近頃また短編集が増えてきましたね。
前と変わらない仲間意識と対抗意識がふつふつと。
不思議と燃えてきます。(え)
暑くなってきましたが、どうか皆様も体調にはお気をつけて。
それではまた。