コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.33 )
- 日時: 2014/09/13 16:35
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NuyUCoME)
【 あいつは××のことが好き。 】
1/3 市川side
「あ、市川」
「げ、伊野じゃん」
「げ、って何よ。げ、って!」
「何だよついてくんなよ」
「家が隣なんだから仕方ないでしょーが!」
部活が終わり制服に着替えて校門を出るところで、偶然幼馴染に会った。彼女────伊野七瀬は、長いポニーテールを揺らしながら少し離れて俺の隣を歩く。
*
男女の幼馴染というのは、本当に面倒臭い。
小学校高学年にもなると、二人で話しているだけでからかいの標的になった。「ところで伊野と付き合ってんの?」が友人からの挨拶代わりになり、お互いに下の名前では呼びづらくなった。俺としては若干の違和感は残っているが、中学二年となった現在は苗字で呼び合う形に落ち着いている。
「ていうかさっきの授業、完全爆睡だったでしょ」
「うるせえな」
「よくあんな前の席で寝れるよねー」
「……大宮の声は眠気を誘うんだよっ」
「まあそれは分からなくもないけど」
そう言って七瀬は笑った。頬に愛嬌のあるえくぼが出来る。
俺はそれを見て、何だか胸が詰まるような思いがした。
────最近の俺は、何だかおかしい。
二年になったくらいからだろうか。七瀬と少し話したりすれ違ったり、遠くから見たりするだけで変な気持ちになった。何と言うか、心の奥がもやもやする感じ。
確かに彼女はクラスの他の女子と違って気兼ねなく話せるし、一緒にいて楽しい奴だと思っている。でも今はただそれだけじゃない気がするんだ。
*
「よう、市川」
「お、はよー」
次の日、朝練が終わって教室に向かうと、友人の伸也に声を掛けられた。
「そういや、今気になってる子とかいないのかよ」
「またそれか」
前のめりになって訊いてくる伸也を軽くあしらう。こいつは本当にこの手の話が好きだな、とつくづく思いながら自分の席に鞄と部活の道具を置いた。
「……あ。そっかー、市川には既に伊野という彼女が、」
「だっ、だからそれは違うっつーの!」
思わず声が大きくなってしまう。
やばい。本当に変だ、俺。前まではこんな風に言われても、ただ面倒臭いとしか思わなかったのに。近頃伊野七瀬という単語に、やけに敏感になっている。だけどこの気持ちを伸也やクラスの奴らや七瀬に気付かれるのは何としてでも避けたかった。だってからかいのネタになるのがオチだし、それにそんなの、照れるだろ。
「……俺のことより……そっちはどうなんだよ」
「へ、俺?」
「いつも人のことばっか訊いてくるくせに」
そう言うと、伸也は腕組みをして首を捻った。どうやら、とりあえず話題を逸らすことには成功したようだ。
「んー、そうだな…………矢崎、とか?」
さっきより、伸也の声が小さくなる。
「矢崎?」
教室を見渡すと、後ろの方の席で女子の集団の中にいる彼女を発見した。ああ、あの人か。
矢崎。矢崎真美。二年になって初めて同じクラスになった女子だ。まだ喋ったりしたことはない。俺が知っていることといえば、背が低くて、肌の色が白くて、ふわふわした雰囲気を纏っているということくらいだ。
「なるほど、ああいうのが好みだったとは」
「まあ、好みっていうかさあ……何か兎っぽくね?」
「そんな遠回しに言わずに、素直に可愛いって言っちゃえよ!」
「ちょ、市川! 声がでかいって」
そう言う伸也の耳はみるみる赤くなっていた。額にはうっすら汗が浮かんでいる。…………立場逆転。さて、これから根掘り葉掘り訊いてやることにするか。
*
昼休みが終わると掃除の時間だ。今週の掃除場所は音楽室前の廊下。面倒くせー。そう決まり文句のように呟きながら、用具入れからほうきを取る。不意に後ろに人の気配を感じたので振り返った。────あ、矢崎真美。そういや掃除場所一緒だったな……って、ほうき取るの待ってるのか。
「はい」
俺は矢崎に、何気なくほうきを一本手渡した。
「あ、ありがとう」
一瞬意外そうな顔をしてから彼女は微笑んだ。兎っぽい、か。なるほど、言われてみれば分からなくもない。