コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.65 )
日時: 2015/04/30 19:55
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: SiiKM6TV)

【 Good Boy…? 】1/3



 つまらない映画を観た。
 冴えない男が彼氏持ちの美人に恋をして、何度ふられてもめげずにアプローチし続けた結果その女性と結婚するという筋書きだった。そんな上手いこと行くわけないじゃんか、とエンドロールの途中で隣に座っている瑛仁(えいじ)に言おうと思った。が、奴は口を半開きにしたままぐっすりと眠り込んでいる。

 高校受験の合格発表が終わって一週間ほど経ったころ、同い年で従兄弟である瑛仁に映画に誘われた。彼曰く、この映画に大好きな女優が出演しているが純愛ストーリーということで一人で映画館に行くのは恥ずかしいから一緒に来てくれ、ということだった。──それなのに。

「起きろよっ」
 僕は瑛仁を小突く。
「……ん? やあ、おはよう」

 エンドロールが終わり、部屋の照明が点く。まばらに座っていた観客たちが席を立ち始める。
「それにしても中学生料金で観られてよかったな」
 瑛仁が欠伸をしながら言う。僕たちはまだ正式な高校生ではないが、既に中学は卒業している。高校生料金は中学生よりも千円高いので、中学生扱いにしてもらえたことには僕も内心ほっとしていた。

「でも、寝てたじゃん」
「ははは、でも俺は石村菜々恵と付き合う夢を見たんだぜ」
 石村菜々恵というのは、瑛仁の大好きな女優の名前だ。

「何か話が単調すぎて眠くなっちゃったんだよなあ」
 瑛仁が呟く。何だ、僕と同じような感想じゃないか。
「だろ!? 第一さあ、人生あんなトントン拍子に行くもんじゃないって!」

 そう言うと奴は、僕を哀れむような目で見た。どうせもてない男の嫉妬とでも思っているのだろう。
「そんなに僻むなよ。肇(はじめ)だって、高校に入れば彼女の一人や二人くらい出来るかもしれないだろー」
 だからそんなんじゃないって、と反論しながらリュックと空になったポップコーンの容器を持って立ち上がった。
「ちょっと待てよー」
 瑛仁も遅れてついてくる。僕は無視して歩調を緩めずに歩いた。椅子と椅子の間の狭い通路を通り抜け、少し広い通路に出る。

「ちょっと待って、そこの人!」
 高くてよく通る声で誰かが叫んだ。驚いて、反射的に振り返る。それが自分に向けられていると気付くのに少し時間が掛かった。

 声の主は、髪の長い女の子だった。女の子、と言っても僕より年上だろう。高校生くらいだろうか。僕ですか? と尋ねるようにして自分の顔を指差す。彼女はうんうん、と頷いてからこちらへ駆け寄ってきた。

「はいこれ! 落としたでしょ」
 彼女はにっこりと笑い、僕にダチョウのキーホルダーの付いた自転車の鍵を手渡した。

 あれ、確かズボンの尻ポケットに入れておいたはずなのに。念のため、手を入れて探ってみるが案の定何も入っていない。席を立つときに落としたのだろうか。
「あ、どうも…………」
 僕は鍵を受け取る。女の子の手の温もりが伝わってきて、僕はどきりとした。上手くお礼を言えない。緊張で舌が思ったように回らないのだ。男子校で三年間過ごすとこんなにも女の子に対する免疫がなくなってしまうものなのか、と自分でも驚く。

「渡せてよかった」
 彼女は、僕とは対照的に笑顔を少しも崩さない。笑うとえくぼが出来るんだな、と思った。そしてそれから、僕は少し会話しただけの彼女のことが頭から離れなくなった。

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.66 )
日時: 2015/04/30 22:25
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: SiiKM6TV)

2/3





 四月、高校の入学式。
 着慣れない詰襟に腕を通し、まだ馴染みのない門をくぐる。風の強い日だ。沢山の桜の花びらが空中に舞っている。
 紙で作られた赤い花のコサージュを受付で受け取ると、親と一旦別れ、新入生入り口と書かれた矢印付きの看板にしたがって進む。中庭を抜け、体育館らしき建物の裏まで来たところで、桜の木を背景に自撮りをしている見知った顔が目に飛び込んできた。
「瑛仁」

「あ、入学できてよかったな、肇。落ちたんじゃないかと思って心配してたよ」
「余計なお世話だっつうの」
 僕は少しむっとしたが、同時に安堵していた。同じ中学からの友人はほとんど他の高校に進学してしまっていて、瑛仁はこの高校に入学した数少ない知り合いなのである。

 式が始まるまでにはまだ少し時間がある。あと五分ほどで指示があるからここで待機するように、と受付の人に言われていた。周りには僕と同じコサージュを着けた新入生が数十人ほど待っていた。中学のときからの知り合いなのだろうか、複数で喋っている集団の姿が目に付く。誰も彼もが変な緊張感に包まれているように思えた。

「あ、あの女の子、可愛くね?」
 前言撤回。緊張感とは無縁の男がすぐ隣にいるのを忘れていた。
「は?」
「ほらあれだよ。入り口の近くにいる──髪が短い子」
 瑛仁がそう小声で言って指差した先を見ると、十メートルほど離れた場所にそれらしき女の子が見えた。確かに、目が大きくて可愛い人だと思った。
「ちょっと石村菜々恵に似てると思わないか?」
「また石村菜々恵かよ」
 正直似ているとは思えない、と心の中で答えた。

 背広を着た教師が五人ほどやってきて、新入生たちに二列に並ぶようにと指示をする。僕と瑛仁も列に加わった。
 体育館裏にいた数十人のうち、約半分は女の子だった。普通といえば普通なのだが、中学校三年間を男子校で過ごしてきた僕は嬉しいような気恥ずかしいような気持ちになって、それが一層今の緊張感を高めているような気がする。

「あ、あの子も可愛い」
 再び瑛仁が小声で報告してきた。
「さっきからどうしてそんなに余裕でいられるんだよ」
「いいから見てみろって! 三列前の子だよ」
 瑛仁は僕の問いかけを無視して喋り続ける。僕は渋々、彼の指差す先を見た。

 ────そこにはあの人がいた。春休みの映画館で自転車の鍵を渡してくれたあの女の子が今、僕と同じコサージュを着けて。

「運命、かもしれない」
「何が」

Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.67 )
日時: 2015/05/02 19:58
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: SiiKM6TV)

3/3





 奇跡的に、というべきだろうか。彼女────宮永日向子は一度出会っただけの僕のことを覚えていてくれた。一年次はクラスが同じになったこともあって、親しい友人といえる関係にまで進展した。そして入学式から丸一年経ち、二年次のクラス替えで別々になってしまった今でも、廊下ですれ違えば挨拶するし時々二人で話すこともある、そんな関係だ。
 ちなみに彼女は僕のことを肇くん、と下の名前で呼んでくれる。おかげで僕は何度か、クラスでそんなに親しくもない奴らから「お前と宮永さんってどういうカンケー?」とニヤニヤしながら訊かれたことがある。でも残念ながら、決して奴らが想像しているような関係ではないのだ。彼女にとって僕はただのお友達にすぎないのであって、下の名前で呼んでくれているのも単に女友達を親しげに○○ちゃんと呼ぶのと同じような感覚なのだ。


 授業が終わると、帰宅部である僕は教室を出て、階段を降り、下駄箱で靴に履き替えようとしていたら彼女に会った。僕と同じく、ちょうど上履きから外靴に履き替えようとしているところだ。

「あ、肇くんだ」
 僕の姿を見つけると、彼女はえくぼを見せて笑った。

「今から帰るんだ?」
「うん、五時半からバイトだから」
 先に靴に履き替えた彼女は、下駄箱から少し離れたところで待っていてくれた。僕が追いつくと、二人並んで校門に向かって歩き出す。

 隣を歩く彼女は僕より頭半分ほど背が低いけれど、同年代の女子の中では高身長の部類に入るのかもしれない。髪は肩まで伸びたセミロングで、毛先は内側にウェーブしている。正規のスカートの長さをダサいと切り捨て、膝上まで丈を短くしている。話し方も仕草も僕の知っている同年代の女の子に比べて大人びているように思えるし、顔立ちだって、実年齢よりいくらか上に見える。制服姿でなければ大学生といっても通用するだろう。

「バイトって、あのビデオ屋?」
 僕は訊く。
「そう。今日は山上さんと同じシフトだからねー!」
 頬を赤らめて幸せそうに笑う彼女。それを見て僕は胃液が逆流したときのような、嫌な気分になる。

 彼女が叶うはずのない恋をしているということを知ったのは、半年ほど前のことだ。
 「山上さん」という男の人は、学校から電車で三十分ほどのビルの一角にあるレンタルビデオショップに勤めている。年齢は確か二十七歳で、彼には婚約者がいる。
 最初、彼女はそのビデオショップにただの客としてきていた。そこで働いている彼と知り合って、彼のことを好きになった。そして少しでもいいから彼に近づきたいと思っていた矢先、店のレジカウンターに「アルバイト募集」と書かれた貼り紙を見つけた────という次第である。

「それにね、今日は二人で棚卸し作業をするの」
 僕が相槌を打つと、彼女は更に続けた。
 好きな人の話をするときの彼女の表情はいつも恍惚としていて、思わず見惚れてしまいそうになる。

 もちろん彼女は、山上さんが自分より十歳も年上で尚且つ婚約者のいる人だということをよく知っている。その上で、彼のことを好きになった。
 ────有り得ない。少なくとも僕にとっては。どんなに素敵な人であろうと既に他の相手がいる人を好きになるなんて。そもそも十歳も年上の人を恋愛対象としてみることは絶対にない。

 もし僕にあと少しの勇気があったなら、自分の気持ちを素直に伝えることが出来るのに。彼女を振り向かせることが出来るかもしれないのに。────実際、そんなことは出来ていない。思わせぶりな態度を取ることすらできないのだ。クラスが離れてしまった今、面白くも格好良くもない僕が彼女と友人関係を続けていられるのは、彼女の「恋愛相談役」を引き受けているからに過ぎないのである。

 恋愛相談──そこでは主に山上さんがいかに格好良くて素敵な人かを聞かされるのだが──を受けるとき、僕は否定的なことは言わずにただ相槌を打つだけである。それが彼女にとっては寧ろ嬉しいらしい。でも僕だって、そろそろ我慢の限界なのである。ふと、意地悪を言ってみたい気持ちになった。


「もう本人に言えばいいのに」
 僕は自分でもとげとげしい言い方をしたな、と思った。隣を歩く彼女の表情がこわばる。
「それはつまり……想いを伝えろってこと?」
「うん」

「駄目だよそんなの! 山上さんを困らせるだけだよ」
 彼女の声が珍しく上ずっている。
「でも、今のままだったら何も進展しないだろ」
「別にいいの、それで!」
 語気が強くなったので、僕はびくりとした。

「分かってる。婚約者のいる男の人を好きになるなんて、常識外れだし、上手くいくわけないって。でもね、私山上さんのことが好きなの。もうどうしようもないの。彼女としてじゃなくてもいいから、傍にいたい」
 まるで映画の中の台詞みたいだな、と聞きながらぼんやり思った。それから彼女の瞳に光るものが見えて、唾を飲む。何と言葉を返していいものか分からなかった。

 ────映画。という言葉から、二年前の春休みに観た映画を思い出した。ふとあの冴えない男主人公を僕に、彼氏持ちの美人を彼女に重ね合わせてみる。あの映画の設定と僕の今の現状はどことなく似ている気がする、と思うと複雑な気持ちになった。一つ大きな違いを挙げるとするならば、僕が彼女に想いを伝えられるだけの勇気を持っていないということだ。
 それどころか、今まさに彼女の気持ちをえぐるようなことをしている。

 全く、僕は最低な男だな。






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ラストは無理矢理まとめた感じですね←

ちなみにヘタレな男の子を書くのは大好きです(・ω・)