コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.38 )
- 日時: 2014/10/05 17:57
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NuyUCoME)
【 毒針に口付けを 】1/2
「こんにちはー」
学校が終わると一目散に家に戻る。といっても自分の家にではなく、お隣の芹沢家に。
小学校二年生のとき、俺は親の転勤で今住んでいる街に転校してきた。お隣に住む芹沢翔平が俺と同い年だったこともあり、芹沢家とはすぐに家族ぐるみの付き合いに発展し、今でも互いの家を自由に行き来するほどだ。
────けれど最近俺が芹沢家に入り浸るのは、専ら彼女に会うためである。翔平の両親はいつも暗くなるまで帰ってこない。翔平も平日は部活がある。今日、家にいるのは彼女だけだ。
「栞奈(かんな)、」
リビングに入ると、ダイニングテーブルの上でノートパソコンを広げているその人に声を掛ける。
彼女は芹沢栞奈。翔平の姉で、俺より二歳年上の大学生。
「また来たんだ、居候」
見慣れているはずの笑顔を向けられただけで、嬉しくなる。
大学に入ったころからだろうか、栞奈は凄く綺麗になった。大人っぽくなった。俺の高校の同級生たちにはない雰囲気を醸し出していて、そこが一層魅力的に見える。
「あ、そうだ。アイス食べる?」
パソコンを閉じ、そう言って微笑む栞奈。この表情には抗えないな、とつくづく思う。これが翔平だったら、冬にアイスは寒いじゃないか、なんて文句を言っているだろうけど。
*
栞奈が昨日買ってきたらしいバニラアイスを、二人でソファーに座って食べる。スプーンで一口含むと、すぐに甘さが口の中を満たした。
二口目を食べようとしたところで、ソファーの前の小さなテーブルの上に映画のチケットがあることに気付いた。よく知らないけれど、題名から察するに純愛映画らしいということは分かった。
「これ、栞奈の?」
「うん。同じゼミの人に誘われたから」
「それって、男?」
「そうだよ」
俺の不安をよそに、彼女は平然と答えて美味しそうにアイスを口に含んだ。
「それで、行ったんだ……?」
「いや、今週の土曜」
「……そいつ絶対栞奈のこと狙ってるだろ」
「あはは、それは考えすぎでしょ」
彼女はやきもきするくらいに楽観的だった。何を根拠にしてそう思うのだろうか。俺には分からない。
今のところ栞奈に付き合っている相手はいないようだが、それはきっと、幸か不幸か彼女の鈍感さが原因になっていると俺は思う。だから、本人が気付いていないだけで、彼女に思いを寄せている男が一人や二人いたっておかしくはない。そしてその内、少なくとも一人はこの映画に誘った奴だ。
「……無防備過ぎ」
俺はつい、小さな声で呟く。そして食べ終えたアイスの容器を、目の前のテーブルの上に置いた。
「へ? 今何て」
栞奈も空になった容器をテーブルの上に置く。
「今だって、俺が襲ってくるかもしれない」
「そんな勇気ないくせに」
彼女はそう言って、悪戯っぽく笑った。
…………本当に俺は異性として何とも思われていないんだな。せいぜいもう一人の弟みたいな存在に過ぎないのだろう。分かりきっていることだけど、こういう風に改めて言われると全身が締め付けられるような、痛切な気持ちになる。
だから最近は流石に焦って、思わせぶりなことを言ってみたりしてはいるのだが、まるで効果がない。というか耐性がついてしまって、かえって逆効果なんじゃないかと思うときもあった。────でも、でももうこれまでと同じでは駄目だ。でないと、本当に他の誰かに取られてしまう。
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.39 )
- 日時: 2014/10/05 21:03
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NuyUCoME)
2/2
俺は栞奈の横顔を見た。長い睫毛、色白の肌、細く引き締まった顎。ああ、やばい、もう限界。──────俺は彼女の両手首を掴んでソファーに押し倒した。
一瞬で目線が変わった。彼女は何が起きたか分からないという様子で数秒間俺を見つめた後、少し頬を紅潮させて腕に力を込めて押し返そうとしてくる。
「──っ、ヘタレの分際で、」
いつもの調子で栞奈は言ったが、その声は震えていて明らかに余裕がなかった。
「そんなこと言って、後悔しても知らないよ」
栞奈の顔色が変わる。俺の真剣な顔を見て、ようやく事態を把握してくれたらしい。
「翔平が────、翔平が、帰ってきたらどうするつもり」
「さあ」
そうして俺は彼女の唇を塞いだ。温かい感触とともに、甘いバニラの味が口一杯に広がる。キスは想像していた感覚とは幾分違っていた。まあそれもそうか、初めてなわけだし。
時折彼女の吐息が漏れ出る。今もし翔平が帰ってきたらどうするか、なんて全然考えていなかった。というか、考えたくもない。俺はとりあえず彼が帰ってこないことを願った。
少しして一旦唇を離すと、栞奈の顔は林檎の如く赤くなっていた。そして目が合うなり顔を横に背ける。普段は決して見せない表情に心が揺さぶられた。でも、キスは嫌だったのかな。
俺は掴んでいた両手首を離し、ひとまず彼女から退いた。
*
「ばっかじゃないの。このど変態が」
数秒間の沈黙の後に、栞奈が口を開く。
「馬鹿じゃないし俺は本気だ」
「ど変態」というところは否定出来なかった。
「訳分かんない。いきなりあんなことして」
まるで責めるような口調だった。……あーあ、終わっちゃったな。俺は投げやりな気持ちになった。
「嫌いになった?」
栞奈は黙り込んだ。いっそはっきり嫌いと言ってくれれば楽なのに。
俺は苦しくなっていたたまれなくなって、自分でも身勝手な奴だと思いながらソファーを立ち、玄関で靴を履いた。そうして扉を開けようとしたところで、家の中から小さな足音が聞こえた。──────もしかして。
「遥斗っ」
名前を呼ばれて振り返ると、未だに頬の赤い栞奈が立っていた。
「私、別にあんたのこと嫌いになったわけじゃないから!」
「……どうして」
胸が震える。どうしてどうして、と心の中で何度も呟いた。頭の中は混乱状態だ。
「さっきのは突然だったからびっくりしただけで…………だって遥斗は、弟みたいなもんだったし」
「……じゃあ今は、弟みたいじゃないってこと?」
「当たり前でしょ! あんなことされて意識しないわけない」
それだけ言うと、怒ったような照れたような顔で栞奈はリビングに引っ込んだ。そんなかのじょの表情は、今までで一番いじらしくて綺麗だった。
────ついに、俺も弟卒業ってところか。
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ドッキドキな展開を目差して書きましたが……大丈夫かな、これ(・ω・;)
そういえば村雨の短編で肉食系男子って珍しいかもですね…
肉食の加減は難しかったです(
ちなみに栞奈みたいな強気な女の子キャラは個人的に好きだったりします∀