コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.43 )
日時: 2015/05/09 10:41
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: SiiKM6TV)

【 立ち入り禁止区域 】1/2



「さあて、と。今日は天気がいいから抜き打ちテストでもしよっかなー」
 ある晴れた昼下がり、やぶっちょこと日本史担当の薮内先生は唐突にこう言った。
「ちなみに点数が三十点以下だった悪い子は、今日の放課後に特別補習があるので覚悟しておくよーに!」
 クラス中のお喋りが途端に溜め息に変わる。そして放課後に友達とクレープを買い食いを約束していた私の頭は、一瞬にして荒地と成り果てた。

 テスト用紙が配られ、解答欄をちらりと見ると一つ一つが五文字分くらいの大きさだった。つまり、全部記述式ってことか。──やぶっちょの意地悪! これは、いつも定期テストの記号問題で点数を稼いでいる、私への復讐なんだきっと!
 問一、分からない。問二、知らない。問三、何すかそれ。問四、これは聞いたことがあるかも……でも漢字が分からねえ。仕方ないので平仮名で書こうと思った矢先に「用語は全て漢字で書くこと」という無慈悲な注意書きを発見してしまった。

 汗が出てきて、体温が上がる。ますます頭がぼうっとする。歴史の用語でなく「補習、補習」と先生の言葉だけが脳内をぐるぐる回り始める。やぶっちょは生徒のことを思ってこんな脅しを掛けているのかもしれないけれど、少なくとも私にとっては逆効果だ。ひどいよ、抜き打ちでテストするなんて。全部記述式にするなんて。おまけに漢字指定にするなんて。
 私は涙目になって、天を仰いだ。──嗚呼。

 その時、シャーペンを机に置く音が耳に響いた。一つ前の席を見ると、クラスの優等生倉石くんがかったるそうに伸びをしているではないか! 彼の涼しげな表情が目に浮かぶようだ。成績優秀で先生からの信頼が厚く、黒板消しの担当を自ら進んで行い、風紀委員長やらいつも何かの長をこなしている完全無欠な彼にとって、これしきのテストなんぞ余裕なのだろう。それに…………
 ────ストップ、自分! 今は倉石くんのことなんてどうでも良いんだ。テストテストテスト…………



「はいそこまでー。後ろから集めてー」
 え、ちょっと、まだ全然書けてないってやぶっちょ!
 シャーペンから手を離すと、ほぼ真っ白な自分の答案用紙が目に入る。体温が一気に下がっていく思いだった。

「小夏、出来た?」
 隣の席の由季ちゃんに声を掛けられた。
「やばい……補習決定だ……」

「まあ、補習なんて多分冗談だよー」
 私がよっぽど深刻そうな顔をしていたのか、彼女は優しく気遣ってくれた。

後ろの席から答案用紙が回ってくる。自分の真っ白な答案を重ねて前の席の倉石くんに渡す。ちらりと彼の答案を覗き見すると、全部の欄が綺麗に埋まっていた。
「凄いね倉石くん……」
 どうか貴方の脳みそを私に分けて下され。

「そんなことないよ」
 倉石くんはそう短く答える。分厚い眼鏡の奥の瞳はニコリともしていない。……全く、可愛げのないポーカーフェイスだ。





 結局、補習はあった。
 クレープ買い食いは延期になった。私もぜんっぜん出来てないよー、とか笑っていた由季ちゃんも、点数は合格点のはるか上。くそう、裏切り者め。
 補習教室に集まったのは私を含め三人だけ。残り二人は、まあ納得のメンバーだ。

 やぶっちょの愚痴混じりの補習は、開始一時間後の臨時職員会議により強制終了となった。



「……やっと解放されたー!」
 スキップで教室を後にすると、南階段を降りて旧校舎の脇を通り抜ける。人通りは滅多にないけれど、これが一番の近道だ。
「ふふふふーんふふー」
 自然と鼻歌が出る。あ、そうだ帰りにアイス買って帰ろっと。

 細い道を抜けてプールの脇を通ると、突如として一人の男の子が全速力で目の前を通りすぎていった。陸上部のトレーニング? あ、でも制服でそれはさすがにないよね。

 男の子は速度を緩めることなく走っていく。彼が向かう先にはプール周りの高い柵。────正気か、あの人!? あんなのに当たったら痛いじゃ済まないって! 突っ込んだら確実に大怪我だ。止めて止めて止めてストップ…………!!

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.44 )
日時: 2014/10/25 17:10
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: FLul5xpm)

2/2




 衝突音は聞こえなかった。──────男の子は柵の手前で力強く踏み込み、そして飛んだのである。三メートルの高さはあろうかという鉄製の柵に捕まると、彼は流れるようにして垂直に上っていく。そしてあっという間に一番上まで辿り着くと楽々とそれを乗り越え、軽やかに着地した。

 一連の動きに淀みや無駄な動作は全くなかった。格好良い、いや美しいと言ってもおかしくない。重力というものを感じさせないその動きに、私はすっかり見惚れていた。

 男の子は着地したきり、私に背を向けたままだ。どんな人なんだろう。こっち、向かないかな。こっち、向け!
 すると、私の願いが届いたのか。男の子がゆっくりとこちらを振り返った。


「…………く、倉石くん!?」





 私は目を疑った。いつもと違って分厚い眼鏡は掛けていないけれど、確かに倉石くんだ。私は彼に今の感動をどうしても伝えたくて、思わず駆け寄る。
「倉石くん、今の超格好良かった!」

 彼はびっくりした表情のまま固まっていたけれど、私はお構いなしに続けた。

「凄いよねー! 着地のときとか本当に一瞬羽が生えたみたいでさあ──スポーツ出来るイメージとか全然なかったけど、運動神経良いんだね! 知らなかったー! そういや、何か部活とか入ってたっけ?」

「え、えっと……」
 困惑した表情で目が泳いでいる柵越しの倉石くん。……一方的に好き勝手喋りすぎたかな、私。倉石くんって、こういうタイプ苦手なのかも。
「あ、ごめん」

 倉石くんは何から言おうか考えあぐねているように見えた。私は頑張って、喋りたいのを我慢する。ていうか眼鏡を外すと案外イケメンなんだなあ、とぼんやり思う。

「あれは……なんていうか、ガス抜きみたいなもんで、」
「柵を飛び越えることが?」
 疑問符が頭の中で量産された。

「栗原さんには、どうしようもなくくさくさした気分になることってない?」
「そう、だねえ」
 私は曖昧に相槌を打った。

「そういう時、俺は禁止されていることを敢えてやりたくなる」
 そう言って、倉石くんは柵に貼り付けられた「立ち入り禁止」の看板を指差す。なるほど、テスト前になればなるほど遊びたくなる気持ちと似ているかもしれない。何だあ、倉石くんって隙のないサイボーグみたいな人だと思っていたけれど、こういう普通っぽいところもあるんだなあ。そう思うと、急に親近感が湧いてきた。

「私、倉石くんのことかんっぺきな優等生だと思ってたよー。だって、委員会とか皆があんまりやりたがらないようなこと進んでやってくれるしさっ」
 私は何だか嬉しくなって、柵越しに彼を小突いた。


「……………………ちげえよ」
「ん?」
 倉石くんの周りの空気が一瞬にして凍結した。一切の感情を排除したような声。いつにも増して冷たい瞳。背中に寒気が走った。やばい、気安く小突いたのがいけなかったのかな。
「ごめん倉石くん! 今のは……ねえ?」


「俺は好きでやってるんじゃねえええ!」


 ────その声の迫力といったら、目の前の柵を大きく揺らす勢いだった。風に例えるなら風速三十メートル、大型台風並みってところか。私は何も言い返すことが出来ずに、ただただ呆然と突っ立っていた。

「そもそも高一の最初のホームルームで、見た目が真面目そうだからとかいう理由で学級委員に選ばれたのが全ての始まりで、それからことあるごとに『何かこの前も学級委員やってたし、今回もお願い』みたいな空気で面倒な役職に推薦されて……!!」

 倉石くんは早口で次々と言葉を吐き出していく。

「それに何某委員長なんて、所詮教師の雑用係みたいなもんだし、やってて楽しいわけないだろう! あんなんが楽しいとか抜かす奴がいたら、俺は尊敬するね!」

 早口で声が大きくて毒舌で隠れイケメンで優等生じゃない倉石くん。いつもと百八十度違う彼の姿。心臓がバクバクしっ放しだった。本当に、あの倉石くん?

「でも、よく委員長とかに立候補してるよね……?」
「それは! どうせ誰かに推薦されるんだし、最初から立候補するのと何ら変わらないという境地に思い至ってそうしているだけだ! そこのところを誤解しないでもらいたい」

 ということは、好きでもないことを自分からやってるってこと?
「もしかして倉石くん……マゾなの!?」
「はあ!?」
 彼は面食らったように私を見る。
「人を勝手に変態扱いしないでくれ」

 そう言う彼は、どうにか動揺を隠そうとしているように見えた。委員会のことと言い、今の感じと言い、倉石くんって実は人に弱みを見せたくない強がりさんなのかな。

「……とにかく! そういう訳で俺にはガス抜きが必要なんだ」
そう言って彼は咳払いをした。

「普段から今みたいな感じでいれば良いのにいー」
「それは無理」
 彼は表情筋を少しも動かさずに即答する。
「どうして? 優等生じゃない倉石くんの方が面白いのに!」
「今更そんなこと出来るかよっ。もう三年近く優等生やってるんだから」
 それは、男のプライドってやつなのだろうか。
「私は今みたいな方が好きだよ?」

 そう言うと、彼は何故かふいと横を向いてしまった。
「…………それはそうと、」
「それはそうと?」

「今日のことは誰にも言わないで欲しいんだけど」

「分かってるよ」
 多分、誰にも知られたくない秘密だったんだよね。私一人に知られただけでも、かなり動揺してるみたいだし。

「ほ、本当に?」
「うん! オッケーオッケー」
 私は親指を立てる。
「でもあんた、すぐ誰かに喋りそうなんだけど」
「失礼な。秘密はちゃんと守る派だからね!」

 そうは言っても、倉石くんはまだ信じ切れていないという表情。
「友達に電話で喋ったりしない?」
「あはは、そんなことしないよー」
「メールで伝えたりもしない?」
「しないしない」
 倉石くんてば、心配しすぎ。普通に返事するだけじゃ納得してくれそうにないなあ。

「SNSサイトで広めたりもしない?」
「天に誓います」
「そ、そこまでの覚悟をするとは……!? 色々疑ってごめんな……」
 あ、意外と単純な人なのかも。





 日が傾いてきた。橙色の夕日が旧校舎の裏に隠れようとしている。冷たい風も吹いてきた。もうカーディガンを着ないと寒い季節だ。

「私、そろそろ帰ろうかな。倉石くんは?」
「まだ委員会の仕事が残ってるから、それを終わらせてから帰る」
「えーと、風紀委員だっけ」
「今日はボランティア委員」
 この人は、一体いくつの委員会を掛け持ちしているのだろう。

 じゃあね。と言おうとしたところで、彼がアクション俳優並みの格好良さで柵を飛び越える光景が頭をよぎった。あ、そうだ。最後に言っておかなくちゃいけないことが。

「私、また見たいな! 倉石くんが格好良く柵を飛び越えるところ」
 彼の普段とは違う面を、もっと見ていたいと思った。まだ謎な部分や訊きたいことが沢山残っている。


「……明日は美化委員の集まりが終わってからになるけど」
 目を合わせずにそう答えた倉石くん。今の言い方だと、そんなに嫌がってる感じでもない?

「じゃあまた明日ね! ばいばーい!」
 私はその反応が嬉しくて、満面の笑みで手を振る。その瞬間、彼の頬が赤みを帯びた気がした。まあ多分、夕日のせいだろう。





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今までで一番長いお話になったかなv

ただただ楽しんで書きました(
この二人が恋人まで発展する可能性は低そうですが……