コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.31 )
- 日時: 2014/08/11 23:36
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NuyUCoME)
【 FLASH 】 1/2
「……あ、羽野さん? ……あたし、英里奈」
インターフォンを押すと、すぐに玄関に向かってくる足音が聞こえた。
扉が開く。最後に会ったのはあたしのテスト週間が始まる三日前だから、かれこれ二週間ぶりだ。彼の顔を見ると、自然と笑みが零れた。
「英里奈」
しばらくぶりに名前を呼んでもらえたのが嬉しくて、玄関に入って扉を閉めるとすぐに羽野さんに抱きついた。
彼が優しくあたしの頭を撫でる。なんて温かいのだろう。なんて落ち着くのだろう。
*
あたしは二年前まで、ちょっとした雑誌モデルの仕事をしていた。その最初の撮影のときにあたしを撮ってくれたカメラマンが、六歳年上の羽野さんだった。
無機質なシャッター音が響き渡る、真っ白なスタジオ。眩しいくらいのフラッシュライトを浴びながら、彼にカメラを向けられている中で自然と笑顔になっている自分がいた。
けれど一年ほど経ってから、あたしはモデル業を辞めた。……まあ簡単に言うと、鳴かず飛ばずだったってこと。
そして地元の大学に進学して、それから間もなく羽野さんとの交際を始めた。
*
「テスト、どうだった?」
「まあまあ、かな。でもこれからしばらく大学はお休み」
「ふーん。じゃあどこかに出かけようか」
「……本当!? じゃあ今日にでも──」
「今日は駄目だよ。やらないといけない仕事があるから」
茶色で統一された広めのリビングに入ると、テレビの近くの机の上にはノートパソコンが置いてあった。今日中に終わらせないといけない仕事なんだ、と羽野さんは言った。
羽野さんは二人掛けソファーの左側に座り、真剣な顔でノートパソコンに向かう。あたしはその右隣に座って、友達へのメールの返信をした。
そうし始めてから十分くらい経って、今日が毎月読んでいるファッション雑誌の発売日だったことに気付く。
隣でパソコンに向かう羽野さんの横顔を見つめた。パソコン画面には何やら細かい文字が沢山並んでいる。
「仕事、終わりそう?」
「……あと一時間は掛かるかな」
真剣な顔で彼は言う。
「あたし、ちょっとコンビニ行ってくるね」
「あー…………じゃあついでに、」
「ちゃんとコーラも買ってくるよ」
あたしはそうして、ソファーから立ち上がる。
羽野さんは、いつも家の冷蔵庫にコーラを常備していなければ落ち着かないほどのコーラ好きである。それを知ったのは、彼と付き合い始めてから間もなくのことだった。
*
彼の住むマンションから一番近いコンビニまでは歩いて五分と掛からない。
冷房が効きすぎているくらいの店内に入ると、目当ての雑誌を立ち読みする。羽野さんの撮った写真が掲載されているものだ。髪にゆるいパーマをあてている女性モデルが微笑んでいる写真だった。
決して、彼の方から仕事で撮影した写真を見せてくれることはない。だけど、こうしてページの端に小さく印刷してある彼の名前を見ると、まるで自分のことのように嬉しい気持ちになる。
写真を一通り見終わると、あたしは飲料売り場に向かった。羽野さんの好きなコーラとあたしの好きなミルクティーを手に取り、会計を済ませてコンビニを出た。
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.32 )
- 日時: 2014/09/11 19:14
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NuyUCoME)
2/2
足早に歩いてマンションの玄関に戻ると、話し声が聞こえてきた。羽野さんはどうやら電話中らしい。真面目な仕事の電話だったらいけないと思い、静かにミュールを脱いで部屋に上がる。
────仕事? いや、違う。真面目とは程遠い、凄く楽しそうな彼の声。嫌な予感がした。
「…………そういや最近全然会ってなかったからなー。また飲みにでも行こうか。……え、何? 今から? 駄目だよマユミ、今日はさすがに。仕事が忙しいから……」
あたしは電話の間、廊下で固まっていた。「マユミ」さんは羽野さんと、一体どこまでの関係なのだろう。
────羽野さんが女好きだってことくらい、とっくに知っている。
モデル業をしていたときも、彼が他のモデルを口説いているという噂は何度か耳にしていた。それでもあたしは、羽野さんが誰にでも優しいからそういう風に言われるだけだと信じていた。だけど、今みたいな会話を聞いてしまうと、ひょっとしてあたしは複数の中の一人に過ぎないのかも、なんて思ってしまう。
「……うん。はいはい……、じゃあまた」
羽野さんが電話を切った。
このまま廊下で突っ立っているわけにもいかないので、震える胸を抑えてリビングに入った。羽野さんがあたしに気付いて、少し驚いた表情をする。
「帰って、きてたんだ」
「……うん」
「聞いてた? さっきの電話」
あたしは頷く。
「マユミさんって、誰」
自分で自分の語気が強くなるのが分かった。
「……高校のときの同級生。この前同窓会で久しぶりに会って、連絡先交換しただけだって。……ただの友達」
「本当に?」
「本当だよ」
出来れば信じたかった。でも多分、嘘だ。あたし以外にも、今すぐ羽野さんに会いたいって言う女の人は沢山いるのかもしれない。マユミさんだって、さっきの雑誌に載っていたゆるいパーマのモデルだって、そうかもしれない。
あたしはレジ袋からコーラを取り出して、ぶっきらぼうに手渡した。
「……ああ、さんきゅ」
羽野さんがペットボトルの口を緩める。炭酸が弾けて爽やかな音がする。彼はそれをおもむろに一口飲んでから、言った。
「飲む?」
──────その表情に、めまいがした。それって間接キスじゃん。自然と顔が紅潮する。彼のこういうところにあたしは惚れているのだと思った。
「……飲む」
甘い炭酸が口の中に広がる。ペットボトルの飲み口は少し生温かい感触がした。
「怒ってる?」
羽野さんは駄々っ子に話しかけるような口調で言う。
「別に怒ってないっ」
(────あたしだけ、見ていてよ)
(そんなの無理だって、分かってはいるけれど)
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大人っぽい話を書くつもりだったのですが……なんだかあれれ? な感じに(
羽野さんは本当にどうしようもない奴ですね;
次は純粋に格好良い男の子を書こうと思います(^ω^`)