コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.22 )
日時: 2014/07/05 22:43
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: IhKpDlGJ)

【 恋路は近くにありて 】1/2



 まるで周囲から隔離されているかのように閑散とした昼休みの図書室。教室でお弁当を食べた後、私は毎日この場所に通っている。だって、あの人がいるから。
 私は本棚から適当に小説を取って、一番奥の席で本を読んでいるその人の向かいに座る。

「あ、葛城」
 彼は、男の人にしては色白で整った顔を私に向けた。

「昨日も部活サボっただろ?」
 そう言う彼の表情に、非難の文字は見受けられない。
「すいませんでしたー」
 とりあえず平謝りをしておく。二年生になってからというものの、私は時々部活をすっぽかすようになっていた。

「今、お暇ですか」
「うーん……、暇ではない」
「じゃあ、お邪魔ですか」
「別に邪魔ではないけど」
 そう言って彼は笑い、再び本を読み始める。

 彼は、深山(みやま)さん。深山、圭介。学年はひとつ上で、私が所属している美術部の部長さんである。
 最初は普通に深山先輩と呼んでいたのだけれど、向こうがそう呼ばれるのは堅苦しくて嫌だと言うので、今はさん付けに落ち着いている。

 何やら難しそうな本を読んでいる彼を見つめた。相変わらず綺麗な人だと思う。男だけど。でも、かといって軟弱という感じはしない。
 目立ちたがる性格の人ではないけれど、気さくで話しかけやすい雰囲気を纏っている。実際、男女問わず好かれているのだと思う。
 例えば私が廊下で深山さんとすれ違うとき、彼は例外なく不特定の誰かと楽しそうに話している。それが男の人のときもあるし、女の子のときもある。不良っぽい人のときもあるし、大人しくて真面目そうな人のときもある。
 だから傍から見れば、彼の学校生活はこの上なく満ち足りている、ように思える。

 それなのに、深山さんはお昼休みの大部分をこの静かな図書室で過ごすのである。一旦教室に戻れば、素敵なお友達が沢山いるはずなのに。まるで何かから逃げているみたい。
 そして私はそんな彼から目が離せないでいる。



 深山さんが本から目を話して伸びをした。

「今日は何の本を読んでるんですか?」
「…………簡単に言うと、ブラックホールにおける重力の問題とワームホールについての本」
「全っ然簡単じゃないんですけど」
 私は口を尖らせる。
「理系音痴にも分かるように言って下さいよ」

 そうだねえ、と穏やかな口調で言ってから、深山さんは分厚い本のページをパラパラと捲った。
「足に働く重力が頭に働く重力よりも強いのは知ってるよね」
「はい、ギリギリ」
「物凄く重力の影響が強いブラックホールの中だと、それが顕著に現れる」
「そう、なんですか」
 普段の会話では使わないような言葉の連続。
「だから人間がブラックホールの中に入るとスパゲッティみたいに伸びてしまう」
「スリムになって良いじゃないですか」
「ちょっとやそっとの変化じゃないんだよ」

「……ていうかそもそも、どうしてブラックホールの中に入ろうとか考え始めたんですかね」
「それは、ブラックホールがタイムマシンになり得るかもしれないから」
「話の展開についていけません」
「ブラックホールの中の強い重力は時間や空間を捻じ曲げてしまうんだ。だからワームホール──分かりやすく言うと出入り口のあるブラックホールのようなものが存在すれば、人間はタイムワープができるかもしれない」
 そうよどみなくスラスラと説明する深山さん。

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.23 )
日時: 2014/07/05 22:48
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: IhKpDlGJ)

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「へえ。SFみたい」
 と言ってはみたものの、正直よく分からなかった。というか、ブラックホール何某には関心がなかった。そういうほとんど空想みたいな世界に興味を持っている深山さんはますます理解不能だ。

「でも実際にはさっき言ったみたいな重力とか色々な問題があるから、タイムワープはまだあまり現実的じゃないんだ」
「それじゃあ机上の空論じゃないですか」
「そうかもしれない」
 そう言いつつも彼は満足そうだ。

「面白いですか? その本」
「うん」
 何の躊躇もなく答える深山さん。

「普通のお喋りとかの方が楽しいとは思わないんですか?」
「普通のお喋りも楽しいよ」
「それならどうして、毎日図書室に行くんですか」
「どうしてって……本を読むため」
「普通は教室にいるお友達を優先するものじゃないですか?」

 ──気まずい雰囲気になった。私はこれ以上何と言っていいか分からず、深山さんは黙り込んでしまった。どうしよう、怒らせた? 触れてはいけないことに首を突っ込んじゃったのかも、私。

「あ、あの、今のは…………」
「そう言われてみればそうだな」
「へ?」

「でも、此処に来ると葛城と話せるから」
 そうして彼は綺麗に笑う。──────思わぬ不意打ち。やばい、今、私の体温上がってるかも。
 こういうことをさらっと言ってのけるのが深山さんだ。相手が私だから、という訳じゃない。分かっていても照れてしまう。

「そんな、またご冗談を」
 私は笑って誤魔化すことしかできなかった。



 昼休み終了五分前を告げるチャイムが鳴る。私はタイミングの良さに内心感謝した。
「教室に戻ろうか」
「そうですね」
 そうして私と深山さんは立ち上がる。さほど興味もなかった小説をもともとあった場所に戻して図書室を一足先に出ようとしていたら、彼に呼び止められた。
「何ですか?」
 ──────深山さんは無言で私に近づき、耳元で囁いた。

「今日は部活に出なよ」

 耳と口が触れそうな距離。私の鼓動の速さは、彼に気付かれたかもしれない。身体が固まる。何も言い返せない。頭の中はパニック状態だ。


「葛城って面白い」
 去り際にそれだけ言うと、深山さんはいつもの笑顔を私に向けてから、何事もなかったかのように教室に戻っていった。
 ──────あんな状況であんなことを言われたら、余計部活に出づらくなるじゃないか。
 からかいを受けたことに対する屈辱感と、深山さんの知らない一面を知った嬉しさが交錯する。彼は私の気持ちをとっくに見透かしているのかもしれない。それを知った上で、あんなことをしたのかもしれない。なんて人だ。ずるい、理解不能、ぞっとするほど。

 なのに、惹きつけられずにいられない。








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一応ライト(?)な終わり方に出来てよかったです(^ω^`)
謎のある男の人はもてる、という勝手な想像です……
実は以前に深山さんと葛城が登場するお話を書いたのですが、そちらは大分ブラックな内容なので此処に載せるかどうか正直迷ってます;