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Re: 白銀の小鳥Form of the love【短編集】 ( No.157 )
日時: 2016/04/05 23:44
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: 6QYZf7dF)

《本編》
Episode21 体ごと愛して

こんにちは。

もうすっかり春が芽吹く頃でしょう?
森には色が溢れているんですよ。

淡い黄色、桃色、命の緑色。
たくさんの光と色が集まった場所が、この森なのです。

では、本日の物語を読みましょうか。

本日の物語は、寂しがり屋の話。

寂しくてお互いを求めた、とある冬のお話です。

曇天の空の下、冷たいのは空気だけでしょうか、それとも。

「体ごと愛して」
それでは始まり、始まり、

〔character〕
彼 (名称未登場)

私 (名称未登場)

     ——‥*※*‥——

あの人は私を求めている、多分。



寂しがり屋の彼とは、ネットで知り合った。今どき珍しくもないとあるチャットで。
寂しがり屋の私は、寂しがり屋の彼に惹かれた。

類は友を呼ぶ、なんて言うけれど、私と彼の関係はそんな優しくて強いものではない。寂しいから、お互いを求めた。寂しいから、気持ちを確かめた。そんな、弱くて脆いものだ。

『一人が二人いるだけ』
好きな曲の歌詞を見て納得してしまう私がいる。寂しがり屋の私達は、同時にひどく臆病で。多分彼も私も、お互いを本当に信用なんかしていないんだろう。形だけ寄り添っただけ。心は融け合うどころか、触れ合ってさえいないんだ。

『会いませんか』
そんな言葉がチャットに更新されたのは、いつだっただろう。もう覚えていないけれど、特に驚きもしない私がいたことは知っている。
はい、とただ一言書き込んだ私の指は、何故だか微かに震えていた。

***

珍しく雪が降る日だった。都内の駅の、銅像の前。チャットに書き込まれた待ち合わせ場所で、私は彼を待っていた。周りには幸せそうなカップルが同じように待ち合わせをして、笑い、歩いていた。

「寒いですね」

ふとかけられた声に振り向くと、そこに彼がいた。チャットで知らされていた、灰色のコートと紺のニット帽を被った人。そうですね、と私の声が遠くに聞こえる。

雪のような人だと思った。それこそ、放っておいたら溶けて消えてしまいそうだと。普通の人のはずなのにそう見えるのは、彼の色素が薄いせいだろうか。

休日だからか人の多いその場所を、付かず離れずの距離で歩いていく。事前に決めていたカフェまでの道程、話したことといえば他愛のない話。周りの人からはカップルに見えるのかな、なんて思ってみたけれど分からない。けれど私達はあんなふうに幸せに輝いてなんかいないから、見えないんだと思う。


***

「寒いですね」

今日何度目かも分からないその言葉を彼が言う。だから私も同じ言葉を返す。そうですね、寒いですと。
灰色の雲から舞い落ちる雪は、けれども積もらず溶け消えた。彼のコートの肩に雪化粧。

寒い、寒いと彼は言う。
確かに刺すような冷たい日だ。けれど本当に寒いのは彼の内側なんだろう。寂しいから、冷たいから、紛らわすように言うのだろう。
だから私も、同意してみる。私も寂しいから。寒いですねと、言ってみる。

けれどどんなに繰り返しても、寒さはいなくならない。寂しさもいなくならない。多分それは、彼も。寂しがり屋が集まったって、冷たい心が集まったって、結局温まりやしない。温めるものがないから、寂しさが消えるはずもないんだ。



「好きです」

駅前の銅像の前、再び戻ってきたその場所で、彼はそう言った。その声は震えていて、でも私にはその震えがどこから来るのか分からなかった。それは心の寒さからなのか、それとも。

気付けば、返事をしていた。私も好きです、なんて。嘘ではない、この気持ちは偽りではない、それなのに胸に溢れる寂しさはどうしてだろうか。

それでも、彼が嬉しそうに笑うから。嬉しそうに、寂しそうに、哀しそうに、笑うから。

ああ、この人は寂しがりやなのだなあ、とぼんやりと思う。彼は私を求めている、多分。私の気持ちが、私の心が、彼に向かっていることに安心しているんだ。だって、彼は寂しがりやだから。そして私も、寂しがりやだから。

「また会いましょう」

そう言い残して去っていった背中を、ただただ見ていた。人混みにかき消されるまで、ずっと。今まで文字で交わしていた彼と私の言葉は、多分これからも変わらないだろう。今日も明日も、私達は画面越しに会話をする。気持ちを確かめ合う。

自分は誰かに必要にされていると、そう思い込むために。


一人残された雑踏の中、空を見上げる。彼の言葉を思い出す。好きです、なんて。灰色の空にこぼすけれど。

好き、それは好意を伝える言葉だ。好き、それは大きくなれば愛となる。愛は、心を満たすものだ。温かいものだ。歪んでいることはあっても、それでも人を強くするものだ。

けれど心に溢れるこの気持ちは、到底温かいと呼べそうにない。冷たくて、重い。そんなドロドロの寂しさだ。

彼は私を求めた。私はそれに応えた。私は彼を必要としていると、私の心は彼にあると、そう伝えた。

けれど。多分それは、私じゃなくても良かったのだろう。誰でも良かったのだろう。彼は私が好きだというけれど、結局は好いてくれれば、必要としてくれれば、それで。

彼は私の心を愛している。私の想いを愛している。それはつまり、私の心が消えてしまえば、興味はなくなるということで。

器なんて、気にもしていないんだろう。

だって彼は、私達は、ひどく臆病で、寂しがりやだから。依存したいけれど、傷つきたくはないから。
体なんてどうでもいいんだ。多分手を繋いだとしても、体を重ねたとしても、その温もりは彼には届かないんだろう。

想いを伝えるのと、心が融け合うことは違う。
違うのだ、悲しいことだけれど。そしてそれは寂しさを呼んでしまう。

どうせなら体ごと愛して。私の体ごと、器ごと、私を。

そう願ってしまうのは多分、私が彼よりも寂しがりやだからだろう。求めてしまう、相手のすべてを。

あの人は私を求めている。私もあの人を求めた。けれど多分、思いの大きさも色も形も違うから。

私達はどうしたって一人だ。一人ぼっちだ。
どんなに足掻いても二人には、なれない。

そんな寂しい私達が、寄り添う。

体ごと愛して、今はこのままで構わないから。


     ——‥*※*‥——

『あなたにめぐり逢えて本当によかった。

一人でもいい、

心からそう言ってくれる人があれば。』

人の心は触れ合うから、笑うことができる。
人の心は融け合うから、優しくなれる。

寂しさは、人を孤独にするものです。

ひどく重い愛を求めてしまうからこそ、誰にも触れ合えない。
けれど彼女は怖いのでしょう。重い愛を相手に求めなければ、寂しくて不安なのでしょう。

それも一つの、愛の形ではないでしょうか。

重くて、温かくなくて、それでも冷たくもない。
それが彼女の寂しさであり、愛なのです。

それでは、今回はここまで。
また次回、お会いしましょう。

《引用:相田みつを》